2021 年 63 巻 12 号 p. 2481-2485
1年間の健診受診者の中で,胃粘膜生検を施行された298例のうち,14例(4.7%)にNon-Helicobacter pylori Helicobacter感染胃炎(Non-Helicobacter pylori Helicobacter gastritis;NHPHG)を指摘した.本検討で得られたNHPHGの発生頻度は,従来報告されている同胃炎の頻度より高率であり,これまで指摘されているほど希少な疾患ではない可能性が示唆された.
Non-Helicobacter pylori Helicobacter感染胃炎(Non-Helicobacter pylori Helicobacter gastritis;NHPHG)は,NHPHがヒトの胃粘膜に感染することで発生し,Helicobacter pylori(H. pylori)感染症以外の慢性胃炎をきたす疾患の1つとして知られる.近年,NHPHGは,粘膜関連リンパ組織(mucosa-associated lymphoid tissue;MALT)リンパ腫の発症に関連する可能性を指摘されて以来注目を集め 1),また,2018年11月に出版された「胃炎の京都分類」改訂第2版においても,H. pylori感染症以外の胃炎・胃粘膜変化として,NHPHGの1つである「Helicobacter suis胃炎」や,「霜降り状」所見が取り上げられており 2),NHPHGへの関心が高まっている.
NHPHGは,従来稀な疾患と言われていたが,1年間の中で上部消化管内視鏡検査(esophagogastroduodenoscopy;EGD)を受けた健診受診者のうち,胃粘膜生検を施行された症例を対象として,NHPHGの頻度を後方視的に解析した.また,NHPHGと診断された症例において,遡及的検討を行ったので報告する.
当施設は,年間約6,000件のEGDを実施している健診施設であるが,2019年4月1日~2020年3月31日の1年間において,健診目的にEGDを施行された症例のうち,胃粘膜生検を施行された症例を検討の対象とした.
NHPHGの診断は,Giemsa染色法を用いて,H. pyloriと比較して明らかに大型でらせん状構造の強い形態的特徴を有するNHPHを検出することで行った(Figure 1).

Giemsa染色法による,Non-Helicobacter pylori Helicobacter(NHPH)の検出.H. pyloriと比較して,大型でらせん状構造が強い菌体を認める.
NHPHGと診断された症例に関して,臨床背景,内視鏡所見を含む臨床的特徴を評価した.
臨床背景に関して,NHPHGが,イヌ,ネコなどの動物飼育歴との関連性が指摘されていることを考え 3),ペットの飼育歴を聞き取り調査で確認した.また,過去のEGD施行歴,H. pylori除菌歴,及び,ABC検診で使用する血清抗H. pylori抗体(LZ テスト‘栄研’H.ピロリ抗体)を評価した.
内視鏡所見は,萎縮に加え,NHPHGで好発する霜降り状所見,鳥肌胃炎の有無 4),5)を評価した.なお,霜降り状所見は,胃底腺と幽門腺の腺移行部付近における白色の網目状のまだらな粘膜を呈する所見として定義される.
当施設において,2019年4月から2020年3月の1年間でEGDを施行した症例は6,101例であり,胃粘膜生検を施行した症例は298例であった.生検理由については,びらん,隆起性病変などの発見を契機に,胃癌などの腫瘍性病変を疑われて生検を施行されたものが277例,慢性胃炎の原因検索として生検を施行されたものが27例であった.症例の中には,腫瘍性病変の検索,及び,慢性胃炎の原因検索目的で生検を施行された症例も含まれている.また,生検部位については,噴門が18例,穹窿部が25例,胃体部が126例,胃角が44例,前庭部が102例,幽門が9例,及び,術後胃の吻合部が1例であった.症例の中には,複数の箇所より同時に生検されているものも含まれる.これらの生検例のうち,14例(4.7%)にNHPHGを認めた.
NHPHGと診断に至った14例の内訳について,腫瘍性病変の検索目的に得た生検組織の中に偶発的にNHPHを同定した例が5例,慢性胃炎の原因検索目的に得た生検組織の中にNHPHを同定した例が8例,急性胃粘膜病変(acute gastric mucosal lesion;AGML)の原因検索目的に得た生検組織の中にNHPHを同定したものが1例であった.また,生検部位について,胃体上部小彎が1例,前庭部が12例,幽門が1例であった.この14例に関する臨床背景,及び,内視鏡所見をTable 1に示す.年齢の平均は,54.1歳(年齢範囲:39~65歳)であった.性別では,12例が男性で,2例が女性であった.動物飼育歴に関して,聞き取り調査が可能であった9例のうち8例で,イヌ,ネコなどの飼育歴を認めた.また,14例のうち11例は,観察期間以前にもEGDを施行された経緯があった.なお,全例,H. pylori除菌歴は無く,抗H. pylori抗体に関しては,いずれも陰性であったが,1例のみ,抗体価が3~9.9U/mLに属する,いわゆる陰性高値を示した.

NHPH感染胃炎と診断した症例の臨床背景と内視鏡所見.
診断時の内視鏡所見は,全例にC-1~C-2の萎縮を認めた.これら14例のうち8例は,観察期間以前より萎縮を指摘されており,今回の観察期間中に初めて抗H. pylori抗体を測定した1例を除けば,以前に少なくとも一度は,抗体検査を施行されている経緯を有していた.また,霜降り状所見を9例,鳥肌胃炎を4例に認めた.霜降り状所見を有した9例中6例では,同所見を過去の画像でも確認できた.
以下にNHPHGと診断した1例を供覧する.
症例:45歳男性.
2013年より当健診施設でEGDを施行されており,C-1の萎縮性胃炎と既に診断されていた.過去にH. pyloriの除菌歴は無かった.動物飼育歴について,飼育期間は不明であったが,イヌを飼育していた.ABC検診では,A群(ペプシノゲン法陰性,抗H. pylori抗体陰性)に層別化されていた.2019年11月下旬,当施設でEGDを施行された際,既存のC-1の萎縮性胃炎に加えて,角部~前庭部の大彎に霜降り状所見を指摘され(Figure 2),同部位より粘膜生検を施行された.病理所見では,Hematoxylin-Eosin(HE)染色法で,滲出性炎症を示す表層の腺窩上皮粘膜,及び,間質には浮腫とリンパ濾胞を伴う単核球を主体とした炎症細胞浸潤を指摘された.また,Giemsa染色法では,表層上皮の粘液内に大型のらせん状構造を呈するNHPHが検出され,NHPHGと診断された(Figure 3).

内視鏡所見.
a:角部~前庭部の大彎側に霜降り状所見が見られた.
b:胃底腺と幽門腺との移行部より粘膜生検を施行した.
c:穹窿部~胃体部には萎縮は見られなかった.

病理所見.
左図:Hematoxylin-Eosin染色法で,滲出性炎症を示す表層の腺窩上皮粘膜,及び,間質には単核球を主体とした炎症細胞浸潤を指摘した.
右図:Giemsa染色法で,表層上皮の粘液内に大型のらせん状構造を呈するNHPHを検出した.
H. pyloriとは異なるらせん菌がヒトの胃の中に存在することは,1983年にWarrenとMarshalらがH. pyloriを発見する前後から報告されており,NHPHの1つであるH. heilmanniiが報告されたのは,H. pyloriの発見からわずか数年後である 6).
NHPHGが重要な疾患と認識されるようになった理由には,それがMALTリンパ腫の発生母地になることが示唆されたためと考えられる.Morgner Aらは,1988年から1998年までの症例検討の中で,H. pylori感染胃炎の263,680例のうち1,745例(0.66%),NHPHGの543例のうち8例(1.47%)にMALTリンパ腫を認め,NHPHGは,H. pylori感染胃炎よりもMALTリンパ腫との関連性が強いことを報告している 1).また,MALTリンパ腫を合併したNHPHGの5例において,NHPHの除菌により,MALTリンパ腫を寛解導入できたことも報告している 1).
本邦におけるNHPHGの頻度は,対象とする母集団や解析方法の違いにより,種々の報告があるが,今回の当施設での検討と類似するものとして,Okiyamaらは,胃粘膜生検を施行した4,074例の症例のうち,4例(0.1%)にNHPHGが存在したと報告している 7).また,塚平らは,同様に2,508例中21例(0.84%)でNHPHGと診断したとしている 8).われわれの検討は,ランダム生検や定点生検による評価ではなく,選択バイアスが生じている母集団ではあるが,ほぼ無症状の人を対象とする健診症例の中で,従来報告されている以上にNHPHGの症例を見出すことができており,一般人口の中には未診断のNHPHGが潜在的に存在している可能性が示唆される.
また,本検討でのNHPHGの診断に関して,ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法による菌種の同定に至れていないが,NHPHが,H. pyloriと比較して明らかに大型でらせん状構造が強いという形態的特徴から,比較的容易にH. pyloriとの鑑別は可能であろうと思われる.PCR法は,本邦で施行できる医療機関や施設は限られており,実臨床を含めて,まだ一般的とは言えず,現時点では,内視鏡所見で疑い,胃底腺と幽門腺の移行部である角部前後から粘膜生検を施行し,Giemsa染色などのNHPHの染色性が良好な染色法で組織診断することになる 2).
一方,今回,NHPHGと診断した例を後方視的に検討すると,観察期間以前の時点で,H. pylori感染症を認めないにも関わらず萎縮を呈するという臨床的特徴や,霜降り状所見などの特徴的な内視鏡所見からNHPHGの可能性を想起することができる例は多かった.
胃粘膜生検を施行された健診症例のうち,4.7%で組織学的にNHPHGと診断し得た.今回の検討で得られた比率は,従来の報告よりも高率であり,NHPHGはこれまで指摘されている程,稀な疾患ではない可能性が示唆された.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし