2023 年 65 巻 5 号 p. 442-447
症例は88歳男性.若年期に完全内臓逆位を指摘されていた.上部消化管内視鏡検査で胃前庭部小彎後壁に20mm大の0-Ⅱc型早期胃癌を疑う病変を認めた.左側臥位では病変の存在する前庭部の伸展が不良であったため,右側臥位で再度内視鏡検査を行った.右側臥位では左側臥位と比べ前庭部の伸展は保たれていた.しかし,右側臥位では通常と異なる術者姿勢と周辺機器配置を要し,ESDにおける繊細な内視鏡操作は困難であることが想定され,実際のESDは左側臥位にて行った.左側臥位におけるESDでは合併症なく一括切除可能であった.完全内臓逆位における早期胃癌に対しESDを行う際,左側および右側の側臥位における術前シミュレーションは有用であると考えられた.
The patient was an 88-year-old man who had been diagnosed with complete situs inversus when he was young. Upper gastrointestinal endoscopy revealed a large 20 mm lesion suggestive of 0-Ⅱc type early-stage gastric cancer in the posterior wall of the lesser curvature of the stomachʼs antrum. Since the extension of the antrum where the lesion was found was poor when the patient was placed in the left lateral recumbent position, endoscopy was reperformed with the patient in the right lateral recumbent position. In this position, the extension of the antrum was maintained in comparison with the left lateral recumbent position. However, when patients are placed in the right lateral recumbent position, the surgeon is required to acquire a different position as well as a different arrangement of surgical instruments. Hence, performing ESD, which requires delicate endoscopic manipulation, may be challenging in such an unsuitable setting. Thus, ESD was performed with the patient in the left lateral recumbent position. No complications occurred during ESD, and an en-bloc resection of the lesion was feasible in this patient positioning. This study suggests that determining the left or right lateral recumbent position through preoperative simulation is useful when ESD is performed on patients with early-stage gastric cancer and complete situs inversus.
完全内臓逆位症は胸腹部すべての内臓が左右逆転し,矢状面に対して鏡面的位置関係にある先天性異常とされる.頻度としては4,000~8,000人に1人の割合で認められ 1),比較的稀である.本疾患が悪性腫瘍などを併存した場合,外科的手技や内視鏡処置が解剖学的制約により困難となることも多い.今回,完全内臓逆位における早期胃癌に内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)を施行した1例を経験したので,術前精査内視鏡検査の有用性および処置時体位の判断について文献的考察を含め報告する.
症例:88歳,男性.
主訴:心窩部痛.
既往歴:若年期より完全内臓逆位を指摘されていた.カルタゲナー症候群,副鼻腔炎,気管拡張症の既往は認めなかった.
家族歴:特記すべきことなし.
現病歴:X年1月心窩部痛が出現したため近医受診.2月当院に上部消化管内視鏡目的に紹介された.
上部消化管内視鏡検査:心窩部痛検査目的の内視鏡検査は通常通りの左側臥位にて行った.完全内臓逆位の情報が施行医に伝わっていなかったが,通常の胃と異なり,幽門輪が内視鏡画面上左側寄りに存在したため,この時点で内臓逆位と気づくことができた.前庭部には胃液の貯留があり,幽門前部に近い前庭部は送気による壁伸展が不良であった(Figure 1-a).胃角部に近い前庭部小彎後壁に20mm大,境界明瞭で短軸方向に拡がる,悪性を疑う浅い陥凹性病変を認めた(Figure 1-b).生検結果はGroup4であった.

上部消化管内視鏡像(初回).
a:初回,左側臥位での観察,幽門前部に近い前庭部の伸展は不良であった.
b:初回の病変部観察.前庭部小彎後壁に20mm大の0-Ⅱc病変を認めた(矢印).
このため再検目的の精査内視鏡は完全内臓逆位における早期胃癌に対するESDを行うことを想定し,よりよい視野確保が可能か,および操作性の確認を含めて,始めから右側臥位にて体位をとり,施行医・介助者・機器の配置をすべて通常とは逆に配置して行った.
前庭部小彎後壁の病変観察の視野確保に関しては,左側臥位と比較し,幽門前庭部の拡張は良好であり,視野確保も保たれたため,十分な観察が可能であった(Figure 2-a).病変部分は送気にて伸展良好で陥凹部分に結節隆起などは認めなかった(Figure 2-b).今回の生検結果はGroup5(tub1)であったため,前庭部小彎後壁にある20mm大の0-Ⅱc型で深達度T1aの早期胃癌と診断した.以上の所見より,病変はESDの適応病変と判断した.なお背景粘膜は萎縮性胃炎O-Ⅲ型で,ヘリコバクター・ピロリ感染は迅速ウレアーゼ試験にて陰性であった.

上部消化管内視鏡像(精査時).
a:術前精査,右側臥位での観察.幽門前部の伸展は良好であった.
b:術前精査,右側臥位での病変部観察.病変をしっかりと視認できた(矢印).
一方,右側臥位での内視鏡の操作性に関しては問題点が認められた.食道へのスコープ挿入は,右梨状窩から右手を背屈しながらスコープを進めるという手技になり,通常のスコープ操作と異なり,右手の生理的な屈曲でなく背屈の操作が必要となった.さらに,左手操作部が光源装置と繋がるユニバーサルコードにより牽引され,左手の操作が制限された.以上の理由でESDにおける繊細なスコープ操作は右側臥位では困難と判断した.
血液生化学検査:腫瘍マーカー含め,異常を認めなかった.
胸部腹部造影CT検査所見:完全内臓逆位を認めた.リンパ節転移や遠隔転移は認めなかった(Figure 3).

腹部CT画像.
完全内臓逆位の像を認める.他臓器転移やリンパ節転移を疑わせる所見は認めなかった.
ESD:体位は精査内視鏡検査時に右側臥位で行った際に問題点が認められたため,左側臥位にて行った.オーバーチューブは使用しなかった.CO2送気にて行った.鎮静はFlunitrazepamとMeperidineを使用した.スコープはGIF-Q260J(Olympus)を使用し,先端アタッチメントを装着した.処置具に関しては粘膜切開,粘膜下層剝離にはFlushKnife BT-S 2.0mm(Fuji Film)とIT knife 2(Olympus),止血にはRadial JawTM 4 Hot Biopsy Forceps(Boston Scientific)を使用した.局注液はアドレナリンを混注したグリセリンを粘膜下層へ少量注入した上で,ヒアルロン酸を注入した.
病変の境界は明瞭で周囲マーキングは通常通りの手技で行うことができた.病変肛門側が幽門に近く,同部位を送気により粘膜の伸展を長時間保つことが困難であり,また,同部位が水分・血液により水没する可能性もあったため,粘膜切開は肛門側より始め(Figure 4-a),大彎後壁側から口側へと切開し(Figure 4-b),小彎前壁側は一部残した.その後,粘膜下層剝離を大彎後壁側より始め,半分剝離した後,残していた小彎前壁側の粘膜を切開し全周切開とした.そして,小彎前壁側の粘膜下層剝離を行い一括切除した.内視鏡の操作手技に困難な状況はなかった.出血も少量で,合併症なく一括切除可能であった.手術時間は60分であった.

ESD時の内視鏡像.
a:粘膜伸展の不良,水没の可能性を考慮し,肛門側より粘膜切開を行った(矢印).
b:大彎後壁から口側へ粘膜切開を行った(矢印).
切除標本病理所見:L,Less,10×23mm,Type 0-Ⅱa+Ⅱc,tub1,pT1a(M),UL0,HM0,VM0,Ly0,V0内視鏡的根治度Aであった.
術後は問題なく経過したが,退院後の入居施設の決定に時間を要したため,9日後の退院となった.術後4カ月目の内視鏡検査でS1 stage相当に治癒しており,再発は認めていない.
完全内臓逆位症では,悪性疾患の合併が報告されている.なかでも消化器疾患が半数以上を占めており,特に胃癌症例が最も多く報告されている 2),3).
このため,逆位胃癌に対しても内視鏡治療の報告も最近みられるようになった.それらの報告で問題点として挙げられている点は,内視鏡施行時における逆位胃特有の解剖学的制約である.
つまり逆位胃において通常の左側臥位にて観察を行った場合に前庭部の特に大彎側は伸展不良のため視野不良となる.また,水分の流れは,食道胃接合部から体上部小彎と前庭部に水分が貯留しやすく,同部位は視野不良となる.このような特徴はESDを行う際においても同様に問題となると考えられる.
自験例でも初回の内視鏡観察は左側臥位で行い,前庭部小彎後壁にある病変部の視野確保はできたが,前庭部の視野不良による観察不足という問題があった.このため精査内視鏡観察は右側臥位で行うこととした.これは前庭部の視野不良が改善するかどうか確認する目的と,ESDを行う際,右側臥位で行って手技的に支障がないか,をシミュレーションする目的である.
右側臥位での精査内視鏡観察では前庭部の進展は良好となり,胃全体の観察を十分に行うことができた.しかし,スコープ挿入時に右手を背屈せねばならず,また,左手操作部が光源装置と繋がるユニバーサルコードに牽引されるという操作性の問題が残った.
このため,ESDを行う際にはスコープの操作性を重視し,また,後壁病変部の視野も確保できる左側臥位でESDを行うことを選択した.病変観察も操作性も通常のESDと同等であり,合併症なく処置することができた.
今回,医学中央雑誌にて「完全内臓逆位症」「胃癌」「ESD」をキーワードとして,会議録を除いて1955年から2020年で検索した結果,本例が6例目,8病変目であった(Table 1) 4)~8).

完全内臓逆位を伴う早期胃癌に対しESDを行った報告例.
ESD治療手技について報告されていた5例と自験例を含めて検討した.
内視鏡施行体位は,6症例中4例は右側臥位,2例は左側臥位であった.
次に体位と病変の部位について関連性の有無を検討した.
右側臥位でESDが行われた症例4症例中6病変の部位の内訳は体部2病変(小彎2),前庭部4病変(小彎1,前壁1,大彎2)であった(Figure 5図の×印).この右側臥位でESDが行われた6病変の病変部位は,すべて前庭部および体部の後壁以外であった.

完全内臓逆位を伴う早期胃癌に対しESDを行った症例の体位および病変部位のシェーマ.
左側臥位でESDを行った症例は後壁側のみであった.
一方,左側臥位でESDが行われた2症例中2病変の部位の内訳は体上部1病変(小彎後壁1),前庭部1病変(小彎後壁1)であり(Figure 5図の〇印),左側臥位でESDが行われた2病変は後壁病変であった.
これらのことから,完全内臓逆位症においてESDを行う際,前庭部および体部の後壁以外の病変に対しては右側臥位が有用であり,後壁病変に対しては左側臥位でも十分対応が可能であると考えられた.
症例数が少ないため,さらに詳細な報告が集計されるとより正確な判断は行えると考えられる.
以上の検討により,完全内臓逆位症における胃のESDを行う際には,病変の部位によって左右どちらの側臥位が,観察しやすいか,操作しやすいかのシミュレーションを術前に行うことは有用と考えられた.
完全内臓逆位症における早期胃癌に対しESDを施行した1例を経験したので,文献的考察を含め報告した.
完全内臓逆位における早期胃癌に対しESDを行う際,病変の位置によって左右どちらの側臥位で行う方が,より視野が良くなるのか,手技が行いやすいのか,を判断するために,左側および右側の側臥位における術前シミュレーションを行うことは有用であると考えられた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし