日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
回腸アニサキスに合併した腸重積症を内視鏡的に整復した1例
清川 博史 安田 宏石田 潤佐藤 義典松尾 康正山下 真幸土橋 篤仁遠藤 陽伊東 文生
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2021 年 63 巻 10 号 p. 2207-2213

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要旨

症例は70歳,女性.カツオを生食した2日後に水様便を認め,腹痛と嘔吐が出現したため救急搬送された.腹部造影CTにて遠位回腸は上行結腸に陥入しており,腸重積症と診断した.内視鏡的整復目的に緊急下部消化管内視鏡を施行したところ,回腸粘膜に穿入しているアニサキス幼虫を認め,生検鉗子を用いて摘出した.その後症状は速やかに改善した.回腸アニサキス症による腸重積症は極めてまれで,内視鏡的治療にて外科的加療を回避し得た報告は自験例のみである.問診から小腸アニサキス症による腸重積症が疑われる場合には,内視鏡的整復と虫体摘出による保存的加療を考慮すべきである.

Ⅰ 緒  言

成人の腸重積症は比較的まれな疾患であり,原因として腫瘍や炎症などの器質的病変を有するものが多い 1.小腸アニサキス症による腸重積症は極めてまれであり,その多くが原因不明として外科的に試験開腹・手術がなされ,切除標本中の虫体の存在により診断されてきた.今回われわれは,問診と臨床症状から回腸アニサキス症による腸重積症を疑い,下部消化管内視鏡にて虫体を内視鏡的除去し得た1例を経験した.腸重積症の原因となった回腸アニサキス虫体を内視鏡的除去し外科的加療を回避し得た報告はこれまで認めないため,文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

症例:70歳,女性.

主訴:腹痛,嘔吐,下痢.

家族歴:特記事項なし.

既往歴:乳癌,脳梗塞,高血圧症,脂質異常症,骨粗鬆症.

常用薬:クロピドグレル硫酸塩,ピタバスタチンカルシウム水和物,エルデカルシトール,アレンドロン酸ナトリウム水和物.

生活歴:喫煙なし,機会飲酒.

アレルギー歴:ペニシリン系抗生物質.

現病歴:2018年5月X-2日,夕食にカツオを生食した.X日夕方より水様便が出現し,冷汗と腹痛および嘔吐を認めたため当院へ救急搬送された.

現症:身長152cm,体重48.6kg,栄養良好.体温36.3度,血圧108/73mmhg,脈拍50/分,整.眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄染なし.胸部:心音・呼吸音異常なし.腹部:平坦,軟.右下腹部に自発痛および圧痛あり.腹膜刺激症状なし.

臨床検査成績(Table 1):末梢血の白血球数上昇を認めた.後に結果が判明したが,アニサキス特異的IgE抗体価は1.39UA/mL(0.35以下)と上昇しており,非特異的IgEは130IU/mL(170以下)と正常値であった.

Table 1 

臨床検査成績.

入院時腹部造影CT検査(Figure 1):回盲部周囲のリンパ節腫脹および腸間膜脂肪織濃度上昇と腹水貯留を認めた.遠位回腸は上行結腸に陥入しており腸重積症と診断した.重積の原因となる腫瘍性病変などの器質的疾患は指摘できなかった.

Figure 1 

腹部CT所見.

遠位回腸は上行結腸に陥入しており,腸重積症と診断した(矢印).重積部周囲の腸間膜脂肪織濃度上昇と腹水貯留を認めた.

経過:腹部造影CTより腸重積症と診断した.画像所見および臨床的所見から循環不全を示唆する所見は認めなかった.問診および臨床症状から回腸アニサキス症による腸重積症を疑い緊急下部消化管内視鏡を施行した.内視鏡挿入後に腹痛の軽減を認め,回盲部に到達すると回盲弁粘膜には発赤と裂創が認められた(Figure 2-a).回腸末端より約15cm口側の回腸壁に穿入しているアニサキス虫体を認め(Figure 2-b),生検鉗子(Radial Jaw 4 Standard Capacity,Boston Scientific社)を用いて幼虫頭部を把持し摘出に成功した(Figure 2-c).虫体穿入部の粘膜面には発赤と浮腫性変化を伴う絨毛が観察された(Figure 2-d).

Figure 2 

緊急下部消化管内視鏡.

a:回盲弁粘膜には発赤と裂創を認めた.

b:アニサキス虫体が回腸壁に穿入していた.

c:摘出したアニサキス虫体.

d:虫体が穿入していた粘膜面には限局的な発赤と浮腫性変化を認めた.

病理組織所見:虫体の断面は,アニサキス虫体に特徴的な①Y字型の消化管,②双葉状の一対の側索が認められた(Figure 3).

Figure 3 

病理組織学的検査.

アニサキス虫体に特徴的なY字型の消化管(*)と双葉状の一対の側索(矢印).

臨床経過:虫体摘出後,腹部症状は速やかに改善した.X+1日に全身に蕁麻疹が出現したが,クロルフェニラミンマレイン酸塩点滴およびクロベタゾールプロピオン酸エステル軟膏によりX+5日に改善した.X+3日の採血にて好酸球上昇を認め,遷延したがX+84日に正常化を確認した.X+4日より経口摂取を開始とし,経過良好にてX+6日に退院となった.

Ⅲ 考  察

消化管アニサキス症は,海産魚介類に寄生するアニサキス幼虫をヒトが生食し,その幼虫が胃壁や腸壁などの消化管粘膜に穿入することで生じる即時型の過敏反応である 2.小腸アニサキス症は手術例で組織学的に虫体が証明される場合が多く,実際には見逃されている症例が多いと考えられている 3.1998年から2020年までの期間に医学中央雑誌で「アニサキス」と「内視鏡」をキーワードとして検索したところ,本邦において内視鏡で診断された小腸アニサキス症の報告例は,自験例を含めて13例であった.内視鏡的に虫体摘出し得た報告は自験例を含めて8例である(Table 2 4)~14

Table 2 

内視鏡で診断された小腸アニサキス症.

アニサキス虫体は人体中において約1週間で死滅するため自然治癒が期待できるが,小腸アニサキス症では発症後数日間の保存的加療後に,腸重積症 15),16をきたし緊急手術を要した報告例もある.虫体摘出により腸管浮腫は速やかに改善するため,可能な限り早急に摘出することが望ましい.アニサキスアレルギーは死んだアニサキスにおいても発症することが報告されており 17,自験例では虫体遺残のないように生検鉗子を用いて幼虫頭部を把持し摘出した.

小腸アニサキス症の早期診断について加納ら 18は,1)発症前数日間の鮮魚生食,2)腹部単純X線撮影における臥位像での小腸loop,立位像での鏡面像,3)腹部USにおける腹水貯留,4)腹水が多い割には全身状態が良好で腹部の理学的所見も軽度,の4点を挙げている.Shibataら 19はCT検査において,①限局的な腸管壁肥厚と浮腫性変化,②遠位側の小腸の拡張と液体貯留,③病変部周囲の腹水貯留と脂肪織濃度上昇,④骨盤腔内の腹水貯留,⑤腸間膜リンパ節腫大などの所見が小腸アニサキス症診断に有用と報告している.自験例においては,鮮魚生食のエピソードと,CT検査における腸重積所見,病変周囲の腸間膜脂肪織濃度上昇,腹水貯留および腸間膜リンパ節腫大が認められたことから本症を疑う契機となった.

一方で,成人腸重積症は小児と比較して比較的まれな疾患であり 1,すべての腸重積症のうち成人例は約5%に過ぎない.成人腸重積症の77%が脂肪腫やポリープなどの器質的疾患に起因しており 1,アニサキス症による腸重積症の報告はまれである.1989年から2020年までの期間に医学中央雑誌で「アニサキス」と「腸重積」をキーワードに検索したところ,本邦の小腸アニサキス症を原因とする腸重積症の報告例は,自験例を含めて11例であった.なお,部位別にみると空腸8例,回腸3例であり,内視鏡的に虫体摘出された2例を除く9例で外科手術が施行されていた(Table 3 13),15),16),20)~26.半数以上が生食後1日以内の発症であったが,7日後の発症もみられた.自験例を含め小腸アニサキス症による腸重積症の多くは限局的な炎症性腫瘤が先進部となり発症していたが,高度の腸管全周性浮腫をきたした結果,腫大した回腸壁が先進部となり重積を引き起こした例もみられた.

Table 3 

小腸アニサキス症による腸重積症.

成人の腸重積症に対して内視鏡的に整復を行うことは一定のコンセンサスが得られていない.内視鏡的整復可能であった回腸結腸型の腸重積例においては,内視鏡挿入時の送気による整復法 27や内視鏡本体で先進部を押し込む方法 28,透視下での注腸法 29などの整復術が報告されている.腸重積症をきたし急性腹症を呈した場合には外科的治療の適応であるが,自験例では腹膜刺激症状は認めておらず,腸管壊死や穿孔を示唆する所見を認めなかったことから,内視鏡的な非観血的整復を試みる方針とした.また,造影CTにて回腸末端部の腸重積症と診断したため,下部消化管内視鏡(PCF-H290ZI,Olympus社)を用いた.下部消化管内視鏡にて回盲部到達時には腸重積は解除されていたが,内視鏡挿入後に腹痛が軽減したことから,内視鏡操作および送気により腸重積が解除された可能性が考えられた.そのため,比較的容易に回腸への挿入が可能でありアニサキス虫体の発見と摘出に成功したが,内視鏡的に重積解除が困難であった場合には保存的加療もしくは外科的加療を検討する必要があったと考えられる.

 腸アニサキス症における薬物療法として,抗アレルギー薬および抗炎症薬の有効性や,メチルプレドニゾロンの腸管浮腫軽減に対する有効性も報告されており,これらを併用した保存的加療も有効な可能性がある.

自験例のように問診や画像検査から腸アニサキス症による腸重積症が疑われる場合には,内視鏡的治療を検討することにより外科的加療を回避できる可能性がある.

Ⅳ 結  語

腸重積症の原因となった回腸アニサキス症を内視鏡的除去し外科的加療を回避し得た報告は自験例のみである.鮮魚生食後の腸重積症の原因においては,まれではあるが腸アニサキス症を鑑別に挙げる必要がある.問診から本症が疑われる場合には,内視鏡的整復と虫体摘出による保存的加療を考慮すべきである.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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