2022 年 64 巻 11 号 p. 2364-2370
症例は71歳の男性.約2カ月続く下痢と体重減少の精査目的に当院に紹介となった.精査のため施行した上部・下部消化管内視鏡検査で,食道,胃,十二指腸,回腸,結腸にそれぞれ形態の異なる多彩な病変を認めた.各病変部の生検病理組織所見から単形性上皮向性腸管T細胞リンパ腫と診断した.本疾患で全消化管に病変を認めた報告はなく,貴重な症例と考え報告する.
A 71-year-old man presented to our hospital due to diarrhea and weight loss that had persisted for about 2 months. The upper and lower gastrointestinal endoscopy revealed various lesions with different morphologies in the esophagus, stomach, duodenum, ileum, and colon. Biopsies from each lesion resulted in the diagnosis of a monomorphic epitheliotropic intestinal T-cell lymphoma. There is no report of total gastrointestinal involvement in this disease, and we consider this case to be valuable.
腸管症関連T細胞リンパ腫(Enteropathy associated T-cell lymphoma;以下EATL)は,セリアック病に関連のある大型細胞優位のⅠ型と,セリアック病との関連に乏しく,小型から中型細胞優位のⅡ型に分類されていたが,2017年のWHO分類でⅡ型EATLは単形性上皮向性腸管T細胞リンパ腫(Monomorphic epitheliotropic intestinal T-cell lymphoma;以下MEITL)と再定義された.MEITLは小腸に病変を形成することが多いとされており,胃,大腸等にも病変を形成した報告も散見される程度である.今回,全消化管に多彩な病変を認めた症例を経験したため報告する.
患者:71歳,男性.
主訴:下痢,体重減少.
既往歴:60歳代 狭心症,40歳代 高血圧,50歳代 脳梗塞.
現病歴:約2カ月続く下痢と,その間の9kgの体重減少の精査目的に近医より紹介となった.血液検査や腹部CTでは軽微な異常所見のみであり,上部消化管内視鏡検査(以下EGD)も施行されたが,多彩な病変を認めたものの,病変部からの生検病理組織検査では診断に至らなかった.外来通院中に全身状態の増悪を来したため,初回EGDから8日後に精査加療目的に入院となった.
外来時臨床検査成績:血液検査ではAST 57U/L,ALT 43U/L,BUN 21.9mg/dL,Cr 1.32mg/dLと肝障害と腎障害を認め,CRPは0.54mg/dLと軽度の上昇を認めた.腫瘍マーカーは,sIL-2Rが904U/mL(正常454U/mL以下)と軽度上昇している以外は正常であった.またHTLV-1,Helicobacter pyloriを含めた各種感染症の抗体も陰性であり,組織グルタミナーゼ抗体も陰性であった.
腹部CT所見:軽度の小腸壁の肥厚を認めた.
EGD所見(Figure 1-a~c):食道は全体的に浮腫状であり,血管透見も低下しており,点状の発赤も散見された.胃体上部後壁には広範な不整形の浅い潰瘍を,胃体中部・下部には辺縁に隆起を伴う潰瘍を認めた.十二指腸球部から下行部にかけて浮腫状の粘膜を,球部には線状の発赤を認めた.
上部消化管内視鏡検査.
a:食道.全体的に浮腫状であり,血管透見が低下している.
b:胃.体下部大彎には潰瘍を伴う粘膜下腫瘍を認める.
c:十二指腸.球部には縦走傾向のある発赤粘膜を認める.
大腸内視鏡(CS)所見(Figure 2-a,b):回腸終末部に顆粒状粘膜を認め,絨毛の萎縮と地割れ様の所見も認めた.盲腸からS状結腸まで粘膜は浮腫状であり,びまん性に斑状の発赤と血管透見の低下を認めた.
下部消化管内視鏡検査.
a:終末回腸.粘膜は顆粒状であり,地割れ様の所見を認める(黄矢頭).
b:下行結腸.粘膜は浮腫状であり,びまん性に斑状発赤を認める.
生検病理組織学的所見(Figure 3-a~d):すべての検体で,粘膜固有層を中心に,上皮に浸潤傾向のある小型のリンパ腫細胞をびまん性に認めた.食道では,びまん性に浸潤した多数のリンパ腫細胞により,間質乳頭の毛細血管の内腔は不明瞭となっていた.胃の隆起性病変では,小型のリンパ腫細胞の粘膜固有層への浸潤を認めた.回腸終末部では,粘膜固有層への著明なリンパ腫細胞の浸潤により,個々の絨毛が腫大し,短縮していた.また陰窩上皮内にも腫瘍細胞浸潤を認めていた.S状結腸では,上皮内へのリンパ腫細胞の浸潤により表層に出血を来していた.これらのリンパ腫細胞は免疫染色でCD3陽性,CD7陽性,CD8陽性,CD56陽性,CD5陰性,Ki67陽性率 70%,TIA-1陽性,GranzymeB陰性,CD20陰性であったことからMEITLと診断した.
