2022 年 64 巻 1 号 p. 37-42
症例は,70歳代男性.喉頭癌,肺癌の術前スクリーニング目的に当科紹介となった.EGDにて,胃体上部小彎に20mm大の0-Ⅱa+Ⅱc型胃癌を認めた.諸検査から胃癌cT1N0M0,cStage Ⅰと診断した.喉頭癌,肺癌が予後規定因子と判断し両病変の外科治療を先行した.術後検体では,喉頭癌,および喉頭癌肺転移の病理診断となった.3カ月後,貧血が進行したため,EGDを再試行した結果,胃癌は50mm大に増大し1型病変に変化していた.諸検査より,cT2N0M0,cStage Ⅰと診断した.喉頭癌pStage Ⅳを併発していたが,予後が期待されたため,腹腔鏡下噴門側胃切除術を施行した.本症例は3カ月という短期間で,0-Ⅱa+Ⅱc型から1型へ形態変化をきたした.希少な症例と考えられ,若干の文献考察を加えて報告する.
胃癌の自然史には不明な点がまだ多いが,1個の癌細胞の発生から個体死に至るには10-30年の長い期間が必要と考えられている 1).今回,われわれは3カ月と比較的短い期間で,表面型胃癌が隆起型病変に大きく形態変化をした1例を経験した.希少な症例と考えられたため,文献的考察を加え報告する.
患者:70歳代男性.
主訴:倦怠感.
既往歴:本態性高血圧,胸部大動脈瘤術後,慢性腎臓病.
内服歴:ランソプラゾール30mg/day,カンデサルタン8mg/day,アムロジピン10mg/dayなど.
現病歴:検診で右肺の異常陰影を指摘され,当院呼吸器内科を受診し肺癌の診断となった.PET-CTで肺結節影に集積亢進を認めたが喉頭にも異常集積を認めたため,当院耳鼻科受診となった.喉頭鏡検査から喉頭癌の診断となり,気道閉塞の可能性があったため,気管切開が施行された.当科には,上部消化管スクリーニング検査のために紹介となった.
臨床検査成績:BUN 30.4mg/dL,Cre 7.63mg/dLの慢性腎不全所見,Hb:9.4g/dLの正球性貧血所見と,CEA 5.7ng/mL,SCC 3.3ng/mLの上昇を認めた.Helicobacter pylori(HP)抗体は正常範囲であった(Table 1).
初診時臨床検査成績.
CT検査:胃壁には明らかな病変は指摘できず,胃周囲のリンパ節腫大や肝転移などの遠隔転移は認めなかった.
上部消化管内視鏡検査(Esophagogastroduodenoscopy;EGD):胃体上部小彎側に内部に陥凹を伴った20mm大の表面隆起型病変を認めた(Figure 1-a,b).生検ではGroup5,Tubular adenocarcinoma(tub1/tub2)の病理診断であった.
初回EGD.
a:胃体上部小彎に内部に陥凹を伴う20mm大の表面隆起型病変を認める.
b:インジゴカルミン散布像.
経過:上記検査から早期胃癌(type 0-Ⅱa+Ⅱc,cT1N0M0,cStage Ⅰ)と診断した.しかし,胃癌は無症状であり予後規定因子である喉頭癌の治療を優先した.また,原発性肺癌の可能性を否定できなかったため,喉頭全摘と右肺部分切除術を施行した.病理所見から,喉頭癌,肺転移pStage Ⅳの診断となった.しかし,手術および内視鏡検査から3カ月後,貧血が進行したため胃癌の再評価を行う方針となった.
EGDでは病変は50mm大に増大し1型の形態に変化していた(Figure 2).CT検査では,胃内に腫瘤影を認めたが,明らかなリンパ節転移,遠隔転移を認めなかった(Figure 3),1型進行胃癌(type1,cT2N0M0,cStage Ⅰ)と診断した.喉頭癌の転移巣は単発で,切除によって根治性が得られた可能性があり,予後が期待された.また頻回の輸血を要したため,腹腔鏡下噴門側胃切除術を施行した.病理検査ではN/C比の高い腫瘍細胞が固有筋層直上にまで浸潤し,不整な腺管構造を形成していた.lymphoid stromaの形成はなく,Epstein Barr Virus(EBV)免疫染色では強陽性となる腫瘍成分も認めなかった.最終病理診断は,55×50mm,type1,tub1>tub2,int,INFa,Ly0,V1b,pT1b2,pN0,pPM0,pDM0,pStage ⅠAであった(Figure 4).胃癌の手術後13カ月経過したが,喉頭癌,胃癌ともに明らかな再発を認めていない.
3カ月後のEGD.胃体上部小彎に50mm大の1型病変を認める.
3カ月後のCT.胃小彎に45mm大の腫瘤影を認める(矢印).
手術検体の病理所見.
a:肉眼では55mm大の1型病変を認める.
b:顕微鏡観察では,N/C比の高い不整な核を有する腫瘍細胞が不整な腺管構造を形成する像が確認できる.
胃癌の自然史についてはまだ不明な点が多いとされるが,1個の癌細胞の発生から個体死に至るには10-30年の長い期間が必要と考えられている 1).Tsukumaらは,EGD及び生検で確定診断され,かつ,内視鏡的もしくは外科的切除が未施行もしくは診断から6カ月以上治療が延期された早期胃癌71例の観察を行った.そのうち,EGD,上部消化管造影または外科切除による病理診断が得られた56例を対象とし,早期胃癌の自然史について報告している.その結果によると,平均観察期間39カ月(6-137カ月)で,36例は進行癌へ進展し,早期胃癌の進行胃癌への進行には44カ月(中央値)を要したと報告した 2).Iwagamiらは,早期胃癌患者21例を粘膜内癌18例,粘膜下層癌3例に分け同様の検討を行っている.粘膜癌が粘膜下層浸潤するリスクは3年間で6%,また,粘膜下層癌が固有筋層浸潤するリスクは1年間で33%と報告した 3).また,Seung-Youngらは,組織学的に胃癌と診断され,治療が施行されず,内視鏡検査もしくはCT検査が少なくとも2回施行された胃癌患者101例を対象に胃癌の進行速度の検討を行っている.T因子について,T1がT2へ,T2がT3へ,T3がT4へ進行するまで,それぞれ34.1カ月,9カ月,3.8カ月を要すると計算され,癌の進行によって進行速度も上昇することが示された 4).
上記報告では癌が比較的緩徐に変化していくことが示されている.一方,胃癌の中にも短期間で形態変化を呈した症例も報告されている.医学中央雑誌にて,「胃癌」,「形態」,「変化」をキーワードとして検索し,さらに腺癌以外の悪性腫瘍の症例と,治療によって形態変化した症例を除外した結果,15例の症例報告を認めた.自験例を含めた16例のまとめをTable 2 5)~19)に記す.胃癌の形態変化の原因機序として腫瘍崩壊,HP除菌治療,EBV,酸分泌抑制薬による機序が挙げられていた.腫瘍崩壊は蠕動運動,生検,局注などの機械的刺激によって基部に相対的循環障害が生じ腫瘍が脱落すると考えられている 12),14).次に,HP除菌治療については,除菌治療よって腫瘍表面に低異型度上皮が腫瘍を覆うことによって形態変化に寄与すると考えられている 17).EBVは癌組織にリンパ球が浸潤しlymphoid stromaを形成し,腫瘍に隆起性変化をもたらすと考えられている 11).また,EBVが感染し,比較的未分化な胃癌を生じさせ,形態も非感染部と比べ変化することも指摘されている 20).本症例では,HP抗体は陰性であり除菌治療は施行しておらず,病理学的にlymphoid stroma,癌細胞への感染を認めずEBVの関与も否定的であった.ランソプラゾールは服用していた.自験例と同様に分化型で,陥凹型から隆起型へ変化した既報は6例あり 7),8),10),15),16),18),そのうち5例で酸分泌抑制薬が使用され,内服率が高かった.
本邦における短期間で形態変化した胃癌症例.
酸分泌抑制薬で何故胃癌の形態変化が生じるのか,その明確な機序は証明はなされていないが,酸分泌抑制薬による潰瘍底の修復,また,その組織修復における歪みにより形態変化が生じると考えられている.Sewingらは,H2ブロッカーを用いることで,胃内pHが上昇し,血清ガストリン値が上昇することを報告した 21).Johnsonらは,ガストリンがtrhophic actionにより胃粘膜増殖を促すと報告した 22).これらの機序が悪性腫瘍でも同様に生じるかは不明であるが,酸分泌抑制薬により過剰なガストリンが分泌され,胃癌組織に歪みを起こし形態変化するのではないかと考えられている 8).本症例では,胃内pH,ガストリン値の測定を行っておらず,酸分泌抑制薬がどの程度関与したのかは確認できなかった.胃癌形態変化の機序解明のためには,症例の集積が必要である.
今回,われわれは3カ月と比較的短い期間で,表面型胃癌が隆起型病変に大きく形態変化をした1例を経験した.胃癌の中には急激な形態変化を生じるものがあり留意すべきであると考えられた.なお本稿の要旨は,第121回日本消化器内視鏡学会北海道支部例会で報告した.
謝 辞
本稿の作成にあたり,当院外科の川村秀樹先生,および,北海道大学病院消化器内科の中村赳明先生にご指導いただきました.この場を借りお礼を申し上げます.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし