2021 年 63 巻 7 号 p. 1382-1388
近年,潰瘍性大腸炎関連腫瘍(ulcerative colitis associated neoplasia;UCAN)に対する内視鏡切除が施行されているが,適応や切除法に関して十分なコンセンサスは得られていない.当科では,UCANに対する内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection;ESD)の適応を,1)術前生検でlow grade dysplasia,2)内視鏡的に境界明瞭,3)周囲生検でdysplasia陰性,4)寛解期UCとしている.UCANに対するESDは,粘膜下層高度線維化のため技術的難易度が高く,周到なストラテジーと効果的なデバイス使用が肝要である.
潰瘍性大腸炎関連腫瘍(ulcerative colitis associated neoplasia;UCAN)に対する治療として,high grade dysplasia(HGD)や癌に対しては大腸全摘術が標準治療であるが,近年,low grade dysplasia(LGD)に対しては内視鏡切除の可能性が模索されている 1)~8).UCANの背景粘膜は炎症により粘膜下層に線維化を生じており,内視鏡的粘膜切除術(endoscopic mucosal resection;EMR)ではnon-lifting sign陽性のため一括切除困難である.内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection;ESD)では線維化部分も剝離可能であるが 3)~8),適応に関する十分なコンセンサスがないことや技術的難易度が高いことが課題である.本稿では,UCANに対するESDに関して,当科における適応と手技的な工夫を中心に解説する.
Surveillance for colorectal endoscopic neoplasia detection and management in inflammatory bowel disease patients (SCENIC): International Consensus Recommendationsのガイドライン 1)では,dysplasiaの取り扱いについて,1)境界明瞭,2)内視鏡的一括切除,3)組織学的一括切除,4)切除後周囲生検がdysplasia陰性の場合に「endoscopically resectable」と定義し,大腸全摘術より内視鏡切除後にサーベイランスを行うことが推奨されている.また,European Crohn’s and colitis organization(ECCO)のガイドライン 2)では,他部位にnon-polypoid dysplasiaやinvisible dysplasiaを認めない場合には,polypoid dysplasiaに対してはポリペクトミーが推奨されており,non-polypoid dysplasiaに対しては,内視鏡的完全切除が得られれば内視鏡サーベイランスが許容されている.上記ガイドラインにおける内視鏡切除はポリペクトミーやEMRを前提としており,non-polypoid dysplasiaはpolypoid dysplasiaと比較して内視鏡切除の技術的難易度が高く,一括切除の確信度が低いことに言及しているが,ESDに関する記載はない.本邦の大腸ESD/EMRガイドライン(第2版) 9)では,ESD適応病変として「潰瘍性大腸炎などの慢性炎症を背景としたsporadicな局在腫瘍」が挙げられているが,UCANに関する言及はない.また,大腸ポリープ診療ガイドライン2020 10)では,癌およびHGDは大腸全摘術の適応とされているが,LGDに関しては,組織学的診断の困難性や長期予後に関しての結果が不十分なことなどから,その取り扱いや内視鏡切除に関する記載はない.
当科では,これらの背景をもとに,UCANに対するESDの適応を,1)術前生検でLGD,2)内視鏡的に境界明瞭,3)周囲生検でdysplasia陰性,4)寛解期UCとしており,必ず術前に高周波細径プローブによる超音波内視鏡診断で壁層構造を確認している.
UCの粘膜下層には様々なレベルの線維化が存在するが,UCANに対するESDの成否は,高度線維化をきたした粘膜下層をいかに剝離できるかにかかっている.線維化部分に至る前に十分なフラップあるいはポケットを作って粘膜下層に潜り込み,高度線維化部分を直接視認できる視野を作ることが最も重要なポイントであり,Ul-Ⅱまでの潰瘍瘢痕を伴う粘膜下層線維化病変であれば,高い一括切除率を得ることができる(Figure 1) 11).ただし,線維化の程度や広がりによっては,ESDが技術的に不可能なケースも存在する.粘膜と筋層が一体となっているような高度線維化を広範囲に認める場合(Ul-Ⅲの潰瘍瘢痕例)は,一括切除困難なだけでなく,穿孔などの偶発症の高リスクであるため,状況に応じて治療の中止も考慮する(Figure 2).
UCANに対するESD症例.
a:通常観察にてS状結腸に軽度発赤した領域を認め,生検にてLGDであった.
b:周囲陰性生検とNBI拡大観察を参考にマーキングを行った.
c,d:粘膜挙上が十分な部位に粘膜切開を行い,粘膜下層剝離を開始した.
e~h:粘膜下層に中等度の線維化を認めたが,適宜剝離ラインを設定しながら剝離を進めた.
i,j:局所的に粘膜と筋層が一体となった高度線維化を認めたが,左右両側の剝離後に,両側ラインをつなぐように剝離した.
k:切除後潰瘍底.
l:ESD切除標本.
ESD中止例.
a:病変は広範な瘢痕粘膜上に認めた.
b:局注を試みるも,十分な粘膜挙上が得られる部位がなく,粘膜下層剝離困難と判断し治療を中止した.
粘膜下層線維化部分では局注液が抜けやすいため,できるだけ保持性の高い局注液が望ましい.われわれは,濃グリセリン・果糖(グリセオールⓇ)とヒアルロン酸ナトリウム(ムコアップⓇ)を1:1の割合で混合したものに,少量のインジゴカルミンを加えたものを局注液として使用している.インジゴカルミンを混注した方が,粘膜下層を視認しやすい.先端アタッチメントは,先細り形状のSTフード(富士フイルム)あるいはSTフードショートタイプ(富士フイルム)を用いることで,粘膜下層への潜り込みが容易となる.われわれは基本的に後者を用いているが,より潜り込みが困難な場合は前者を用いている.
切開剝離には,DualKnife J(KD-655Q;オリンパス)を主に使用している.DualKnife Jは,ニードルを出した状態では1.5mmの突出長があるが,ニードルを引いた状態でもわずか0.1mmほど突出した構造になっている.ニードルを引いた状態でシースの先端を粘膜下層に軽く押し当て,通常の凝固切開モードで通電することで(needle-in-technique),筋層損傷のリスクを抑えながら少しずつ剝離を進めることができる(Figure 3).Needle-in-techniqueは,粘膜下層に潜り込めない状況で筋層が正面に対峙する場合や,周辺切開のトリミングの際に有用である.ただし,ニードル先端が視認できずburning effectがやや強いため,十分な粘膜下層を確保して剝離するために,原則,病変直下の剝離では用いるべきでない.なお,needle-in-techniqueは,細い血管の凝固処理や,微小出血の止血の際にも有用である.
DualKnife Jを用いたneedle-in-technique.
a:ニードルを出した状態.ニードル突出長は1.5mm(KD-655Q)である.
b:ニードルを引いた状態.ニードルは0.1mmほど突出している.
UCANは,局注後は病変境界が非常に不明瞭となるため,周囲陰性生検瘢痕を参考に,あらかじめ全周性にマーキングを行っておく(Figure 1-a,b).最初の粘膜切開は,局注による粘膜挙上が十分得られ,瘢痕や高度線維化の予想される部分から十分離れた場所に行い,病変とのマージンは通常よりも広めにとることがポイントである(Figure 1-c,d).実際,高度線維化部分やそのすぐ近傍で粘膜切開し剝離を試みても,粘膜が線維化部分に引き寄せられて縮んだり横滑りするばかりで,粘膜下層に潜り込むことが困難となる.また,高度線維化を伴う病変では,序盤に広範囲の粘膜切開や全周切開を行ってしまうと,局注液がすぐに外に漏出して粘膜下層に潜り込むことが極めて困難となるため,ポケットを作って剝離を行うpocket creation methodが有用である 12).
広範に高度線維化を伴う病変では,上記の手法を用いても粘膜下層に潜り込むことが困難な場合がある.粘膜下層に潜り込めない場合や,筋層が正面に対峙する場合にはカウンタートラクションが有用である.S-O clip(ゼオンメディカル)は,大腸のどの部位においても,任意の方向へ持続的にカウンタートラクションをかけることができる 13),14).病変の手前側にS-O clipを装着し,ループ部分に通常のクリップを引っ掛け,2〜3ひだ程度手前側の病変対側粘膜に牽引し固定することで適度なトラクションを得ることができる(Figure 4).
S-O clipが有用であったESD症例.
a:粘膜切開後,粘膜下層剝離を試みるが,広範な高度線維化のためスコープで粘膜下層に潜り込むことが困難であった.
b:全周切開後に病変手前側にS-O clipをかけ,緑色のループ部分にクリップを引っ掛けて2〜3ひだ手前の病変対側粘膜に牽引固定した.
c:適切なカウンタートラクションが得られ,粘膜下層剝離が容易となった.
粘膜下層に潜り込んだ後は,粘膜下層と筋層を識別し剝離を進める.筋層は,一定方向に規則正しく走行する,やや光沢を有する滑らかな線維束で形成されているのに対し,線維化は多方向に錯綜しているか一塊となっており,光沢に乏しい点が鑑別点である(Figure 1-e~h).中等度までの線維化であれば,粘膜下層にわずかながら局注液が保持されるため,先端アタッチメントを軽く押し当てることで可動する粘膜下層が容易に同定できる.また,近接で筋層が同定しにくい場合は,逆に少し距離をとることで同定しやすくなる場合もある.剝離ラインを決定したら,近接して先端アタッチメントを軽く接着させることで,病変との距離を一定に保ち,ニードルを軽く押し当てて先端を視認しながら剝離を進める.奥に筋層が存在する場合があるため,ニードルは深く押し込まず,表面をなぞるように少しずつ剝離し,これを繰り返す.粘膜下層剝離中に局所的な高度線維化に直面した場合は,まず左右両側の線維化の少ない部分の剝離を行い,高度線維化部分を残して十分露出させた後に,左右のラインをつなぐように,ニードルを粘膜の裏側に沿わせながら剝離する(Figure 1-j).
粘膜下層の高度線維化と内視鏡操作性不良は術中穿孔のリスクである 15).術中穿孔をきたした際は,微小穿孔であれば,縫縮するクリップがその後の剝離操作に支障をきたさないと判断できるところまで可及的に剝離を進めた後に,穿孔部を確実にクリップし完全縫縮する.大きな穿孔をきたしてしまうと,ESD中止や緊急外科手術を余儀なくされるため,線維化部分やスコープ操作性不良部位では,少しずつ剝離しその都度剝離ラインを確認するよう心がける.
当科では,2004年6月から2020年12月の間にUCAN 11症例13病変に対しESDを施行した.なお,ESDを試みたものの周囲粘膜がnon-lifting sign陽性のためESD不能と判断し中止した2症例を除外した.患者の平均罹病期間は20年で,全大腸炎型の症例が最も多かった(Table 1).UCANの臨床病理学的特徴とESD治療成績をTable 2に示す.約半数が直腸に局在しており,平均腫瘍径は18mmであった.術中穿孔を3例に認め,うち2例は微小穿孔でクリップ縫縮によりESDを完遂したが,1例は治療中断した(ESD手技のラーニングカーブ初期の症例).一括切除率92%(12/ 13),完全一括切除率85%(11/13)であった.ESDの結果,4例はHGDであり,うち2例は患者の希望により一旦経過観察を行ったが,いずれもその後異時性UCANを認め,最終的には4例とも大腸全摘術を施行した.また,6例はLGDであり経過観察を行ったが,うち2例で異時性癌を認めたため大腸全摘術を施行した.他の1例は異時性LGDに対しESDを繰り返しており,他の3例は無再発経過観察中である.術中穿孔で緊急手術を要した症例はなかった.
当科におけるUCANに対するESD症例の患者背景.
当科でESD施行したUCANの臨床病理学的特徴と治療成績.
UCANに対するESDの意義として,① LGDに対する治療,② サーベイランス中に発見された病変がUCANかsporadicな腫瘍かを鑑別するための完全切除生検病理組織診断,が挙げられる.実際に本邦の専門施設では,内視鏡的に境界明瞭で周囲陰性生検が確認されているLGDに対しては,内視鏡的一括切除法としてESDが選択されている 16).一方,UCANのESD後は異時性病変の発生リスクが高く,HGDはもとより,LGD切除後でも異時性病変の発生に注意が必要であり,厳重なサーベイランスを要する 8).UCANに対するESD適応に関してはさらなる症例集積によるエビデンスの構築が必要である.
技術的側面からみると,UCANに対するESDは,炎症に伴う粘膜下層線維化の存在により,通常の大腸ESDよりさらに技術的難易度は高く,経験の乏しい内視鏡医が安易に行うべきではない.治療ストラテジーや技術の一般化,新しいデバイスの開発により大腸ESDのハードルは以前より下がっており,今後UCANに対するESDもさらに安全に行えるようになる可能性はあるが,正確な術前診断も含めて,現状ではhigh volume centerで集約的に行われるべきであろう.
UCAN(特にLGD)に対するESDに関する適応とESD手技のコツについて解説した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし