82歳男性.既往歴なし.以前に大腸腺腫に対してポリペクトミーを施行しており,フォローアップのために高濃度ポリエチレングリコール腸管洗浄剤により前処置を行い全大腸内視鏡を施行した.上行結腸,下行結腸に5mm大の腺腫を認めポリペクトミーを施行した.また,直腸Rbの正常粘膜に食い込んで動いている白色調で糸状の虫体を認めた(Figure 1).虫体の刺入部には発赤や浮腫は認めていなかった.生検鉗子にて虫体を摘出し,その肉眼形態より生きたアニサキスと考えた(Figure 2).検査後に本人へ問診したところ,特に腹部症状はなく,しめサバなどの青魚を好んで食する摂取歴を確認し直腸アニサキス症と診断した.
A:直腸Rbの正常粘膜に頭部が食い込んでいる(矢印)白色調で糸状の虫体を認めた.虫体の刺入部には発赤や浮腫は認めていなかった.
B:虫体を生検鉗子にて摘出した.生検鉗子に虫体が巻き付いている.
摘出した生きた虫体をアニサキスと診断した.
海産魚類を生で摂取する習慣がある本邦において,消化管アニサキス症は比較的高頻度にみられる寄生虫疾患である.原因幼虫はAnisakis simplex,Anisakis physeteris,Pseudoterranova decipiensの3種が知られている.寄生魚類はサバ,イカ,サケ,タラ,マス,ニシン,イワシ,サンマ,アジ,カツオなど多種にわたる.年間発生症例は2,000~3,000例と推定され,発生時期は冬場に多く夏場に少ないとされる.本症例では全大腸内視鏡検査1週間前にサバずしを摂取しており感染源の可能性が考えられる.また,大腸内視鏡検査の前処置により胃内にいたアニサキスが直腸まで到達した可能性もあるが,摂取時期を考えると可能性は低くなると思われる.
病型は胃アニサキス症,腸アニサキス症,腸管外アニサキス症(肺,肝,皮下等)の三つに分類される.消化管アニサキス症において寄生部位は胃が最も多い.唐澤ら 1)は,全アニサキス症例2,511例中,胃アニサキス症は2,340例93.2%である一方,大腸アニサキス症は27例1.1%であると報告している.また加藤ら 2)は,71症例の大腸アニサキス症を集計し,その病変部位は,上行結腸が32例,横行結腸が19例,盲腸が7例と右側結腸に多く直腸は1例しか認めないことを報告している.医中誌で本邦における直腸アニサキス症の文献を検索するも2編しか認めなかった 3),4)(期間:1983~2020年,検索キーワード:大腸または直腸・アニサキス症・会議録を除く).アニサキス症は臨床的に劇症型と緩和型に分けられる 5).劇症型は再感染による即時型過敏反応が関与しており刺入部を中心に発赤,浮腫が生じ,強い腹痛など重篤な症状を呈することが多く,病理組織学的所見では好酸球を中心とした炎症細胞浸潤を伴う蜂窩織炎を認める.一方緩和型は虫体とその代謝産物や脱皮液の刺激による急性炎症により小隆起,陥凹性病変を生じるとされ,症状は比較的軽微であるか,本症例のように無症状で発見されることもある.病理組織学的所見では死滅あるいは崩壊した虫体を取り囲んだ好酸球性肉芽腫を認め,慢性的な経過をたどり約1~2カ月程度で自然消退するとされる.腸アニサキスは劇症型が多いとされ,発見契機として腹痛が64%と最も多いが,無症状で偶発的に発見されるケースは23%と比較的少ない.本症例は腹部症状なく偶発的に発見された直腸アニサキス症で非常にめずらしい.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし