日本消化器内視鏡学会雑誌
Online ISSN : 1884-5738
Print ISSN : 0387-1207
ISSN-L : 0387-1207
症例
終末回腸の腫大したPeyer板上の広範囲に潰瘍を形成したカンピロバクター腸炎の2例
小野 洋嗣 大川 清孝上田 渉中内 脩介宮野 正人大庭 宏子山口 誓子青木 哲哉倉井 修
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2020 年 62 巻 4 号 p. 484-489

詳細
要旨

症例1は18歳の男性で,主訴は下痢と右下腹部痛であった.症例2は21歳の女性で,主訴は下痢と高熱であった.いずれも腸液培養でCampylobacter jejuniが検出され,内視鏡で終末回腸の腫大したPeyer板上の広範囲に浅い潰瘍を認めた.大腸では,2例とも全域に粘膜内出血と浮腫を認め,カンピロバクター腸炎に合致する所見であった.回腸に広範な潰瘍を形成したカンピロバクター腸炎の文献報告は1例しかなく,自験の2例は稀な症例と考えられた.

Ⅰ 緒  言

カンピロバクター腸炎は大腸の広範囲に病変を認めるが,終末回腸病変は30%程度と少ない.終末回腸の病変は,発赤やびらんなどの病変がほとんどであり,潰瘍形成の報告は稀である.今回,終末回腸の腫大したPeyer板上の広範囲に浅い潰瘍を認めた2症例を経験した.これまで同様の症例の報告はなく,稀な症例と考え報告する.

Ⅱ 症  例

症例1:18歳,男性.

主訴:下痢,右下腹部痛.

既往歴・家族歴:特記すべき事項なし.

現病歴:当院を受診する5日前に焼き鳥を摂取した.受診2日前には倦怠感を自覚するようになり,受診日には5-6行/日の非血性の下痢と右下腹部痛を認めるようになった.

初診時現症:体温36.6℃,右下腹部に圧痛を認めた.

血液検査所見:CRPは15.84mg/dLと高値であったが,他の異常は認められなかった.

腹部単純CT所見(Figure 1):回盲部から上行結腸にかけての壁肥厚と,回盲部リンパ節の腫大を認めた.

Figure 1 

症例1 CT所見.

上行結腸の壁肥厚(黄矢頭)と,回盲部リンパ節の腫大(白矢印)を認めた.

大腸内視鏡(CS)所見(Figure 2):終末回腸の広範囲に,浅い多発潰瘍を伴う腫大したPeyer板を認めた.その対側に数個の小びらんが認められた.回盲弁上には浅い潰瘍形成を認めた.盲腸から直腸まで浮腫と粘膜内出血を認め,血管透見が良好な部位もみられた.

Figure 2 

症例1 CS所見.

a,b:終末回腸のPeyer板の腫大を認め,その上の広範囲に浅い潰瘍の多発がみられた.

c:Bauhin弁上には浅い潰瘍形成を認めた.

d:上行結腸には浮腫と粘膜内出血を認め,びらんも散見された.

生検病理所見:潰瘍辺縁からの生検では,粘膜固有層に出血,浮腫と豊富な好中球浸潤を認め,crypt abscessも形成していた.感染性腸炎が疑われた.

経過:腹部CT像からはエルシニア腸炎,非チフス性サルモネラ腸炎(以後サルモネラ腸炎),カンピロバクター腸炎などが疑われた.CSの終末回腸の所見からはエルシニア腸炎も疑われたが,大腸の所見が合わず,カンピロバクター腸炎,あるいはサルモネラ腸炎を疑った.回盲弁上の比較的大きな潰瘍からはカンピロバクター腸炎を最も強く疑った.経口摂取不良もあったため入院のうえ絶食・補液管理とし,Clarithromycin(CAM)200mg×2回/日の内服を開始した.入院後の経過は良好であり,第5病日には腹痛や下痢などは消失し,CRPも1.90mg/dLと改善を認めたため,同日から食事摂取を再開し,第6病日に退院となった.CS時に採取した腸液培養でCampylobactr jejuniC. jejuni)が検出された.

症例2:21歳,女性.

主訴:下痢,高熱.

既往歴・家族歴:特記すべき事項なし.

現病歴:当院を受診する6日前に鳥の生レバーを摂取した.受診日の朝から4-5行/日の非血性の下痢と39-40℃台の高熱を認めるようになった.

初診時現症:体温38.1℃,腹部所見含め特記すべき事項なし.

血液検査所見:CRPは12.26mg/dLと高値であったが,その他には異常を認めなかった.

腹部単純CT所見(Figure 3):盲腸から横行結腸にかけて壁肥厚を認め,回盲部リンパ節の腫大を認めた.

Figure 3 

症例2 CT所見.

盲腸から上行結腸にかけて壁肥厚(黄矢頭)を認め,回盲部リンパ節の腫大を認めた(白矢印).

CS所見(Figure 4):終末回腸の広範囲に,浅い多発潰瘍を伴う腫大したPeyer板を認めた.その肛門側にもやや小さい同様の病変がみられた.周囲粘膜にはびらんの多発がみられ,一部はリンパ濾胞上にみられた.回盲弁には広く浅い潰瘍がほぼ全体に認められた.全大腸に粘膜内出血と浮腫がみられ,血管透見の良好な部位もみられた.

Figure 4 

症例2 CS所見.

a,b:終末回腸はPeyer板の著明な腫大がみられ,その上の広範囲に浅く比較的大きい潰瘍が多発していた.周囲には小潰瘍の多発がみられ,一部はリンパ濾胞上にみられた.

c:回盲弁には広く浅い潰瘍がほぼ全体に認められた.

d:横行結腸には粘膜内出血と浮腫がみられた.

生検病理所見:終末回腸の潰瘍辺縁からの生検では,好中球を含む炎症細胞浸潤を認め,cryptitis,crypt abscessを認めた.肉芽種形成は認めなかった.

経過:腹部CT像からはカンピロバクター腸炎またはサルモネラ腸炎が疑われた.CSの終末回腸の所見からは,エルシニア腸炎も疑われたが,大腸の所見が合わず,カンピロバクター腸炎,あるいはサルモネラ腸炎を疑った.回盲弁の所見からカンピロバクター腸炎の可能性が高いと判断した.経口摂取困難であったため,入院のうえ絶食・補液管理とし,Levofloxacin 500mg/dayの点滴投与を開始した.第2病日には発熱・下痢共に改善し,第3病日には腹痛も改善した.第4病日には血液検査でCRPが1.92mg/dLまで改善したことを確認し食事を開始し,第6病日に退院となった.CS時の腸液培養からC. jejuniが検出された.

Ⅲ 考  察

C. jejuniは1970年代にSkirrow 1やButzlerら 2によって小児下痢症患者の便から分離され,下痢症における重要性が報告された.以後,小児のみならず,成人における下痢症でも注目を集めるようになった 3.感染経路として,汚染された鶏肉や十分に加熱されていない鶏肉の加工品によることが多い.細菌性腸炎の病原菌として最も頻度の高い菌であり,2013年度の電話調査による推定患者数は,年間約640万人であった 4.臨床症状は,下痢93%,腹痛79%,発熱62%,嘔気・嘔吐28%,血便23%とされている 4.血便をきたす頻度が比較的高いため,内視鏡検査を施行されることが多い.内視鏡像の特徴は回盲弁上の浅く広い潰瘍であり,約45%に認める 4.大腸病変は直腸~盲腸の広範囲に認め,主な所見は粘膜内出血と浮腫であるが,潰瘍性大腸炎と異なり病変は非連続性である.

カンピロバクター腸炎の終末回腸の内視鏡像に関しては,発赤やびらんなどの軽微な所見がみられるとする報告が多い.自験例のように終末回腸に広範な潰瘍性病変をきたした症例は,海外から1例のみ報告されている 5.78歳の男性であり,終末回腸に広範な深い潰瘍がみられ,盲腸~上行結腸にも大小の多発潰瘍がみられていた.この症例の終末回腸の潰瘍は大きく,Peyer板との関係は不明であった.自験2例でみられたPeyer板上の浅い広範な潰瘍とは大きく異なっており,検索した限りでは,自験例のような回腸病変の報告例はなかった.

自験例でみられた終末回腸病変に類似した所見を呈する疾患として,チフス性疾患とエルシニア腸炎が挙げられる.エルシニアは経口摂取されると小腸内で増殖して腸炎を起こし,リンパ組織に親和性が強いためPeyer板に侵入して増殖する 6.そこからリンパ器官に散布され腸間膜リンパ節炎を生じる.さらに血液中に流入すれば菌血症を起こす.エルシニア腸炎ではPeyer板が腫大し表面に小びらんがみられ,対側にはアフタが散在する.そして,盲腸~上行結腸にアフタがみられるのが典型的内視鏡像である.チフス菌・パラチフスA菌は経口感染すると,小腸粘膜に付着,侵入し,Peyer板や孤立リンパ小節へ移行後,単球内で増殖し初期病巣を形成する 7.リンパ節内で増殖した菌は,血管内へ侵入し菌血症を起こす.チフス性疾患ではPeyer板に一致して大きな打ち抜き様潰瘍を形成し,盲腸~上行結腸では小さい打ち抜き様卵円形潰瘍がみられるのが典型的内視鏡像である.

カンピロバクター腸炎は組織侵入型の細菌であり,リンパ装置侵入型であるチフス性疾患やエルシニア腸炎とは異なるとされている.

しかし,檜沢ら 8は小腸感染症の小腸造影所見を検討し,通常はエルシニア腸炎でみられる終末回腸のPeyer板や孤立リンパ小節のリンパ濾胞炎を,カンピロバクター腸炎が示すことがあると述べている.清水ら 9は,カンピロバクター腸炎では孤立リンパ小節やPeyer板に腫大・びらんがみられることがあるとしている.以上より,自験2例はC. jejuniがPeyer板に侵入することによりリンパ濾胞の腫大および潰瘍形成を惹起した可能性が考えられる.

本2症例のような腫大したPeyer板上に浅い広範な潰瘍がみられた場合は,エルシニア腸炎を疑うことが多い.エルシニア腸炎ではPeyer板は腫大し,その上に小びらんの散在を認めるのが典型像であるが,腫大したPeyer板上に多発潰瘍をきたした症例も報告されている 10),11

今回の2症例では,終末回腸の内視鏡像からは,カンピロバクター腸炎と診断するのは難しかったが,大腸内視鏡所見や腹部CT所見からは,カンピロバクター腸炎かサルモネラ腸炎を疑うことはできた.そして,回盲弁上の潰瘍の存在から,カンピロバクター腸炎を最も疑うことが可能であったと考えられる.

われわれは,以前の検討で終末回腸までCSで観察できたカンピロバクター腸炎35例のうち2例のみに潰瘍を認めたが,その症例が今回の2例である 4.約6%の頻度であり,比較的稀な所見と思われる.これまで同様の報告がないのは,終末回腸が十分に観察されていなかった可能性などが考えられる.

Ⅳ 結  論

終末回腸に腫大したPeyer板上広範囲に浅い潰瘍がみられたカンピロバクター腸炎の2例を報告した.このような潰瘍がみられた場合には,エルシニア腸炎に加えてカンピロバクター腸炎も鑑別に挙げる必要がある.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
© 2020 一般社団法人 日本消化器内視鏡学会
feedback
Top