2021 年 63 巻 7 号 p. 1379-1381
患者:23歳,女性.
主訴:心窩部痛.
既往歴,家族歴:特記事項なし.
併存症:尋常性ざ瘡.
現病歴:当科受診7日前から皮膚科にて尋常性ざ瘡に対する眠前のドキシサイクリン処方が開始された.受診3日前から飲水後や食後に悪化する心窩部痛を自覚するようになり,症状の増悪とともに食事摂取不可となったため,当科受診後入院となった.
現症:表在リンパ節腫脹なし.腹部は平坦,軟で圧痛なく,心窩部に限局した鋭い自発痛を認めるのみ.
血液検査所見:WBC 6,300/μL,Hb 14.1g/dL,CRP 0.76mg/dL,HSV IgG(-),HSV IgM(-).
上部消化管内視鏡所見(入院翌日):胸部中部食道に辺縁明瞭な地図状潰瘍を認め,潰瘍は腹側と背側に多発していた(Figure 1,2).

通常光観察では,中部食道に辺縁明瞭な大小不同の不整形潰瘍が背側・腹側に多発している.

狭帯域光観察では,潰瘍辺縁粘膜の表面に明らかな粘膜構造および血管構造の不整は認めなかった.
病理所見:びらん・中等度の炎症細胞浸潤を認め,悪性所見は見られなかった.核内封入体を持つ巨細胞や肉芽腫像も認めていない.
経過:内視鏡像から薬剤性食道潰瘍を疑ったが,サイトメガロやヘルペスウイルス感染,クローン病による食道潰瘍の可能性を考慮して,組織検査や血清抗体検査を行った.内服歴および各種検査結果を勘案し,ドキシサイクリンによる薬剤性食道潰瘍と診断した.入院絶食,点滴加療とし,ドキシサイクリンの中止とアルギン酸ナトリウム,ボノプラザン内服を開始した.入院第3病日には疼痛は速やかに改善し,退院1カ月後の内視鏡再検査では,潰瘍の瘢痕化が確認された(Figure 3).

治療1カ月後の上部消化管内視鏡像.不整潰瘍の瘢痕化が確認できる.
薬剤性食道潰瘍の原因薬剤として,これまで100種類以上が報告されており,抗生物質によるものが全体の50%以上を占める 1).潰瘍発生の原因としては,患者が不十分な量の水で薬剤を内服したり,服用中や服用後すぐに臥位になる等により,薬剤が食道の生理的狭窄部(胸部中部~下部食道)に長時間停留することで潰瘍が発生するとされる.ドキシサイクリンによる食道潰瘍の特色としては,剤形が100mgで長径15mmと大きいカプセル剤のため,食道粘膜に接着しやすい形状であること.また,ドキシサイクリン100mgを水100mlで溶解すると,pH:2.39の強酸性を示すことが報告されており,その強酸性による粘膜傷害も発生機序の特徴と考えられる 2).ダビガトランも同様に強酸性による粘膜傷害を呈するが,ダビガトランが高齢者を対象に処方される一方で,ドキシサイクリンは尋常性ざ瘡や性感染症治療に対して処方されることから,対象が若い女性になることが多い.
薬剤性食道潰瘍の内視鏡所見は①多発性で大小不同の不整形の深い潰瘍②多発性で境界明瞭な浅い潰瘍③孤立性の深い潰瘍④単発で円形の浅い潰瘍の4種に分類される 2).ドキシサイクリンによる食道潰瘍の内視鏡所見としては①あるいは②の形態をとることが多い.鑑別疾患は,逆流性食道炎・サイトメガロやヘルペスウイルスによるウイルス性食道炎・クローン病・ベーチェット病・食道癌等が挙げられ,鑑別には生検組織を用いたPCR法や病理学的診断が有用である.本症例のように食事が摂取できず入院が必要になることは極めて稀だが,若年者が内服後数時間で胸痛や嚥下時痛を呈する場合には,ドキシサイクリンによる食道潰瘍を鑑別疾患として考慮する必要がある.
治療としては原因薬剤の休薬,および制酸薬や粘膜保護薬投与が有効であり,予防法としては薬剤を大量の水で服用し座位を保持する服薬指導が有効とされている 3).本症例では内服時の水分量が十分でなかったと推察され,きめ細やかな服薬指導の重要性を裏付ける経過であった.
ドキシサイクリンはじめ食道内で滞留しやすいサイズの大きい薬剤やカプセル製剤,溶解時に粘膜傷害性を伴う薬剤については,食道潰瘍発生のリスクを認識した上で,発症予防の服薬指導に留意する必要がある.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし