2024 年 66 巻 1 号 p. 89-98
【背景・目的】ESDの多くはクリニカルパスを用いた入院スケジュールで行われているが,実態調査に関する報告は少ない.大腸ESDを行っている主要専門施設でのスケジュール内容の現状を把握する.
【方法】大腸ESD長期予後研究(CREATE-J)の副次研究として,入院スケジュールについてのアンケート調査を集計した.
【結果】クリニカルパス導入施設は95%,入院日数中央値5日,入院日翌日の治療が89.5%,食事開始は治療翌々日が57.9%と最多であった.前処置は通常検査時より強化する施設が55%,治療後のレントゲン検査は施行しない施設が60%,血液検査は治療翌日のみが60%であった.偶発症頻度は後出血,遅発性穿孔,腹膜炎がそれぞれ2.2%,0.6%,0.3%,また発症時間中央値はそれぞれ治療2日目,42時間後,16.5時間後であった.
【結論】CREATE-J参加施設におけるクリニカルパスの現状は,安全性を重視する観点から妥当と考えられた.
Background and Aim:ESD is often performed using a clinical pathway schedule in Japan; however, the evidence according to such a pathway was still lacking. Hence, the purpose of this study was to investigate the current status of clinical pathways in specialized facilities that perform numerous ESDs of the colon.
Methods:A questionnaire survey was conducted on common points and adverse events related to ESD in 20 facilities participating in a long-term follow-up study of colon ESD (the Colorectal ESD Activation Team of Japan, CREATE-J).
Results:The median length of hospital stay was 5 days, and in 89.5% of the facilities, ESD was performed on the day after hospitalization, with patients being allowed to start eating on the second day after ESD in 57.9% of the facilities. Fifty-five percent of the facilities strengthened the pretreatment, 60% did not perform a post-treatment radiographic examination, and 60% performed blood tests only on the day after treatment. The frequency of adverse events was as follows: delayed bleeding, 2.2%; delayed perforation, 0.6%; and peritonitis, 0.3%. The corresponding median times to onset of these adverse events were the second day of treatment, 42 h after treatment, and 16.5 h after treatment.
Conclusion:The clinical pathways for ESD in the CREATE-J participating facilities were appropriately designed in terms of hospital stay duration to prioritize patient safety.
本邦において2012年に大腸内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)の保険収載が認められ,治療スケジュールは,多くの施設で入院治療用のクリニカルパスが独自に作成され,早期大腸癌の治療に適用されている.大腸ESDが安全に行われるために,多くの大腸腫瘍の治療経験を有する専門施設では,内視鏡的粘膜切除術(EMR)の経験からリスクマネージメントを考慮した上で,EMRクリニカルパスを応用したESDクリニカルパスが作成され,適時改訂が加えられている.クリニカルパスの主な目的は(1)入院期間の短縮,(2)患者転帰の改善,(3)医療スタッフ間の緊密な協力体制の構築である 1).大腸ESDにおいてもクリニカルパスを適用することで,内服薬あるいは水分,食事の経口摂取を開始するタイミングを正当化し,統一化することができるようになる.また,偶発症の発生率や頻度を把握し,クリニカルパスを適宜評価・修正することで効率的な内視鏡治療後の管理および施設間差の低減も期待できる.クリニカルパスの詳細は,各施設の診療体制や地域背景(交通事情や地域内医療施設数など)によって相違が予想されるが,国民皆保険制度の本邦においては,基本的には安全性を重視した入院日数や治療後の検査,食事開始時期が考慮されていると考えられる.しかし,専門施設で遂行されているクリニカルパスについて,現状を比較検討された報告は少ない.今回,『大腸ESD長期予後研究;Colorectal ESD Activation Team of Japan(CREATE-J)』(研究代表者:斎藤豊)へ参加した20施設で使用されている大腸ESDの入院スケジュールについてアンケート調査を行い,共通点および相違点を検討した.また,CREATE-Jにエントリーされた対象例の初回ESD後の出血日数,遅発性穿孔の発症時期や発見契機,ESD追跡中に起こった有害事象などの集計結果を参考にし,現行のクリニカルパスの妥当性を検討する.
日本消化器内視鏡学会の指導施設を中心とした研究グループCREATE-Jへ参加した20施設で使用されている大腸ESDの入院治療スケジュールについてアンケート調査結果を集計した.依頼施設の内訳は,大学病院6施設・がんセンターなどのがん専門病院8施設・一般市中病院6施設であった.2013年2月から2015年1月にかけて該当施設で大腸ESDが施行された全患者を対象とし,集計方法については2022年8月にEメールにて依頼し,全20施設から回答が得られた.アンケートの内容はFigure 1,2,3のごとく,クリニカルパスの内容;入院日数,治療日,食事開始の時期について,前処置の方法について,血液検査および単純レントゲン施行の有無と時期について,抗生剤使用についてと,治療後偶発症症例;偶発症発症時の治療後経過時間,発見契機,診断検査についてとし,アンケート調査結果を集計した.さらに,各施設のクリニカルパスで設定された入院日数におけるバリアンス分析を行った.クリニカルパス内容の検討においては,クリニカルパス未導入施設は除外した.当院のクリニカルパスのフローをFigure 4に示す.
大腸内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)における入院治療スケジュールのアンケート調査.
大腸ESDにおける入院治療スケジュールのアンケート調査結果.
偶発症症例におけるアンケート調査結果.
がん研有明病院における大腸粘膜下層剝離術クリニカルパス.
後出血は,ESD後4週間以内に緊急内視鏡を要した症例とした.遅発性穿孔は,ESD終了後の穿孔とした.本調査での腹膜炎は,穿孔を伴わない限局性の腹痛と発熱(37.6℃以上)または炎症反応(白血球増加[1万個/μL以上]またはCRP値上昇[5mg/dL以上])と定義した.
入院スケジュールの集計結果についてFigure 1に示す.全20施設のうち,クリニカルパスを遂行している施設は19施設(95%)であった.入院日数の中央値(範囲)は5(2-9)日,治療日は入院日から2日目が17施設(89.5%)と最多であった.食事開始時期は治療翌々日が11施設(57.9%)と最多で,翌日が7施設(36.8%),当日夕が1施設(5.3%)であった.
クリニカルパスにおける入院期間についてのバリアンス分析は,パス通りの退院が67.8%,正のバリアンスが6.2%,負のバリアンスが25.9%であった.また,負のバリアンスのうち,偶発症によるバリアンス発生の割合は10.4%であった.
治療スケジュールの集計結果をFigure 2に示す.前処置方法については,通常の大腸内視鏡検査と同じ処方が9施設(47.4%)と最多で,必要な症例のみ,通常より前処置方法を強化している施設が5施設(26.3%)であった.全例で通常より強化したESD用の処方は4施設(21.1%)であった.治療後胸腹部レントゲン検査に関しては,基本的に施行しない施設が12施設(63.2%)と最多であった.血液検査(血算・生化)については,治療翌日1回のみが11施設(57.9%)と最多であった.抗生剤使用については,基本的に投与しない施設が12施設(63.2%)と,抗生剤を術直後より使用する施設(7施設,36.8%)より多い結果であった.
大腸ESD後の偶発症について大腸ESD後の追跡中に起こった有害事象(偶発症を含む)をFigure 3に示す.
① 後出血
全1,965例中,43例(2.2%)に治療後出血が認められた.治療後日数の中央値(範囲)は2(0-15)日であった.
② 遅発性穿孔
12/1,965例(0.6%)に遅発性穿孔が認められた.遅発性穿孔と診断された治療後経過時間の中央値(範囲)は36(18-78)時間であった.発見契機は腹痛が最も多く(8例),発熱,血液検査,レントゲンがそれぞれ5,1,1例であった.遅発性穿孔の確定診断は全例CT検査でなされた.
③ 腹膜炎
6例(0.3%)に腹膜炎が認められた.腹膜炎と診断された治療後経過時間の中央値(範囲)は16.5(13-30)時間であった.発見契機は発熱が最も多く(4例),腹痛,血液検査,レントゲン検査がそれぞれ3,1,0例であった.腹膜炎の確定診断は全例臨床症状でなされた.
④ 深部静脈血栓症
1例に深部静脈血栓症が認められた.深部静脈血栓症と診断された治療後経過時間は69時間後,下肢の疼痛を契機に発見されCT検査で確定診断がなされた.
⑤ 脳梗塞
1例に脳梗塞が認められた.脳梗塞と診断された治療後経過時間は91時間後,左上下肢脱力の症状を契機に発見された.抗血栓薬の服用歴がある症例であった.
本邦では2012年4月より大腸ESDが保険適用となった.大腸ESDは以前と比べ手技が標準化され,より安定した結果が得られるようになったため,多施設共同大規模前向きコホート試験が実施され,高い治癒切除率,手技時間の短縮,低い偶発症発症リスク,良好な長期成績が報告された 2),3).一方で,先行研究では大腸ESD後の入院の必要性について評価することができなかった.本研究は,多くの大腸腫瘍の治療経験を有する専門施設におけるクリニカルパスを比較検討した後ろ向きのアンケート調査であるが,今後の本邦におけるクリニカルパスを含めた医療体制の見直しに役立つと考えられる.
わが国の診断群別日額定額払い方式DPC/PDPS(Diagnosis Procedure Combination / Per-Diem Payment System)は病院入院医療の中心的な支払い制度であり,DPC対象病院は2022年3月現在で全国の64.8%を占めている.DPCによる包括払い方式は,1日当たりの定額払い方式になっているため,本来退院できるはずの患者の入院が合併症などで長引くと,1日当たりの包括償還価格が減少する.よって,入院患者の需要に見合った最短での病床活用の見直しをするために,クリニカルパスでの業務の標準化が有効と考えられる.
本研究のアンケート調査によると,大腸ESDにおいてクリニカルパスを採用している19施設の大腸ESDにおける入院日数の中央値(範囲)は5(2-9)日,また食事開始は全施設で治療後2日以内であった.Tomikiら 4)は,大腸ESDを受けた382人の患者を含む大規模な研究において,大腸ESD実施3日後に退院とするためのクリニカルパスを検討した結果,ESD中の合併症や術後早期の出血がなければ,入院期間を術後3日程度に短縮することは安全であると報告した.本研究におけるクリニカルパスの入院期間についてのバリアンス分析においては,偶発症の頻度は多くないものの,負のバリアンス発生が25.9%と比較的多かった.クリニカルパス通りの入院期間であった割合は施設間によってかなりばらつきがあり,患者の背景因子を重視するなどのクリニカルパスの運用方法に相違があった可能性が示唆される.本邦のDPC/PDPSにおいては,早期結腸癌と早期直腸癌でわずかな診療点数の相違はあるものの,いずれもESDにおける入院期間Ⅰ(最も診療点数が高い期間)が1日目から3日目,入院期間Ⅱが4日目から6日目,入院期間Ⅲ(最も診療点数が低い期間)が7日目から30日目に設定されている.本研究のアンケート調査では,クリニカルパスの入院期間の中央値は5日間であるが,診療点数の面からも5日前後の入院期間は合理的であるといえ,4日間の入院が最も効率的であるとの報告もある 5).入院期間が短くなれば,診療報酬点数も下がり,患者の経済的・時間的負担も軽減される.
本研究では,大腸ESD時の前処置方法については,必要な症例のみの施設も含めると,前処置を強化している施設が多く(55%),それに伴いクリニカルパスにおける入院日を治療前日に設定している病院がほとんどであった(89.5%).これは通常の大腸内視鏡検査に比べ,より厳密な腸管洗浄を行い,ESD時の良好な視野を確保するためと,万が一穿孔が生じた場合に便汁の漏出によるびまん性腹膜炎を防ぐためである 6).1日当たりの包括評価であるDPC/PDPSを用いている本邦では,これらの理由による治療前日からの入院をクリニカルパスの中に含めている施設が多い.一方,アメリカやイギリスの報告では,大腸ESDの前処置において入院と外来での準備に差はないと報告されている 7).1入院当たり包括支払い方式DRG/PPS(Diagnosis Related Group/Prospective Payment System)が主流である欧米では,日本よりも短い入院期間でのESD 6)~8),あるいはESD後の広範な潰瘍を閉鎖する日帰り手術も試みられており 9),日帰り手術としての有効性・費用対効果の優位性が報告されている 10).
日帰り手術の安全性を検討した既報 11)においては,日帰り手術としての大腸ESDが施行された156症例のうち,後出血あるいは腹部症状にて後日診察を要した患者は8例(5.1%)であり,いずれも重篤な経過はたどらず,大腸ESDは日帰り手術で安全に実施することが可能であると報告している.本邦の多施設共同大規模前向きコホート試験における術後偶発症は3.9%であった.そのうち後出血,遅発性穿孔,腹膜炎の頻度はそれぞれ2.2%,0.6%,0.3%であり,大腸ESD後出血の頻度は胃ESDの既報 12)(4.7-5.0%)と比して低い傾向にあった.また,本アンケート調査において,後出血,遅発性穿孔,腹膜炎の治療後経過時間の中央値はそれぞれ2日目,36時間後,16.5時間後でありこれらの偶発症は入院中に発見される必要がある.遅発性穿孔は対応が遅れると重篤化しうる.本研究の遅発性穿孔12例のうち,外れ値である70時間以上経過後に診断された症例は2症例あったが,いずれも入院中に対応可能であった.また,2つの症例はいずれも肝彎曲に位置し,粘膜下層浅層までの浸潤という共通点が認められた.一方,後出血の治療後経過時間の範囲は0-15日目と幅広く長時間経過してからの症例も散見されるため,患者には合併症(特に術後出血)の症状が出た場合の適切な対応について,ESD前に指導しておく必要がある.頻度としては稀だが,深部静脈血栓症,脳梗塞といった偶発症としての血栓性疾患はそれぞれ治療後69時間,91時間と比較的長時間経過してからの発症であった.内視鏡センターから離れた場所に住んでいる患者には,近くのホテルに宿泊するように勧める必要があるかもしれない.さらに,クリニカルパスのリスクを層別化するために,術中所見,抗血栓薬内服の有無,あるいは病変部位をパラメータとして追加することで安全性が高まると思われる.本研究で示された偶発症の治療後経過時間の検討からは,5日前後の入院期間は安全性が担保される可能性が高い.一方で,大腸ESDの低い偶発症頻度とDPC/PDPSを鑑みると,今後入院日数の短縮や日帰り手術について需要に応じた選択の可能性も期待される.その際には,蓄積されたリスクマネージメントの情報共有が必須である.
大腸ESD後のレントゲン検査については,基本的に施行しない施設が60%と最多であった.治療直後,あるいは翌日のレントゲン検査を施行する施設においては,術中穿孔あるいは食事開始前における無症状の遅発性穿孔の除外目的に施行されていると推察される.一方で,レントゲン検査を施行しない根拠としては,腹膜炎や穿孔が疑われる場合,臨床症状と白血球数やCRP値などの血液検査で十分に診断がつくためであると考えられる.また,血液検査については治療翌日のみ1回の施設が60%と最多であった.これは,血液検査により大腸ESDに伴う偶発症発症の予兆を確認する施設が多いことが示唆された.本アンケート調査の偶発症の集計結果からは,遅発性穿孔・腹膜炎は,腹痛・発熱などの臨床症状が発見となるケースが圧倒的に多く,遅発性穿孔において,血液検査のみ,あるいはレントゲン検査のみが診断契機となった症例はそれぞれ1例(8.3%)ずつのみであった.同様に腹膜炎においては,血液検査のみ,レントゲン検査のみが診断契機となった症例はいずれも存在しなかった.
抗生剤使用については,投与しない施設の方が多い結果であった.消化器外科領域では,抗生剤の予防投与が創部感染予防に有用であるとのエビデンスがあり,手術直前に広域抗生剤を使用することが一般的である 13).大腸内視鏡の分野における抗生剤使用については,Ishikawaら 14)が,大腸内視鏡治療では細菌感染症が発生する可能性があり,術前の予防的抗生剤投与にて術後の炎症反応が抑制されることを報告したが,この報告はスネアポリペクトミーとホットバイオプシーに関するものであった.大腸ESDにおける周術期抗生剤の使用は,post-ESD coagulation syndrome(PECS)の発症を減少させる効果はなかったとの報告 15)もあり,抗生剤投与については現状では決まったガイドラインはない.
今回のアンケート調査によって,全国規模で大腸ESDにおけるクリニカルパスの現状を把握することができた.1入院当たり包括支払い方式(DRG/PPS)を採用している欧米は短期入院あるいは日帰り手術が主流である一方,本邦では治療日前日から計5日前後の入院期間を設定している施設が多い.これは,本邦のDPC/PDPSの支払い制度や偶発症症例のアンケート調査結果における安全性の観点から,概ね妥当な設定日数であるが,今後適宜評価・修正を検討する余地があると考えられた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:浦岡俊夫(武田薬品工業株式会社,オリンパス株式会社),竹内洋司(オリンパス株式会社),斎藤彰一(オリンパスメディカルシステムズ株式会社)