日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
内視鏡にて虫体摘除し,保存的に治療し得たアニサキスによる結腸腸重積の1例
千住 明彦髙田 淳 宇野 由佳里山下 晃司水谷 拓荒尾 真道華井 竜徳久保田 全哉井深 貴士清水 雅仁
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2021 年 63 巻 7 号 p. 1365-1370

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要旨

症例は69歳女性.夕食時に鯖を生食,翌日昼より心窩部痛を自覚し,血便も出現したため当科紹介受診.造影CTにて横行結腸を先進部とする腸重積を認めた.腸管血流障害を認めず,透視下に緊急CSを施行した.横行結腸に重積を認め,内視鏡的な整復は不可能であった.内筒は高度に浮腫をきたしており,粘膜に刺入し体動する白色線状の虫体を認めたため,大腸アニサキスによる腸重積と診断し,虫体を生検鉗子で摘除した.保存的に経過観察し,第2病日以降腹痛は軽快,第3病日の腹部CTでは腸重積は改善した.第8病日にCS再検し,肝彎曲部に粘膜腫脹を伴う潰瘍病変を認めたが,重積は解除されていた.

Ⅰ 緒  言

アニサキスは魚介類を中間宿主とする線虫の一種である.幼虫が寄生した魚介類を生食し腸管壁に刺入すると,免疫反応が起きてアニサキス症を発症する.多くは胃壁に刺入して激しい心窩部痛や悪心・嘔吐を呈する胃アニサキス症をきたす.また小腸まで至ると腸閉塞や腸管穿孔を併発する小腸アニサキス症を呈することがあるが,大腸アニサキス症は稀である.今回われわれは,腸重積で発症し,内視鏡的に虫体摘除することで保存的に治癒し得た大腸アニサキス症の1例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

症例:69歳,女性.

主訴:心窩部痛,血便.

既往歴:15歳:急性虫垂炎手術,26歳:子宮外妊娠手術.アレルギーなし.

現病歴:4月初旬夕食時に家族が釣ってきた鯖を生食し,翌日昼より突然の心窩部痛を自覚.その後血便も出現したため,発症2日目に近医を受診し,緊急性が高いと判断され,同日当科紹介受診.精査加療目的に入院となった.

現症:身長160cm,体重50kg,血圧126/70 mmHg,脈拍80回/分,体温36.5℃.腹部は平坦で腸蠕動音の亢進を認めた.心窩部に手拳大の腫瘤触知し,同部に強い圧痛を認めたが,反跳痛は認めなかった.直腸診にて暗赤色の血液付着を認めた.

臨床検査成績(Table 1):CRP 1.36mg/dL,WBC 8,690/µLと軽度の炎症所見を認めた.アニサキス特異的IgE抗体は54.90UA/mLと強陽性であった.

Table 1 

臨床検査成績.

腹部造影CT所見(Figure 1):横行結腸に同心円状の層構造を認め,結腸-結腸重積の所見がみられた.内筒・外筒粘膜ともに造影効果は良好であった.腸間膜リンパ節腫大や腹水貯留は認めなかった.

Figure 1 

腹部造影CT検査所見.

横行結腸に結腸-結腸重積を認めた.造影不良域は認めなかった.

現病歴および腹部造影CT検査所見より,大腸アニサキス症もしくは大腸腫瘍による結腸腸重積と診断し,緊急手術の可能性を踏まえて消化器外科にコンサルトをしたうえ,同日,精査および内視鏡的整復目的に透視下で下部消化管内視鏡検査(Colonoscopy,以下CS)を施行した.検査前の高圧浣腸や注腸造影については,大腸アニサキス症の可能性を考慮し,処置によって虫体が検出不能になると確定診断ができなくなる恐れがあるため,施行しなかった.横行結腸までスコープを進めると,重積した結腸粘膜を認めた(Figure 2-a).透視でも横行結腸中央部にカニ爪様陰影として確認された(Figure 3).内筒の粘膜は高度の浮腫,うっ血をきたしていたが,粘膜表面構造に異型はなく正常粘膜所見であった.強い浮腫により内筒粘膜内へのスコープ挿入は不可能であったが,重積の原因を探るため念入りに内腔およびその粘膜を観察していたところ,粘膜に刺入し体動する白色線状の虫体を認めた(Figure 2-b).大腸アニサキス症による腸重積と診断し,生検鉗子にて虫体を摘除した(Figure 2-c).送気にて横行結腸中間部から肝彎曲近傍まで先進部を整復したが完全整復は困難であり(Figure 2-d),ガストログラフィン造影では上行結腸は造影されなかった.

Figure 2

a:下部消化管内視鏡検査所見.横行結腸に重積した結腸粘膜を認めた.

b:重積した内筒粘膜に刺入するアニサキス虫体を認めた(矢印).

c:虫体を生検鉗子にて摘除した.

d:送気での整復は不可能であった.

Figure 3 

下部消化管X線透視検査所見.

横行結腸にカニ爪様陰影を認めた.

重積の完全整復は不可能であったが,虫体摘出による自然整復に期待し,絶食での保存的治療を選択した.処置後,速やかに症状は軽快し,第3病日の腹部単純CT検査では,横行結腸の浮腫は強いものの,腸重積は解除されていた(Figure 4).その後食事を再開したが,症状の再増悪は認めなかった.第8病日に前処置をかけてCSを施行した.上行結腸肝彎曲部に潰瘍を伴う浮腫状粘膜を認め,内腔は多少狭小化があるものの,スコープはスムーズに通過可能であり,腫瘍病変は認めなかった(Figure 5).潰瘍辺縁から生検し,病理組織診断では悪性所見を認めず,粘膜間質に多いところで45個/1HPFの中等度好酸球浸潤を認め,アニサキス症として矛盾しない所見であった.また,第5病日にスクリーニングで上部消化管内視鏡検査を施行し,虫体が存在しないことを確認した.経過良好にて第9病日に退院となった.2カ月後にCSを再検し,潰瘍は狭窄なく瘢痕治癒していた.

Figure 4 

腹部単純CT検査所見(第3病日).

横行結腸は高度浮腫を認めるが,重積は解除されていた.

Figure 5 

下部消化管内視鏡検査所見(第8病日).

肝彎曲に粘膜浮腫と潰瘍形成を認めるが,重積は解除されており,スコープ通過は可能であった.

Ⅲ 考  察

アニサキス症は,アニサキスの幼虫が寄生した魚介類を生食し,腸管壁に刺入することで発症する.その病態には免疫反応が深く関与しており,臨床症状によって劇症型と緩和型に分類される.劇症型は感作されている人に生じる局所即時型アレルギー反応で,虫体刺入部を中心に浮腫と好酸球の著明な浸潤を呈し,急性腹症で発症する.一方の緩和型は,初回感染時に観察される虫体自体や脱皮液などの刺激に伴う急性炎症であり,好酸球などの浸潤により膿瘍や肉芽腫を形成するが,症状に乏しく,検診の内視鏡検査などで偶然発見されることが多い.劇症型はアレルギー反応であるため抗アニサキス抗体を有しており,抗体の有無が劇症型か緩和型かの判別に有用であるが,臨床的には確定診断である虫体の検出が困難な劇症型の腸アニサキス症に対する補助診断として用いられる 1.本例は症状や画像所見と抗体価が強陽性であったことから,劇症型であった.

アニサキス症は主に胃や小腸で発症し,大腸まで至って発症することは極めて稀であり,大腸アニサキス症の頻度は全体の0.13~1.1%であったと報告されている 2),3.大腸アニサキス症は盲腸をはじめとする右側結腸に発症することが多い 4),5.劇症型であれば,胃アニサキスと同様に虫体が刺入した周囲の粘膜に著明な浮腫・発赤・隆起を呈する.「アニサキス」「腸重積」または「anisakiasis」「intussusception」のキーワードで,医学中央雑誌およびPubMedで1990年1月から2020年9月の期間で検索したところ,結腸腸重積をきたしたアニサキス症は9例の報告例 6)~14があり(会議録は除く),自験例で10例目であった(Table 2).4例で注腸もしくはCSでの重積整復に成功し,内視鏡で虫体の確認・摘出が行われたが,注腸またはCSで整復不可能であった2例を含む5例が緊急手術となっている.この5例はいずれも術前診断は不可能で,腸管切除した摘出標本でアニサキス虫体を確認し,診断されていた.自験例は内視鏡での完全整復は困難であったが,虫体の摘出により粘膜の高度浮腫が改善し,保存的に腸重積が解除された.整復困難であっても,アニサキス虫体の摘出で重積が解除された症例の報告はなく,本症例が初の報告である.結腸腸重積をみた場合には,詳細な病歴の聴取が重要であり,アニサキス症を考えうる場合には整復を兼ねて積極的にCSを行うべきと考えられる.整復困難であっても虫体の発見・摘除ができれば,症状や理学所見・画像所見を慎重に経過観察したうえで,保存的に治癒し得る可能性がある.ただし,改善が得られなければ手術を考慮しなくてはいけないため,外科と連携しておくことが重要である.また,本例を含めこれまでに報告されている大腸アニサキス症による腸重積は,全例確認された虫体は1匹のみであるが,摂取している虫体は複数のこともあり得るので,重積解除後には,上部消化管を含め病変部以外も検索し,虫体が確認されれば,刺入していないとしても摘除する必要がある.

Table 2 

本邦における腸重積をきたした大腸アニサキス文献報告例.

なお,本例には使用しなかったが,虫体の確認・摘出が困難な小腸アニサキス症において,ステロイドの持続静注により保存的に治癒し得たのはこれまでに6例の報告がある 15),16.アレルギー反応や炎症を抑えることで病態や症状の緩和を図り,アニサキスが自然死または排出されるのを期待するものであるが,大腸アニサキス症はCSでアプローチ可能であり,虫体摘出により速やかに軽快するため,まずはCSを行うべきと考える.虫体を発見できなかった場合や症状の早期緩和のために投与するのは有効な可能性がある.

Ⅳ 結  語

結腸腸重積をきたした大腸アニサキス症の1例を経験した.診断には詳細な病歴聴取が重要である.治療は内視鏡的な整復が不可能であったが,虫体摘出により保存的に治療が可能であった.

なお,本要旨は第62回日本消化器内視鏡学会東海支部例会で発表したものである.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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