日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
スギ花粉症に対する舌下免疫療法開始後に発症し,服薬法変更により改善した好酸球性食道炎の1例
野津 巧足立 経一 石村 典久岸 加奈子三代 知子曽田 一也沖本 英子川島 耕作石原 俊治木下 芳一
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2021 年 63 巻 2 号 p. 183-187

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要旨

症例は41歳女性.健診目的の上部消化管内視鏡検査にて下部食道に限局した白斑所見を認め,生検組織にて高倍率1視野あたり最大78個の好酸球浸潤があり好酸球性食道炎(EoE)と診断した.当センター受診の15日前から標準化スギ花粉エキスによる舌下免疫療法を受けており,EoE診断までは舌下後の薬液は飲み込んでいた.舌下後に薬液を吐き出すようにしたところ,治療継続3カ月後の内視鏡検査では,下部食道の白斑は消失し,生検所見でも改善を認めた.舌下療法を継続しているにもかかわらず,1年6カ月後の検査では,内視鏡所見,組織所見ともEoEの所見を認めなかった.また,スギ花粉症の症状も軽快傾向となっている.

Ⅰ 緒  言

日本はスギ林の面積が全国の森林の18%,国土の森林の12%を占めている1.このため,スギ花粉症の有病率は20%を超えるとされ,国民病となっている2),3.また近年では活動レベルの高い若年層での花粉症の発症が増加しており,イライラ感や疲労,外出への支障,思考力の低下,睡眠障害といった生活の質の低下を招き,社会生活に大きな支障を来している.本邦特有の現代病として大きな社会問題となる中,スギ花粉症に対する舌下免疫療法が2014年に保険収載となった.舌下免疫療法は,鼻アレルギー診療ガイドライン4によると,軽症から重症・最重症までのすべての患者に適応とされており,舌下免疫療法を行う患者数は今後増加をしていくと推定されている.

一方で,舌下免疫療法の問題点として,咽頭違和感,胃腸症状の副作用があることが知られており,舌下免疫療法開始後に好酸球性食道炎(EoE)を発症し,治療継続困難となった症例も報告されている5.今回,舌下免疫療法開始後にEoEを発症したが,服薬法変更のみでEoEの改善を認め,舌下免疫療法の継続が可能となっている症例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

症例は41歳,女性.定期健診のため当センターを受診した.スギ花粉症があり,受診15日前から近医耳鼻科にて,標準化スギ花粉エキス(シダトレン)による舌下免疫療法を受けており,治療開始後より咽頭違和感を自覚していた.なお,胸やけ,つかえ感などの明らかな食道症状の自覚はなかった.

現症では,腹部所見を含めて特記すべき所見を認めなかった.

既往歴では,7歳時に扁桃腺摘出術,22歳よりスギ花粉症を発症,30歳時に腰部脂肪腫摘出術の既往があった.スギ花粉症以外に軽度の通年性アレルギー性鼻炎を有していた.

家族歴には,アレルギー疾患を含めて,特記すべき事項を認めなかった.

臨床検査成績(Table 1):健診受診時の血液一般検査,血液生化学検査では異常所見を認めなかったが,精査機関での約1カ月半後の検査にて,血中IgE値が173.0IU/mL(正常87IU/mL以下)と高値であった.

Table 1 

血液生化学所見.

臨床経過:7年前より,年に1回程度健診目的で上部消化管内視鏡検査を施行していたが,食道を含め異常所見を認めなかった(Figure 1).今回の内視鏡検査では下部食道に限局して白斑所見を認め(Figure 2),下部食道より2個の生検を行ったところ,高倍率1視野あたり最大78個の好酸球浸潤(Figure 3)を食道上皮内に認め,明らかな食道症状の訴えはなかったが,内視鏡および病理組織所見より,好酸球性食道炎と診断した.なお,胃,十二指腸には異常所見を認めておらず,胃および十二指腸の生検は行っていない.この内視鏡検査までは,薬剤エキス(シダトレン)を2分間舌下し,その後に残液を飲み込むように指導されており,実際に薬液を飲み込んでいた.今回の内視鏡検査にてEoEである可能性を指摘したところ,その後は耳鼻科主治医と相談し,薬剤エキスを2分間舌下した後に,薬液を吐き出していた.内視鏡検査施行の2週間後に生検結果の説明を聞きに来院した際には,舌下免疫療法開始後に自覚していた咽頭違和感は消失していたため,ご本人と相談し,舌下後の薬液を飲み込まないようにすることで舌下療法は継続し,プロトンポンプ阻害薬などの他の薬剤を服用することなく,経過観察とした.舌下療法継続3カ月後の精査機関での内視鏡検査では,下部食道の白斑所見は消失しており,下部食道からの生検2個,上部食道からの2個の組織検査にて,好酸球浸潤は高倍率視野あたり最大14個と改善していた.その後も舌下療法は舌下吐き出し法のまま継続したが,胸やけ,つかえ感などの症状出現もなかった.翌年春のスギ花粉飛散量の多い時期において,前年までに比して鼻炎症状の増悪は軽度であったとのことで,舌下療法は有効と判断された.舌下療法開始1年6カ月後に,再度定期健診を受診され,上部消化管内視鏡検査を行った(Figure 4).下部食道には,EoE診断時にみられた白斑所見を認めず,下部食道から行った2カ所の生検組織でも好酸球浸潤の所見を認めなかった.

Figure 1 

好酸球性食道炎発症前の食道内視鏡像.

好酸球性食道炎と診断される7年前より行った6回の内視鏡検査では,いずれにも好酸球性食道炎の所見を認めていない.

Figure 2 

好酸球性食道炎診断時の食道内視鏡像.

下部食道に限局して白斑所見を認め,好酸球性食道炎を考える所見であった.

Figure 3 

食道生検病理組織所見.

食道上皮内に,高倍率1視野あたり最大78個の好酸球浸潤を認め好酸球性食道炎と診断した.

Figure 4 

舌下免疫療法継続1年6カ月後の食道内視鏡像.

舌下免疫療法の薬液(シダトレン)を,舌下後に吐き出すことで舌下免疫療法を継続した.好酸球性食道炎の所見を認めず,食道下部からの生検病理組織所見でも,食道上皮内に好酸球の浸潤を認めなかった.

Ⅲ 考  察

EoEは,食道粘膜上皮層に多数の好酸球を中心とした炎症細胞浸潤を認め,嚥下障害,胸のつまり感,胸やけなどの食道症状が持続する疾患である6),7.臨床症状と病理組織所見とを合わせてEoEと診断するのが従来の考え方であり,その診断指針では,「食道機能障害に起因する症状の存在」を必須項目としている6.本例で認めた咽頭違和感を食道機能障害に起因する症状とするのは困難であり,本例をEoEと診断することには賛否両論があると考えられる.木下らは,自覚症状を有する患者のみを内視鏡検査の対象とする小児科領域や欧米では,食道症状を有することが当然診断基準のひとつとなるが,健診目的で無症状者に対して内視鏡検査を行うことの多い本邦では,診断時点で自覚症状がない場合でもEoEと診断し,その長期経過などから無症状のEoEをどのように扱うかについて早急に検討すべきと述べており8,本例もEoEと診断した.実際に,当施設で健診目的で内視鏡検査を行い,内視鏡所見,生検病理組織所見からEoEと診断された36例中11例(31%)においては食道症状を認めていなかった9

半数以上のEoEが何らかのアレルギー疾患の現病歴あるいは既往歴を有しており,合併するアレルギー疾患では気管支喘息が多いと報告されている7.当施設で過去に行った健診受診者を対象とした検討では,EoEと診断された例の80.6%が何らかのアレルギー疾患を有しており,このうちアレルギー性鼻炎が72%と最も多かった9

EoEの発症機序のひとつとして,食物アレルゲンによる食道への感作や,春から秋の暖かい時期に発症しやすいことから空気中抗原による感作の可能性が考えられている.本症例で用いられたシダトレンは,空気中の主要抗原であるスギ花粉を多量に含んでいる.舌下後に嚥下すると,食物抗原に食道が曝露されるのと同様に,高濃度のスギ花粉に直接食道が曝露され,好酸球性食道炎発症の誘因になると推定される.実際に,スギ花粉舌下免疫療法を行った207例の副反応の報告では,15例(7.2%)に口腔内・のどの違和感,7例(3.4%)に胃腸症状があったと報告されている10.胃腸症状の詳細は不明であるが,EoEを発症した症例が含まれている可能性がある.また,舌下免疫療法は3年以上継続することが推奨されているが,長期間にわたり消化器症状が持続した症例の報告もあり10,スギ花粉舌下免疫療法中はEoE関連症状の発症に注意すべきと考えられる.

Kawashimaらはスギ花粉舌下免疫療法によってEoEを発症した症例を報告している5.同報告では,50歳代女性がシダトレン開始13日後に胸部つかえ感が出現し徐々に増悪,18日後に強い嚥下困難感と頻回の嘔吐のため救急外来を受診していた.上部消化管内視鏡検査にて食道に縦走溝,輪状ヒダ,白斑所見を認め,生検組織にてEoEと診断されていた.同症例では,舌下療法を中止し,さらにラベプラゾール20mg投与が行われ,8週間後の内視鏡検査では内視鏡所見,病理所見の改善を認めたが,舌下免疫療法の継続は断念されていた.一方,本症例では,薬液舌下後に吐き出すことにより,自覚症状,内視鏡・病理組織所見の改善・消失を認めた.このことから,スギ花粉舌下免疫療法による好酸球性食道炎発症の機序として,アレルゲンの食道への直接曝露が重要な因子と考えられる.

舌下免疫療法の薬効に関しては,舌下粘膜でマクロファージに抗原が取り込まれ,樹状細胞が顎下リンパ節で制御性T細胞を誘導してアレルギー症状を抑える機序が推定されており,薬剤を舌下後に吐き出しても薬理効果を発揮できると考えられる11),12.自験例においては,薬効を維持して,舌下免疫療法が継続可能であったことから,舌下後吐き出し法はスギ花粉舌下免疫療法開始後に発症したEoEに対しては,まず試みるべき治療法と考えられる.

本症例では,EoE診断時の内視鏡検査にて,胃および十二指腸に異常所見を認めなかったため,胃および十二指腸の生検を行っておらず,本症例における食道所見が好酸球性胃腸炎6),13の一部分症を反映していた可能性は否定できない.また,過去の内視鏡検査では食道に異常所見を認めておらず,舌下免疫療法前の食道生検による病理所見を検討できていないため,スギ花粉舌下免疫療法開始前にEoEを発症していた可能性は完全には否定できない.本例では,スギ花粉薬液舌下後に吐き出し,アレルゲンの食道への直接曝露を避けることが奏効したと考えられるが,アレルゲン自体は舌下後体内に吸収されており,舌下後に薬液を吐き出す方法が,スギ花粉や他のアレルゲンを用いた舌下免疫療法にて発症するEoEに対して有効であるかについては,今後さらに検討が必要と考えられる.

Ⅳ 結  語

スギ花粉舌下免疫療法開始後にEoEを発症し,薬液を舌下後に吐き出すことでEoEが軽快,治癒した症例を経験した.今後,スギ花粉症に対する舌下免疫療法にて発症したEoEに対する治療を考える上で,貴重な症例と考えられた.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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