2023 年 65 巻 6 号 p. 1142-1143
患者:89歳,女性.
主訴:発熱.
既往歴:特記事項なし.
現病歴:発熱,食思不振を主訴に当院を受診した.血液検査で炎症高値,CT検査で肝膿瘍を認め入院となった.抗生剤による加療を行い炎症は徐々に改善した.CT検査では上行結腸に腫瘤を認めていたため大腸内視鏡検査を施行する方針とした.また,巨大な食道裂孔ヘルニアがあり,胃の大部分と腸の一部が胸腔内に脱出していた(Figure 1-a,b).内視鏡挿入時の困難や危険性が予測されたため,あらかじめX線透視室で内視鏡検査を施行した.大腸内視鏡の挿入は非常に難しかったため,X線透視で確認すると内視鏡を挿入した横行結腸が胸腔内に嵌入していた(Figure 2-a).食道裂孔ヘルニア内に大腸内視鏡が入り込んだと考えられた.腸管内をなるべく脱気し,患者を仰臥位から右側臥位にすることにより,内視鏡を腹腔内に戻し深部挿入することが可能となった(Figure 2-b).内視鏡検査の経過中に患者の胸痛や腹痛はなく,バイタルサインの変化も認めなかった.上行結腸には20mm大の早期大腸癌があり内視鏡的粘膜切除術をした.本例は高齢で無症状のため,食道裂孔ヘルニアについては手術せず経過観察となった.
造影CT.
a:冠状断像.
b:横断像.
大きな横隔膜ヘルニアがあり,噴門部を含めた胃の大部分と腸の一部が胸腔内に脱出していた.
大腸内視鏡検査時のX線透視画像.
a:内視鏡を挿入した横行結腸が胸腔内に嵌入していた.
b:腸管内を脱気して患者を仰臥位から右側臥位にすることにより,内視鏡を腹腔内に戻すことが可能となった.
本例の横隔膜ヘルニアの鑑別診断について下記に述べる.横隔膜ヘルニアは先天性と後天性に分けられる.先天性は,裂孔の部位により,食道裂孔ヘルニア,Bochdalek孔(胸腹膜)ヘルニア,Morgagni孔(右胸骨後)ヘルニア,Larrey孔(左胸骨後)ヘルニアに分類される.後天性の多くは交通事故などによる外傷性である 1).本例は噴門部を含めた胃の大半が脱出していることと,裂孔の部位から,巨大な食道裂孔ヘルニアであると考えられた.成人Bochdalek孔ヘルニアにおいても胃や腸管が脱出することがあるものの,胃噴門部は食道裂孔直下の腹腔内に位置し主に胃体部が脱出すると考えられるため,本例では否定的であった.亀背のある高齢者では腹腔内圧が上がりやすく,同様の巨大な食道裂孔ヘルニアを認めることがあるため注意を要する.また,交通外傷の既往がある患者では,内視鏡挿入時の送気や圧力により,脆弱となった横隔膜欠損孔を通過して大腸が胸腔内に逸脱した報告もある 2).本例では外傷歴や腹部手術歴はなかった.
報告例の多くは,胸腔内に迷入し送気により拡張した腸管の嵌頓や肺の圧迫に伴う重篤な症状であり,内視鏡検査後のX線,CT検査画像の報告が多い 3),4).本例のように内視鏡挿入時のX線透視で胸腔内に嵌入している状態を捉えた画像は貴重と考えられる.本例のように内視鏡の挿入困難のみで合併症を来さなかった症例もあると推測される.横行結腸での挿入難渋例については,稀ではあるが胸腔内への嵌入も考慮してX線透視下での検査に移行することが望ましい.また,重篤な偶発症予防のためにはCO2送気が良いと考えられる.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし