日本消化器内視鏡学会雑誌
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手技の解説
新型トラクションデバイス(Multi-loop traction device)を用いたESD
二口 俊樹 樺 俊介炭山 和毅
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2022 年 64 巻 7 号 p. 1352-1360

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要旨

ESDをより安全かつ迅速に行うための工夫としてトラクション法が考案され,手法の普及と共に専用デバイスの開発も進んだ.しかしながら,各手法,デバイスには特有の課題があり,施設間での適応や使用方法の手技も様々である.2021年2月に全国販売が開始されたMulti-loop traction device(MLTD,ボストン・サイエンティフィック ジャパン,東京)は,東京慈恵会医科大学内視鏡医学講座が中心となり設立した産学医工連携コンソーシアムにおいて作り上げた,新型トラクションデバイスである.小型で軽いMLTDは,鉗子チャンネルを介したデリバリーが可能であり,狭い管腔内でも手軽にトラクション法を適用できる.また,極細径樹脂で成形されているため,鉗子で把持して引っ張ることで切断でき,取り外しも容易である.われわれは,MLTDを用いた手技の標準化を進めており,術者や臓器・部位によらず安全かつ効率的なESDを行うことができるよう,販売企業と連携した周知活動を進めている.本稿では,トラクション法の基本的知識からMLTDの開発経緯,標準化された使用方法まで解説する.

Abstract

Traction device-assisted ESD (TA-ESD) was developed to facilitate laborious ESD. Various traction devices have been developed to facilitate TA-ESD as the acceptability of the procedure has been increasing. However, each device presents its own set of specific technical challenges. Therefore, their indications and techniques vary substantially. In February 2021, a novel multi-loop traction device (MLTD, Boston Scientific Japan, Tokyo) was released in the Japanese market. The device was developed by an academia-industry consortium established in 2014 at the department of endoscopy, the Jikei University School of Medicine to provide solutions for existing challenges in the field of gastrointestinal endoscopy. The device is designed as a triple-ring chain of light-weight resin measuring 19 mm in length. Because of its ideal size and lightness, the device can be delivered to a surgical field through an accessary channel using a regular endoscope and any type of endoclip. An endoscopist can create optimal strength of traction force on tissues toward any direction by attaching one end of the traction device on the edge of the surgically freed mucosal overlay and the other edge on the opposite site of the GI wall. In addition, the direction and force of traction can be changed intuitively by fixing the free second ring of the device on other locations on the GI wall. Finally, the light-weight device can be easily retrieved using biopsy forceps when the excised specimen is removed at the end of a procedure. In this article, we have reviewed previously published literature to discuss the advantages of the traction device-assisted technique. In addition, we have discussed the technological and procedural details of ESD using an MLTD.

Ⅰ はじめに

内視鏡的粘膜下層剝離術(以下ESD)において,組織に適度な牽引をかけ伸展させながら切開を行うことで,剝離層の視認性を改善させるとともに切開効率を向上させることができる.先端フードを用いたトラクションが頻用されているが,内視鏡操作から独立した組織牽引法として,小山ら 1は胃ESDにおける糸付きクリップ法の有用性を報告した.その後,組織を大きく展開することができる糸付きクリップによるトラクション法の有用性は,様々な臓器で検証され,特に食道においてはEMR/ESDガイドラインに推奨度Bとして使用が推奨されるなど,標準的な治療戦略として認められるようになった 2.しかし,糸付きクリップの取り付けにはスコープ抜去が必要であり,右側結腸病変など容易に病変への到達が困難な場合に煩雑さを伴う.一方,クリップと小型コイルスプリングを組み合わせたS-O clip(ゼオンメディカル社,東京)など,鉗子孔を介してデリバリーできるthrough-the-scope(TTS)デバイスは任意のタイミングで,どの部位にも使用できる利点が大きい.しかし,デバイスをいったん取り付けると,付け直しや回収が難しく,牽引力や方向を直感的に操作することが難しいなどの課題があった.そこでわれわれは,2014年に発足した産学医工連携研究開発コンソーシアムにおいて,任意の方向への牽引と組織展開力の調整,また,容易に取り外しが可能なTTSトラクションデバイスの開発に取り組んできた.その結果,2021年2月より,ボストン・サイエンティフィック ジャパンからMulti Loop Traction DeviceTM(以下MLTD)の商標で上市することができた.本項では,トラクション補助下ESD(Traction-assisted ESD;TA-ESD)の現状およびMLTDを用いたTA-ESD手技の解説を行う.

Ⅱ トラクション法の有効性

現在,主流のトラクション法は,内視鏡下に糸付きクリップや鉗子を病変部に取り付け,その他端を体外から経口または経肛門的に用手牽引する方法と,病変近傍の粘膜と対側の消化管壁を手術用縫合糸で作成したループや,バネ,ゴムなどの部材で繋いで牽引する方法の二つに大別される.これらの方法を用いたTA-ESDと従来のESD(conventional ESD;C-ESD)の治療成績を比較したランダム化比較試験(randomized controlled trial;RCT)の結果が報告されている.

Yoshidaら 3は,20mm以上の表在型食道癌232例を対象とした多施設RCTにより,C-ESD群と比較し,糸付きクリップ法を用いたTA-ESD群で治療時間が有意に短く(44.5 vs. 60.5min,P<0.001),周在性が増すに従って処置時間の短縮率が増加することを明らかにした.さらにYoshidaら 4は,胃ESDにおける糸付きクリップ法の有効性についても多施設RCTで検討しており,TA-ESD群319例とC-ESD群316例の比較において,穿孔率はTA-ESD群で有意に低い一方(2.2% vs. 0.3%,P=0.04),処置時間には差が認められなかった(60.7 vs. 58.1min,P=0.45).また,Suら 5が2020年に報告したメタ解析においても,胃ではトラクション法による処置時間の短縮効果は認められていない.一方,前述のYoshidaらの報告の中で,大彎病変に限定したサブグループ解析では,TA-ESD群の処置時間は有意に短くなっており(104.1 vs. 57.2min,P=0.01),さらに2021年にNagataら 6が実施した1名のエキスパートのみが参加したRCTでは,胃ESDに対するS-O clipの有意な処置時間の短縮効果が報告されている.管腔が広く,形状の個体差が大きい胃では,病変部位や術者の経験値により,トラクション法の有効性にばらつきが出やすく,活用方法のさらなる検討が必要と考えられる.

大腸はトラクション法が頻用される臓器の一つであり,内視鏡の抜去・再挿入を必要としないTTSトラクションが特に好まれる傾向にある 7)~10.Ritsunoら 7が実施した,早期大腸癌症例を対象としたRCTでは,S-O clipを用いたTA-ESD群の処置時間はC-ESD群と比べて有意に短く(34.7 vs. 67.1min,P=0.03),病変が屈曲部に存在するなどの困難因子を伴うC-ESD群の8例では,途中でトラクション法への変更がなされていた.また,困難因子を伴わない病変についてのサブグループ解析でも,TA-ESD群の処置時間は有意に短く,大腸では病変の難易度によらず,トラクション法の有益性が高いことが示されている.

Ⅲ 新型トラクションデバイス(MLTD)の開発

われわれは,2012年から5-0ナイロン糸を用いた1~4連のループ状デバイスを自作し,トラクション法に用いてきた 11.柔らかく小型のため狭い管腔内でも使用可能であるが,ループを自作する手間が必要な上,取り外しの際は高周波ナイフによる固定糸の切断が必要で,粘膜の熱損傷やナイロン糸の切断に難渋することがあった.本学,内視鏡医学講座では,消化器内視鏡用医療機器の研究開発を目的とした産学医工連携コンソーシアム(Multidisciplinary Working Group for Innovation in Gastrointestinal Endoscopy;MUGGIE)を2014年に結成し,その取り組みの一環として,前述のナイロンループを原型としたMLTDの開発を行った.

MLTDは,長さ19mm,ループ径6×4mm,線径0.3mm,重さ0.1gの直鎖状低密度ポリエチレン樹脂(Linear Low Density Polyethylene;L-LDPE)製の3連鎖ループ型トラクションデバイスである(Figure 1).ESDの際,標的病変近傍の粘膜にクリップでMLTDのループの一端を取り付け,さらに他端のループを新たなクリップで病変対側の消化管壁に取り付けることでトラクション効果を得る.小型軽量でありながら適度な強度(コシ)を備え,クリップへの装着や狭い消化管内での取り回しが容易である.また,その柔軟性から内視鏡の鉗子チャンネルを介したデリバリーが可能である.三つのループを上手く使用することで,管腔径に応じた牽引距離の設定ができ,牽引方向や張力の調整が可能である.MLTDは,伸びずに切れるL-LDPEを極細径に成形されており,鉗子で把持し引っ張るだけで切断が可能で,取り外しの際,粘膜損傷を伴わない.使用するクリップに制限はなく,狭い管腔内では小型のクリップと組み合わせるなど,術者の好みや状況に応じた選択が可能である.

Figure 1 

MLTD(ボストン・サイエンティフィック ジャパン,東京).

Ⅳ MLTDを用いたトラクション法の基本

MLTDを用いたトラクション法を有効に行うためには,各臓器特有の構造や特性にあわせた使用方法を理解しておく必要がある.ここでは,使用手順および対象臓器別に手技の詳細を解説する.

1.デバイスの取り付け

SureClip(Micro-Tech社,南京)等の開き直し可能なクリップや,EZ ClipTM(オリンパスメディカルシステムズ社,東京)と組み合わせる場合,クリップで把持しながらデリバリーを行う(Figure 2).また,生検鉗子等でデリバリーし,消化管内に落とした後,クリップで拾って取り付けることも可能である.MLTDを粘膜に取り付ける手順は,状況に応じ次の二つの方法から選択している.一つは,全周切開後の切開縁にフラップを持ち上げるように取り付ける方法(Figure 3-a)で,他方は,病変の遠位2/3周程度の粘膜切開を置いた後,近位側の粘膜にMLTDを取り付けて牽引する方法である(Figure 3-b).後者では,トラクションがかかった状態で粘膜切開を行うことができるため,牽引部を中心に粘膜下層の展開が良好となり,pocket creation methodによる切除を進めることも可能で,特に大型病変に対して有効である.

Figure 2 

MLTDのクリップへの装着方法.

a,b:EZ ClipTM(ショートクリップ,オリンパスメディカルシステムズ社,東京)への取り付け方法.ハンドルを操作してクリップが完全に展開しない程度にシース先端から出しておき,ツメ交叉部の下にMLTDを通し,再びシース内に格納する.

Figure 3 

MLTDの取り付け方法.

a:全周切開後にMLTDを取り付ける方法.

b:粘膜の一部を残してMLTDを取り付け,粘膜下ポケットを形成する方法.

2.牽引方向

牽引方向は,基本的に病変の対側かつスコープから見て手前側に向かうようにする(Figure 3-a).これにより,剝離が進むにつれて病変がスコープに対して屋根のように覆い被さり,広い粘膜下トンネル状の術野が得られるため,剝離の終盤まで良好なトラクション効果が維持される.手前に向かって牽引するためには,まずMLTDを把持した一つ目のクリップを病変から1-2cm程度手前の対側粘膜に取り付け,二つ目のクリップは他端のループを拾い,軽く脱気した後,病変の近位側に取り付ける.病変手前に一つ目のクリップを置くことが困難な場合は,病変側に取り付けた後,可能な限り病変の真対側に取り付ける.

3.粘膜下層剝離

MLTDを取り付けた後は,強くテンションがかかっている装着部直下の粘膜下組織から切開を始めると粘膜下層の良好な展開が得られる.大型病変,粘膜下層の線維化を伴う病変や屈曲部などに病変がある場合,剝離が進むにつれ,トラクション効果が減弱する.その場合,ループの一つを新たなクリップで別の部位に取り付け,残った粘膜下層がより効果的に展開されるよう牽引力や牽引方向の調節(「追い牽引」)を行う(Figure 4).

Figure 4 

「追い牽引」の方法.

パターン1:余ったループを対側の消化管壁の別の部位にかけ直す.

パターン2:余ったループを別の一つを新たなクリップで拾い,粘膜下層が展開されにくい部位に取り付ける.

4.取り外し

検体回収時や,治療中にMLTDを取り外す必要が生じた場合,生検鉗子等でMLTDのループの一部を把持し,チャンネル内にMLTDを引き込むことで切断することができる(Figure 5).

Figure 5 

MLTDの取り外し方法.

最もアンカークリップに近いループを鉗子で把持し,スコープ内に引き込むと一定の張力に達した時点で切断され,検体を回収することができる.

5.臓器別の使用方法

・大腸

大腸は,牽引に必要な距離を確保しやく,粘膜もクリップで把持しやすいことから,MLTDの導入に最も適した臓器である.しかし,大腸の管腔径は,送気拡張した状態ではMLTDの長さを超えるため,二つ目のクリップはやや脱気した状態で取り付ける.牽引力は,徐々に送気量を増やすことで容易に調節できる.盲腸底部や肝・脾彎曲外側のように,筋層がスコープ軸に直交する部位では,特に,手前方向に牽引をかけることで粘膜下層を接線方向に変位させることができるため,安全な剝離が可能となる(Figure 6).また,MLTDで十分に粘膜下層が展開されていれば,スコープの潜り込み操作が不要となるため,腸の過伸展や癒着によりスコープの操作性が低下した場合であっても手技的難易度が軽減される.さらに,粘膜下層内の脂肪組織の飛散により視界不良となりやすい盲腸や回盲弁周囲では,脂肪組織と距離をとった剝離操作が可能なためクリアな視界を維持しやすい.

Figure 6 

大腸におけるMLTDを用いたESD.

送気にて管腔を広げ牽引力を調整する.盲腸底部の病変でも牽引によりナイフを剝離面に対して接線方向にすることができる.

・胃

体部・角部・前庭部の病変では,病変の口側とその対側にMLTDを取り付け,基本的に見下ろしで口側から剝離を進める(Figure 7).通常,MLTDによる牽引下で反転操作を行うと,デバイスがスコープと交叉し切断される可能性があるため,反転操作での切開は最小限にとどめる.反転操作が不要となることで,嘔吐反射や鎮静剤使用量の減少が期待できる.一方,反転操作が主体となる穹窿部病変に対しては,スコープとの干渉がほとんど見られない.小型の病変では,病変近傍にトラクションをかけることで十分な視野展開が得られることが多い.一方,大型の病変では,脱気にて両側の取り付け予定部位を十分近づけた状態でデバイスの固定を行う.その際,取り付け予定部位が襞間に隠れてしまうことがあるため,凝固マーキングや少量の局注を施しておくと見失うことがない.

Figure 7 

胃におけるMLTDを用いたESD.

胃体中部後壁の早期胃癌.全周切開後にMLTDで病変口側を牽引し,剝離を進める.

・食道

管腔の狭い食道では,小型クリップ(ツメ角度90°のEZ ClipTMショートタイプ(オリンパスメディカルシステムズ社,東京)等)を用い視野を妨げないようデバイスを固定する.ループの数により,図のように長さの調節が可能であり(Figure 8),ほとんどの症例で一つのデバイスにて手技を完遂することができる.食道では,糸付きクリップと同様に手前(口側)に向かう牽引が特に有効である.ただし,内腔が極端に狭い頸部食道にかかる病変に対しては使用することが難しい.

Figure 8 

食道におけるMLTDを用いたESD.

a:食道におけるMLTD取り付け方法.

b:胸部上部食道に位置する表在型食道癌(肉眼型 0-Ⅱb,病変径54×36mm,3/4周性).手前側にMLTDを進展させるように取り付けることで,粘膜下に広いワーキングスペースを確保できる.

・十二指腸

十二指腸でのMLTDの基本的な使用方法は,食道や大腸と同様である.経験症例数は少ないが,球部と下行部の表在型非乳頭部腫瘍に対するESDでは有効に機能した.特に球部前壁の大型病変では,アンカークリップを胃側にかけることで,終始良好なトラクション効果が得られ,剝離終了後の検体回収も切除検体が胃側に繋ぎ止められているため,容易に回収できた(Figure 9).

Figure 9 

十二指腸におけるMLTDを用いたESD.

十二指腸球部前壁に位置する高度異型腺腫(肉眼型 0-Ⅱa,病変径 35×30mm).病変口側と胃前庭部後壁側に,幽門輪を跨いでMLTDを取り付けることで剝離が容易となる.

Ⅴ 当科における使用成績

ここで,東京慈恵会医科大学附属病院における2020年7月から2021年9月までの使用成績を報告する(Table 1).

Table 1 

当院におけるMLTD使用下でのESDの使用成績.

計198症例において使用され,臓器別のMLTD使用割合は,大腸が82.1%(119/145)と最も高く,以下,食道34.5%(38/109),十二指腸33.3%(3/9),胃26.6%(38/143)であった.術者の熟練度別に見ると,トレーニング中の医師が施行した症例の52.3%,エキスパートが施行した症例の47.4%でMLTDが使用されており,初学者からエキスパートまで広くMLTDの有効性が認識された結果と考えている.

食道,胃では全症例で一括切除が得られ,食道では92.1%,胃では97.4%のR0切除率であった.術中穿孔や治療に影響を与える出血は見られなかった.

十二指腸は上記に提示した1症例を含めた3症例で使用したが,いずれもMLTDは有効で,10 mm大のNETでも有効な牽引を得られた.3症例とも完全切除で,十二指腸ESDでも視認性を向上させながら安全な処置が可能であった.

大腸では,2例の微小穿孔(保存的に軽快)が見られたが,93.3%でR0切除が得られた.一括切除が得られなかった症例は,粘膜下層高度浸潤例に対する拡大適応症例のみであった.また,すべての症例で病変切除後に鉗子を用いてMLTDを病変ごと回収することができた.

Ⅵ おわりに

トラクション法は,その有用性が広く認識されESDにおける不可欠な技術要素となっているが,その牽引方法や取り付け部位,使用デバイスの選択に迷うこともあり,使い慣れた術者でないと効果的な組織牽引が得られないことが多い.しかし,MLTDは適応臓器を選ばず,誰でも簡単に任意の方向・強さに組織牽引を行うことができる.トラクションデバイス補助下のESDの普及によって,本邦においては,治療成績の底上げが,さらには,海外でのESDの普及に寄与することが期待される.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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