生検病理組織像(HE染色).
粘膜固有層に多数の小型の異型リンパ球の浸潤を認める.
a:食道.扁平上皮が菲薄化している.また間質乳頭の毛細血管の内腔は不明瞭となっている(HE染色 400倍).
b:胃.小型のリンパ球の粘膜固有層への浸潤を認める(HE染色 400倍).
c:回腸終末部.異型リンパ球の浸潤により,個々の絨毛が腫大し短縮している.また陰窩上皮内にもリンパ腫細胞の浸潤を認める(HE染色 200倍).
d:結腸.消化管上皮にリンパ腫細胞の浸潤を認め(赤矢頭),表層には出血を認める(HE染色 400倍).
入院後経過:病理組織学的診断が確定した後に,当院の血液内科に転科のうえ骨髄生検を施行した.骨髄へのリンパ腫細胞の浸潤を認めたことから,臨床病期はLugano国際会議分類でstageⅣと診断し,CHOP療法(cyclophosphamide, vincristine, predonisolone, doxorubicin)による治療を開始した.しかし,1コース目にvincristineによる麻痺性イレウスを発症したため,CHASE療法(cyclophosphamide, cytosine arabinoside, etoposide, dexamethasone)に変更し,現在まで4コースの投与を終了している.
2008年に発表された造血器腫瘍のWHO分類第4版では,EATLは大型の腫瘍細胞優位に構成されセリアック病との関連があるⅠ型と,小型から中型細胞優位に構成されセリアック病との関連が乏しいⅡ型に分類されていた 1).2017年に刊行されたWHO分類改訂4版では,これまでEATLのⅡ型とされていたものが,MEITLと再分類された 2).本邦ではセリアック病の頻度が低いこともあり,これまでのEATLの多くはMEITLに分類されるものと推測される.
本疾患は疾患自体が稀なうえ,穿孔や閉塞症状を契機に診断がなされたものが多いこともあり,これまで詳細な内視鏡所見の報告が少ない 3).
しかし,近年は内視鏡診断の進歩により,EATLの内視鏡所見に関する報告も散見される.石橋ら 4)は,海外からの報告も含めたMEITLの42例103病変をまとめ,占拠部位としては空腸・回腸が多く,次いで十二指腸,結腸,直腸,胃,食道の順であったと報告している.内視鏡所見としては浮腫状粘膜が最も多く,次いで潰瘍,顆粒状粘膜,腫瘤,粘膜肥厚,狭窄の順であり,半数以上の病変が粘膜異常であったことから,これらの微細な所見に注目することが重要であるとしている.その他にも,本疾患の内視鏡所見の特徴として,主病変とされる隆起性病変や潰瘍性病変に連続してびまん性の粘膜病変を広範に伴うことや,空腸から回腸にかけての広範囲にわたる粘膜の浮腫状変化と,微細顆粒状の粘膜,散在する潰瘍が報告されている 5),6).これらの粘膜面の所見は,本疾患の病理組織学的な特徴でもあり,上皮直下への多数のリンパ腫細胞浸潤により形成されている.また自験例は,初回の内視鏡時には有症状であり,特徴的な内視鏡所見も認めており,生検組織検体も病変部から採取されていたが,確定診断には至らなかった.後方視的に見直しても,腺管へのリンパ腫細胞の浸潤があることから,リンパ腫と慢性炎症が鑑別に挙がるが,疾患の頻度からは第一に慢性炎症を,次にMALTリンパ腫を考える.追加の免疫染色でも,B細胞成分は乏しく,T細胞成分が主体であり,やはり非常に稀なT細胞リンパ腫を想起することは困難であり,慢性炎症が第一に鑑別に挙がる可能性が高い.そのため,臨床的に,本疾患を疑うとの情報が非常に重要であり,自験例でも初回の内視鏡で本疾患を想起できなかったことが,病理組織診断で診断に至らなかった原因と考える.本疾患を念頭において疑うことが,早期診断・早期治療につながるものと考える 5).
本疾患の内視鏡所見の記載のある本邦での報告例について,医学中央雑誌で『EATL』と『内視鏡』,『腸管症関連T細胞リンパ腫』と『内視鏡』,『monomorphic epitheliotropic intestinal T-cell lymphoma』と『内視鏡』をキーワードとし,1983年から2020年の期間で検索した.会議録や詳細な内視鏡像が確認できないもの,Ⅰ型EATLと確定診断がされたもの,またはI型EATLが疑われたものを除くと,自験例を含め16例であった(Table 1) 3)~5),7)~17).病変の占拠部位としては小腸が13例,十二指腸が7例,大腸が4例,胃が3例,食道は自験例のみであった.内視鏡所見では潰瘍が14例と最も多く,腫瘤が9例,浮腫状粘膜が8例,顆粒状粘膜が7例,狭窄が6例であった.
内視鏡所見の確認できた本邦におけるMEITLの報告例.
病変部位に関しては,石橋らの報告と概ね一致する結果であった.しかし病変の所見に関しては,石橋らの報告では浮腫状粘膜が最も多く,次いで潰瘍であったが,今回検索した範囲では潰瘍が14例で最も多く,次いで腫瘤が9例であった.この違いについては,Tomitaらが本邦やアジアでの本疾患と欧米で報告されている本疾患では,細胞形態がやや異なる可能性があると報告しており,細胞形態の差異が内視鏡所見に影響している可能性が考えられる 18).
本疾患の問題点として,全生存期間の中央値が約10カ月と極めて予後不良であることが挙げられる 19).EATLでの報告であるが,24例中の15例に穿孔を認め,平均生存期間98日であった.一方,残り9例の非穿孔例の平均生存期間は202日であり,穿孔群で予後が悪かった 5).Kikumaら 20)は,MEITLの26例で,限局期の症例は進行期の症例と比較して,有意に予後が良好であり,早期の発見が患者の予後の改善につながる可能性があると報告している.今回検索した16例では,報告時に生存していた症例が4例あり,いずれの症例も診断時から経過中を含め穿孔を認めず,化学療法が導入されていた.一方,穿孔例は6例あり,治療開始前に穿孔を認めた2例,経過中に穿孔を認めた4例であった.穿孔後の詳細な記載が少なく,穿孔がどの程度予後に影響を与えたのかは不明であるが,穿孔例での生存例が確認できていないことから,これまでの報告と同様に,非穿孔例に比較して予後が悪いと推測される.
本症例では,内視鏡所見に関して,詳細な記載が少ない食道や大腸に粘膜病変を認めており,その生検病理組織像と内視鏡所見との関連を検討した.食道の内視鏡所見は浮腫と血管透見の低下が主な所見であるが,これはびまん性に浸潤した多数のリンパ腫細胞により,表層の血管が圧排されていた組織像を反映したものと考えられる.回腸終末部の顆粒状粘膜については,粘膜固有層へ多数のリンパ腫細胞の浸潤による個々の絨毛の腫大を反映したものと考えられる.十二指腸や大腸には,線状と斑状の所見の違いはあるものの粘膜内出血様の発赤を認めた.これはリンパ腫細胞の浸潤による表層の血管の破綻と,出血を反映したものと考えられる.これらの所見は,いずれも非特異的な所見ではあるが,本疾患の特徴でもある,上皮下への多数のリンパ腫細胞の浸潤に伴う所見であり,このような所見を認めた際には本疾患も想起する必要がある.
自験例の胃病変でもみられた,辺縁に隆起を伴う潰瘍のように,穿孔を来しうる病変に関しては,既報から,リンパ腫細胞が上皮のみならず消化管壁全層にわたり浸潤していた所見が得られている 5),7),9),12),15),16).リンパ腫細胞の浸潤が高度になると,穿孔を来しうる潰瘍や隆起性病変を形成すると考えられるため,びまん性の浮腫や発赤,顆粒状粘膜等の早期の粘膜病変を見逃さないことが重要である.
本疾患は,小腸に主病変を形成することが多いとされており,小腸の精査が重要である.自験例では全身状態の増悪が顕著となったため,カプセル内視鏡や小腸内視鏡による小腸の精査ができておらず,原発巣に関しての評価が不十分となった.しかし,初診時のCTで小腸の壁肥厚を認めていたことから,小腸にも病変を形成していたことが推測される.施設や患者の状態によっては小腸の精査が困難な場合もあるが,自験例のように小腸以外の他臓器にも本疾患を疑うびまん性の粘膜病変を認めれば,診断に至る可能性があるため,今後の本疾患の粘膜病変の内視鏡所見の蓄積が重要である.
本疾患は稀な疾患ではあるが,進行が早く予後も不良であることから,早期診断が重要である.粘膜病変の内視鏡所見から本疾患を想起することが,本疾患の予後の改善につながる可能性がある.
全消化管に多彩な内視鏡所見を呈したMEITLの1例を経験した.本疾患の予後の改善のためにも,広範囲で多彩な内視鏡所見を認めた際に,本疾患を想起することが重要である.
謝 辞
本例の病理診断にご協力いただきました,関西メディカル病院 病理診断科の小野寺正征先生に深謝いたします.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし