2020 年 62 巻 8 号 p. 1457-1466
非特異性多発性小腸潰瘍症は,病理組織学的に特異的所見のない潰瘍が小腸に多発するまれな疾患である.近年,プロスタグランジン輸送体をコードするSLCO2A1遺伝子の変異を原因とする疾患であることが明らかとなり,chronic enteropathy associated with SLCO2A1 gene(CEAS)と呼称されるようになった.本症は女性に多く,ほぼ全例に貧血を認めるが肉眼的血便は少なく,炎症所見は比較的低値にとどまるという特徴を有する.小腸病変は終末回腸を除く回腸を中心に多発し,輪走ないし斜走する比較的浅い開放性潰瘍,偏側性ではない変形が特徴である.臨床経過ならびにX線造影検査や内視鏡検査による消化管病変の所見から本症が疑われる場合,SLCO2A1遺伝子変異の検索を行うべきである.そのほか上部消化管病変の検索,ばち指,皮膚肥厚や骨膜症など消化管外徴候の評価も本症を鑑別する上で参考所見となりうる.
非特異性多発性小腸潰瘍症は,1968年に岡部ら 1)によって初めて報告された病理組織学的に特異的な炎症所見を伴わない比較的浅い潰瘍が小腸に多発するまれな疾患である 2)~4).多発潰瘍からの持続的な潜出血に起因する慢性の貧血と低蛋白血症を特徴とするため,慢性出血性小腸潰瘍症(chronic hemorrhagic ulcers of the small intestine:CHUSI)と呼称されることもある.近年,次世代シーケンサーを用いた解析から本症が,プロスタグランジン(PG)輸送体をコードするSLCO2A1遺伝子変異を原因とする常染色体劣性遺伝形式を示す疾患であることが明らかとなり,われわれはchronic enteropathy associated with SLCO2A1 gene(CEAS)という新たな名称を提唱した 5).本稿では,CEASの病態および特徴について概説する.
非特異性多発性小腸潰瘍症は,若年時に発症する原因不明の多発小腸潰瘍症として九州大学の岡部 1)および崎村 6)によって提唱された疾患概念である.手術切除標本の詳細な病理組織学的検索で肉芽腫などの特異的炎症所見を認めないという意味で “非特異性” という用語が使用されたが,当初よりクローン病や腸結核などとは異なる単一の疾患と考えられていた.しかし, “非特異性” と呼称されていたために,確定診断に至らない原因不明の多発小腸潰瘍を呈する症例の多くが本症として誤って報告,集積されてきた 7).2015年に本症はPG輸送体をコードするSLCO2A1遺伝子変異を原因とする常染色体劣性遺伝形式を示す疾患であることが明らかとなり,独立した疾患概念であることが改めて明らかとなった 5).本症では,小腸に輪走ないし斜走する辺縁が明瞭な比較的浅い潰瘍を形成する(Figure 1) 2),8),9).潰瘍発生の機序については依然として不明な点が多いものの,本症はPG輸送体の機能喪失によって小腸に潰瘍が多発する遺伝性疾患と定義可能である.

a-d:小腸病変の内視鏡所見.
a:回盲弁より30cm程度口側の回腸の狭小化を伴うらせん状の瘢痕による変形と偽憩室の形成.
b:下部回腸に見られた輪状の浅い不整形潰瘍.
c:縦走傾向を示す浅い潰瘍.
d:4週間の中心静脈栄養療法後に見られた中部回腸の高度の狭窄(術中内視鏡).
e,f:小腸X線造影検査所見(文献9より転載).
骨盤内小腸に非対称性かつ不規則な変形および狭小化が多発している(e,赤矢印).一部に横走するバリウム斑が見られ,輪状潰瘍の存在が示唆される(f,黄色矢印).
本症の発症時年齢の中央値は18.5歳であり,若年期に発症することが多いと報告されている(Table 1) 10).ただし,発症年齢は1~69歳と症例により大きく異なっている.また本症患者の30%弱に両親の血族結婚や家系内発症を認める.一般的に常染色体劣性遺伝病に性差は見られないが,本症の男女比は1:2と報告されており,女性に多い.この現象は本症が厳密には常染色体劣性遺伝病ではなく,浸透率が100%ではないことに起因するものと思われる(SLCO2A1遺伝子変異を有する個体の一部は小腸潰瘍を呈さない).

CEASの臨床像(全61例).
本症はまれな疾患であり,厚生労働省「腸管希少難病群の疫学,病態,診断,治療の相同性と相違性から見た包括的研究」(日比班)の炎症性腸疾患診療に携わる58施設を対象としたアンケート調査では,本邦における有病者数は150-200例と程度と推測されている.一方,最近の検討では388例程度とも報告されている 11).
本症の報告例の多くは日本人であり,欧米からの報告はほぼない.その理由として本症の疾患概念が知られていないこと,確定診断が難しいこと,遺伝的な人種差があることが挙げられる.ただし,韓国人や中国人の症例が近年報告されており 12),13),アジア人にはある程度存在する疾患と思われる.
以前より姉妹発症例があること,両親が血族結婚である症例が多いことから遺伝的な要因が発症に関与することが示唆されていた 6),14).近年,次世代シーケンサーを用いた全エクソーム解析(全ゲノムのうち,エキソン配列のみを網羅的に解析する手法)によって,SLCO2A1遺伝子変異によるPG輸送体の機能喪失が本症の原因であることが明らかとなり 5),これまでに14種類の変異が同定されている(Table 2) 10).

同定されたSLCO2A1遺伝子変異.
PG輸送体は細胞膜に発現する膜貫通型蛋白であり,組織におけるPGの細胞内への取り込みや分解に関与することが知られている 15)~18).後述するように,本症患者の一部にはばち指,皮膚肥厚や骨膜症などのPG産生亢進によると思われる消化管外徴候が見られること 5),19),尿中のPG代謝産物が高値を示すこと,小腸病変は非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)起因性腸症と形態学的にきわめて類似していること 20)を勘案すると,腸管粘膜においてPGの利用障害が発生している可能性が示唆される.ただし,マウスを用いた検討ではSLCO2A1遺伝子をノックアウトしただけでは小腸潰瘍は発生しない.消化管病変発生の機序は不明であるが,NSAIDs起因性腸症などと同様に腸内細菌などの環境要因も発症に関与している可能性が考えられる.
本症は消化管病変からの持続的な出血による高度の貧血および低蛋白血症を主症状とする.鉄剤投与や輸血などで一時的に貧血は改善しうるが,中止により増悪するといった経過をたどることが多い.そのほか,腹痛,下腿浮腫,易疲労感なども見られるが,肉眼的血便を認めることは少ないとされる(Table 1) 10),21).腹部症状が乏しい場合,確定診断が遅れることが多い.また幼少期に発症した場合には第二次性徴を含めた成長障害が見られ,女性では無月経も見られる.
SLCO2A1遺伝子は肥厚性皮膚骨膜症(primary hypertrophic osteoarthropathy, pachydermoperiostosis)の一亜型(PHOAR2,OMIM 614441)の原因遺伝子としても知られており 22),実際にCEAS患者の約25%にばち指,皮膚肥厚や骨膜症などの消化管外徴候が見られる(Table 3,Figure 2) 5),19).これらの消化管外徴候は女性と比較し,男性患者に多く見られる(Table 4) 21).SLCO2A1遺伝子変異を有する症例では,CEASの消化管徴候のみを有する場合,肥厚性皮膚骨膜症の臨床徴候のみを有する場合または両疾患の臨床徴候を併せ持つ場合が存在する.すなわち,本症の浸透率は100%ではなく,厳密には常染色体劣性遺伝病ではないと考えられる.

CEASの消化管外徴候(全61例).

CEASの消化管外徴候.
a:前額部の皮膚肥厚.
b,c:骨単純X線検査(文献19より転載).脛骨や腓骨に骨幹端部から骨幹部にかけての骨肥大,骨皮質の肥厚ならびに不整像(骨膜反応)が見られる(b).足第1趾の中足骨を中心に骨幹部の肥大を認める(c).

性別で比較したCEASの臨床像(全61例).
血液検査所見では,種々の程度の小球性低色素性貧血と低蛋白血症が見られる(Table 1).CRPや血沈などの炎症所見は軽度の上昇にとどまることが多い 21).保険適用はないものの,尿中のPG主要代謝産物濃度(PGE-MUM)は健常者やクローン病よりも本症患者で高値であり,スクリーニング検査として有用である可能性が示唆されている 23).診断の確定にはSLCO2A1遺伝子の変異検索も有用である.
本症の小腸病変の特徴は,輪走ないし斜走する比較的浅い潰瘍が多発することであり(Figure 1) 2),8),9),NSAIDs起因性腸症の病変ときわめて類似していることが報告されている 20).また潰瘍はクローン病と異なり腸間膜付着側に偏在することなく出現し,長期経過例や完全静脈栄養による治療後では変形や高度狭窄を来すことも知られている.「難治性小腸潰瘍の診断法確立と病態解明に基づいた治療法探索」研究班(松本班)から本症の画像診断アトラスが作成・公開されており,他疾患との鑑別において参考にしていただきたい( http://ibdjapan.org/ceas/members/book/01/HTML5/sd.html).
本症の消化管病変は終末回腸を除く回腸に好発する(Figure 3).また胃病変や十二指腸病変を25%,44%と比較的高率に認める.胃病変として前庭部~幽門前部の変形や難治性潰瘍が見られ,十二指腸病変として下行脚から水平脚の襞上の粘膜欠損や輪走・斜走する潰瘍や狭窄といった所見を認める(Figure 4).

消化管病変の部位別罹患率(全61例).

上部消化管病変の内視鏡所見(文献9より転載).
a:胃前庭部に見られた瘢痕と開放性潰瘍.小彎側は短縮している.
b:胃体部の多発潰瘍瘢痕.
c:下十二指腸角部に輪状潰瘍瘢痕による管腔狭小化と肛門側に斜走する浅い開放性潰瘍を認める.
d:十二指腸水平脚に見られた襞上の粘膜欠損.
小腸を含めた消化管病変の評価には内視鏡検査が基本となるが,術後の症例や狭窄病変を有する症例ではカプセル内視鏡やダブルバルーン内視鏡は施行不能または観察不十分になることがある.そのような場合は小腸X線造影検査の有用性が高い.X線造影検査では,病変の分布や腸間膜との位置関係が評価可能であり本症診断において重要な画像情報を与えてくれる.
切除標本を用いた検討から小腸病変は終末回腸を除く回腸を中心に分布することが知られている 24).病変の肉眼的所見は,内視鏡所見と同様に輪走・斜走する潰瘍が特徴であるが,地図状潰瘍を認める場合もある.また罹患部には種々の程度の狭窄を伴うが,腸管壁の肥厚は軽度で腸管同士の癒着や瘻孔形成は見られない.またクローン病で見られるような敷石像や炎症性ポリープを認めない.八尾ら 25)は切除標本を用いた詳細な検討で非病変部に注目し,正常粘膜が島状に取り残されるいわゆる正常粘膜島(island of normal mucosa:INM)が本症に特徴的な所見であることを明らかにしている.
顕微鏡的には潰瘍の大部分は粘膜層ないし粘膜下層までにとどまり,筋層に及ぶことは少ないとされている 24),26).潰瘍部の粘膜層および粘膜下層には,リンパ球や形質細胞が軽度浸潤し,線維芽細胞の増殖と毛細血管の増生と拡張が見られる.線維化は軽度のことが多く,類上皮細胞肉芽腫は認めず,いわゆる“非特異的”炎症所見にとどまる.
SLCO2A1遺伝子がコードするPG輸送体は,各種臓器においてユビキタスに発現する蛋白である.消化管粘膜の生検標本を用いた検討では粘膜固有層や粘膜下層の血管内皮細胞などに高発現している 5)が,本症患者の一部では免疫組織染色でSLCO2A1蛋白が染まらないことが知られており,本症の鑑別に利用できる可能性が示されている 27),28).
Table 5のように臨床的事項,X線・内視鏡所見,切除標本上の特徴的所見およびSLCO2A1遺伝子変異からなる診断基準が提案されている 9).本症で見られる貧血および低蛋白血症の程度は様々であるが,持続的な貧血と低蛋白血症を認めるにも関わらず上部・下部消化管内視鏡検査で明らかな異常所見を認めない場合,積極的に小腸の検索を行うべきと思われる.スクリーニング検査として小腸X線造影検査やカプセル内視鏡検査が使用されるが,前者では病変の拾い上げは検査施行者の力量に依存する部分が大きいこと,後者では狭窄病変が存在する場合腸管内滞留を来しうることに注意が必要である.

CEASの診断基準.
多発小腸潰瘍を来す疾患としては,小腸型クローン病,NSAIDs起因性腸症,腸結核,腸管ベーチェット病/単純性潰瘍,虚血性小腸炎やZollinger-Ellison症候群などが挙げられる 9).クローン病は,終末回腸に病変が見られることが多い点,縦走潰瘍や敷石像を呈する点や生検で類上皮細胞肉芽腫が見られることがある点が鑑別のポイントとなる 29),30).NSAIDs起因性腸症は,CEASに類似した病変を呈する 20)が,薬剤服用歴の聴取から鑑別可能である.腸結核は回盲部に好発すること,背景粘膜に萎縮瘢痕帯を認めることが異なり,T-SPOTなどの抗原特異的インターフェロン-γ遊離試験も鑑別の参考となる.腸管ベーチェット病/単純性潰瘍は,回盲部に深掘れ潰瘍が好発する点が明らかに異なっている.虚血性小腸炎は,比較的急性に発症し,区域性潰瘍となることが多いこと,慢性期には管状狭窄を呈すること 31)から,鑑別可能である.Zollinger-Ellison症候群は,胃,十二指腸や空腸などの上部消化管を中心に潰瘍性病変が見られる点が本症と異なり,血清ガストリンは高値となる.以上のように,病歴,血液検査および消化管の画像所見から上記疾患を鑑別することは可能と思われる.しかし,小児例や高度の狭窄病変を有する例,腸管癒着のため十分な消化管病変の評価ができない術後例などでは,画像所見の特徴のみからの鑑別は困難となる.そのような症例では,前述した消化管外徴候の有無,尿中のPG主要代謝産物濃度や生検組織のPG輸送体の免疫組織染色法の結果が鑑別の上で参考となる.しかし,最終的な診断確定のためにはSLCO2A1遺伝子変異の検索を行うべきと思われる.
本症に対する根本的な治療法は確立されておらず,対症療法が中心となる 3),4),24).内科的治療としては,鉄剤,アルブミン製剤の投与あるいは輸血療法が行われる.ただし,鉄剤の長期投与によって骨軟化症を併発する場合があり,注意が必要である 32).経腸栄養剤などの栄養療法はある程度有効であり,高度の低栄養を来した場合には完全静脈栄養療法も行われる.完全静脈栄養療法によって貧血や低アルブミン血症は一時的に改善し消化管病変も瘢痕治癒するが,高度狭窄を来すことがある(Figure 1-d).また炎症性腸疾患の治療に用いられる副腎皮質ステロイド,サリチル酸製剤,免疫調節剤,抗TNFα抗体製剤などの薬剤は一般的に無効とされている 3),33)が,アザチオプリンが有効であったという症例が報告されている 34).長期経過例では病変部の線維化に伴う腸管狭窄を来すため,外科的切除が必要となることが多い.ただし,経口摂取再開後の再燃は必発であることに注意が必要である.近年,狭窄に対する内視鏡的バルーン拡張術も試みられているが,多発狭窄例や深部小腸への挿入困難例での効果は限定的である.
CEASの病態と特徴について概説した.本症はまれな疾患であるが,クローン病など小腸に多発潰瘍を呈する疾患の鑑別として念頭に置くべきである.診断には,臨床経過,X線造影検査や内視鏡検査による消化管病変の詳細な評価のほか消化管外徴候の評価も重要であり,診断確定のためにSLCO2A1遺伝子変異の検索を行うべきである.今後さらなる症例の集積により本症の病態が明らかになり,治療法が確立されることが期待される.
本論文内容に関連する著者の利益相反:梅野淳嗣(田辺三菱製薬,アッヴィ合同会社),江﨑幹宏(ヤンセンファーマ株式会社,田辺三菱製薬,EAファーマ,アッヴィ合同会社,武田薬品工業株式会社),松本主之(ヤンセンファーマ株式会社,田辺三菱製薬株式会社,EAファーマ株式会社,アッヴィ合同会社,武田薬品工業株式会社,日本化薬株式会社,キョーリン製薬株式会社,キッセイ製薬株式会社)