2024 年 66 巻 4 号 p. 403-410
症例は72歳男性.ダビガトラン内服開始1年後に心窩部痛,胸やけを自覚した.上部消化管内視鏡検査で,中部,下部食道に白色の膜様付着物を伴う剝離性食道炎を認め,ダビガトラン起因性食道炎(dabigatran-induced esophagitis:DIE)と診断した.ダビガトランを中止し2カ月後には,食道炎は改善していたが下部食道に2/3周性の進行食道癌を認め,食道癌によるダビガトランの停留を契機にDIEが発症したと考えられた.DIEと食道癌の合併例は少なく,DIEの発生機序を理解する上で貴重であると考え,文献的考察を加えて報告する.DIEを認めた場合には食道癌など停留をきたす所見に注意して内視鏡の再検査を行うことが重要である.
A 72-year-old male complained of epigastric pain and heartburn one year after beginning to use dabigatran. Upper gastrointestinal endoscopy revealed exfoliative esophagitis with white membrane-like deposits in the middle and lower esophagus. We diagnosed the patient with dabigatran-induced esophagitis (DIE). Two months after discontinuation of dabigatran, upper gastrointestinal endoscopy revealed that the esophagitis had resolved, revealing advanced esophageal cancer of three-quarter circumference in the lower esophagus. This observation suggests that DIE was induced by dabigatran retention due to esophageal cancer.
Few case reports associate DIE with esophageal cancer. We thus consider this case to provide a valuable insight into the mechanism of DIE, and report it here along with a literature review. In case of DIE, it is important to perform endoscopic examination with attention to esophageal cancer and other findings that may cause obstruction.
ダビガトラン(プラザキサⓇ)は新規経口抗凝固薬の一種であり,本邦でも2011年3月から非弁膜症性心房細動に保険適応となっている.ダビガトラン起因性食道炎(dabigatran-induced esophagitis:DIE)はOkadaら 1)によって2012年に初めて報告され,その機序は酸性(pH 2.4)の酒石酸を含むダビガトランカプセルが食道壁に付着するためと推測されている 2).DIEの報告はダビガトラン内服患者の増加に伴って近年増加している.今回,われわれはDIEを契機に食道癌を診断しえた1例を経験した.食道癌を併発したDIEの報告は少なく,DIEを誘発する機序を理解する上で貴重な症例と考え,文献学的考察を含めて報告する.
症例:72歳男性.
主訴:心窩部痛,胸やけ.
既往歴:心房細動,高血圧,脂質異常症,大腸癌(52歳時に手術).
内服薬:ダビガトラン,ビソプロロールフマル酸,アジルサルタン,アムロジピン,エソメプラゾール,アトルバスタチン.
家族歴:特記すべき事項なし.
生活歴:飲酒歴 ビール1L/日 毎日,喫煙歴 なし.
現病歴:2017年2月から心房細動に対してダビガトラン220mg/日を内服していた.2018年12月頃より心窩部痛,胸やけを自覚するようになった.2019年2月原因精査目的に上部消化管内視鏡検査を施行した.
受診時現症:身長164cm,体重70㎏,BMI 26.0,意識清明,体温36.5℃,血圧147/61mmHg,脈拍63回/分,眼瞼結膜蒼白なし,腹部平坦かつ軟で圧痛なし,腹部に腫瘤を蝕知せず.
臨床検査所見:特記すべき異常所見は認めなかった.腫瘍マーカー(CEA,CA19-9,SCC)の上昇は認めなかった.
初回の上部消化管内視鏡検査所見(2019年2月):食道切歯24cmから食道胃接合部まで白色の膜様物質を伴う剝離性食道炎を認めた(Figure 1-a,b).下部食道では管腔が軽度狭窄していた(Figure 1-c)が,スコープの通過は可能であった.食道炎のため詳細な観察が困難であり,炎症治癒後に再検査することとし生検は施行しなかった.

初回の上部消化管内視鏡検査(X年2月).
a,b:切歯より24cm(a)~食道胃接合部(b)まで白色の膜様物質を伴う剝離性食道炎を認めた.
c:下部食道では管腔が軽度狭窄をしていた.
臨床経過:上部消化管内視鏡検査所見と内服歴よりDIEと診断した.循環器内科にコンサルトの上,ダビガトランをエドキサバン60mg/日に変更したところ,数日で心窩部痛,胸やけの症状は改善し,その後も再燃なく経過した.2019年4月再度上部消化管内視鏡検査を施行した.
2回目の上部消化管内視鏡検査所見(2019年4月)では剝離性食道炎は治癒していた(Figure 2-a).下部食道切歯39~42cmにびらんを伴う2/3周性の不整な狭窄を認め(Figure 2-b),粘膜面はヨード散布で不染となり(Figure 2-c),Pink color sign陽性であった.同部位から生検を施行した.

2回目の上部消化管内視鏡検査(X年4月).
a:剝離性食道炎は改善していた.
b:下部食道にびらんを伴う亜全周性の不整な狭窄を認めた.
c:同部位はヨード染色で不染となりPink color sign陽性であった.
病理組織学的検査所見では角化や細胞間橋の形成を伴う異型細胞がシート状に増殖していた.核の大小不同,配列の乱れを認め高分化扁平上皮癌と診断した.
胸腹部造影コンピュータ断層撮影(CT)検査所見:下部食道に全周性の壁肥厚を認めた(Figure 3-a).胸部上部食道傍リンパ節(Figure 3-b),胸部気管リンパ節の腫大を認めた.

胸腹部造影CT検査.
a:下部食道に全周性の壁肥厚を認めた(黄色矢印).
b:胸部気管リンパ節(黄色矢印),胸部上部食道傍リンパ節の腫大を認めた.
治療経過:食道癌T2N3M0 cStageⅢと診断し,術前化学療法として5-Fluorouracil(800mg/m2 24時間持続投与,days 1-5,q28days),Cisplatin(80mg/m2/回,1回/日,days 1,q28days)による併用療法を施行した.1コース終了時にCommon Terminology Criteria for Adverse Events:Grade2の腎障害を認めたため,術前化学療法2コース目は行わず,腎障害の改善を待って胸腔鏡下食道亜全摘術を施行した.切除病理所見は下部食道に35×30mm,2/3周性のtype5の不整形腫瘤を認め,病理組織診断結果は高分化型扁平上皮癌であった.腫瘍は食道外膜まで浸潤しており,中等度のリンパ管侵襲と血管侵襲を認めた.切除断端は陰性で8個のリンパ節に扁平上皮癌の転移を認めた.
DIEは,Okadaら 1)によって2012年に初めて報告され,以降報告が増加している.ダビガトランは直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant: DOAC)の一種であり,本邦でも2011年3月から非弁膜症性心房細動に保険適応となっている.DOACはこれまで使用されていたワーファリンと比較し,薬剤代謝酵素や食事内容の影響を受けない,抗凝固作用のモニタリングが不要といった利点があり 3),近年使用頻度は増加している.また日本における心房細動の罹患患者数は増加しており,2020年の罹患患者数は約100万人と推定されている 4).それゆえ今後もDIEの患者が増加することが推察され,その病態や典型的な内視鏡検査所見,臨床的特徴を理解することは重要であると考えられる.
DIEの内視鏡所見としては白色の膜様物質を伴う剝離性食道炎が特徴的として報告されており,特にToyaらはDIE 21症例中20例(95.2%)に白色の膜様物質付着を認めたと報告している 5).ダビガトラン以外の薬剤による薬剤性食道炎については,テトラサイクリン系を中心とした抗菌薬やカリウム製剤,各種非ステロイド性抗炎症薬や低用量アスピリン,鉄剤,ビスホスホネート,一部の抗癌剤などこれまでに100種類以上の薬剤で報告があるが,それぞれの薬剤に特徴的な内視鏡所見は乏しいとされる 6).本症例では,胸部中部から下部食道にかけて白色膜様物質の付着した全周性の剝離性食道炎を認め,上部消化管内視鏡検査施行の10カ月前から心房細動に対してダビガトランが処方されていたことから,DIEと診断した.
PubMedおよび医学中央雑誌で2012年から2023年1月までの期間で“Dabigatran”,“esophagitis”,「ダビガトラン,食道炎」をキーワードとして検索したところ,臨床経過や内視鏡所見が記載されたDIEの症例報告は29編31症例であった.自験例を含めた32症例の内訳をTable 1に示した 1),2),7)~33).32症例中24症例(75%)が本邦からの報告であった.本邦からの報告が多い理由は,症状の精査やスクリーニング目的に積極的に上部消化管内視鏡検査が施行されていることが考えられた.32症例の臨床像をTable 2にまとめて示した.年齢中央値は78(37-90)歳,性別は男性23例,女性9例と男性に多かった.発症時の症状としては胸やけが12例(37.5%)と最も多く,次いで嚥下障害・嚥下困難(8例:25.0%),嚥下痛(7例:21.9%),胸痛・胸部不快感(7例:21.9%)の順に多かった.他には心窩部痛・心窩部不快感を6例(18.8%)で認めた他,貧血を2例,食思不振を1例,吐血を1例で認めた.4例では無症状であった.これら32例の報告はほとんどが患者の消化器症状精査の上部消化管内視鏡検査でDIEと診断しているため,有症状の報告が多いが,Toyaらはダビガトラン内服中で上部消化管内視鏡検査を受けた110例中21例(19.1%)にDIEを認め,そのうち8例(38.1%)が無症状であったと報告した 5).それゆえ無症状のDIE患者も少なくない点には注意を要する必要性がある.またダビガトラン内服患者が消化器症状を訴えた場合には,DIEを念頭におき積極的な上部消化管内視鏡検査の施行が推奨されると考えられた.

DIEの既報告31症例と自験例のまとめ.

DIEの既報告31症例と自験例の臨床像.
ダビガトラン投与開始から発症までの期間は,最短1日から最長8年まで様々な報告があった.15例(46.9%)では投与開始後半年以内で発症している.一方,10例(31.3%)は1年以上経過してから発症しており,ダビガトラン内服中であれば投与開始からの期間に関わらずDIEを発症する可能性があると考えられた.内視鏡所見については白色膜様物付着が27例(84.4%),剝離性食道炎が25例(78.1%)に認められ,DIEの特徴的な内視鏡所見であると考えられた.病変は中部食道(71.9%),下部食道(59.4%)に多く見られた.治療としては23例(71.9%)でダビガトラン内服中止,7例(21.9%)ではダビガトラン内服は継続し,水を多めに内服する,内服後しばらくは座位を保持するといった服薬指導が行われているが,上部消化管内視鏡検査でフォローアップが行われた25症例全例で食道炎は改善しており,予後は良好と考えられる.32症例中1例 7)ではダビガトラン内服開始1日後に黒色嘔吐,意識消失を契機に発症し,壊死性食道炎や循環動態不全をきたして人工呼吸器管理となっているが,胃管挿入・絶食による保存加療で予後は良好であったと報告されている.DIEは基本的には予後良好な疾患と考えられるが,全身の循環動態不全をきたすような重篤な経過を辿る報告もある点には注意が必要である.
自験例ではDIEの改善後の上部消化管内視鏡検査で,下部食道に亜全周性の食道癌を認めた.DIEの機序として,酸性(pH 2.4)の酒石酸を含むダビガトランカプセルが食道壁に付着することによって起こると考えられており 2),34),自験例では下部食道が食道癌によって狭窄したことでダビガトランカプセルが停留し,DIEをきたしたと推察された.今回検討した32症例のうち,食道に非生理的狭窄をきたし薬剤の停留が疑われた症例は32例中5例(15.6%)であった.狭窄の原因として食道癌を合併していた報告は自験例を含め3例 9),30)であり,その他は動脈分岐異常による狭窄が1例 2),左房肥大による狭窄が1例 14)であった.また2例 8),25)では非生理的狭窄は認めなかったが,気管分岐部に一致してDIEの所見を認め,生理的狭窄部である気管分岐部に薬剤が停留した可能性が考えられた.他25例の症例では明らかな狭窄の合併は認めなかったが,岩室らは早期胃癌に対する胃内視鏡的粘膜下層剝離術施行後,ダビガトランを内服再開した7日後の上部消化管内視鏡検査でDIEを認めた症例を報告しており 26),治療後による臥床時間の増加や飲水量低下によりダビガトランが食道に停留しやすかったことが影響したと推測している.DIEの患者には高齢者が多いことから,長期臥床や飲水量低下をきたしやすいと考えられ,他にも高齢者によく見られる食道の蛇行といった薬剤が停留しやすい要因があった可能性も考えられる.ダビガトランの内服を継続し,服薬指導のみでもDIEの改善を認めた症例もあり,特に高齢者においては薬剤を停留させないためにダビガトランは多量の水とともに内服する,内服後にはすぐに臥位にならないといった服薬指導が重要であると考えられる.しかしながらZimmerらの報告 9)では,食道癌による狭窄部よりも肛門側で剝離性食道炎の所見が最も顕著に見られており,薬剤停留以外の食道炎発症の機序についても今後さらなる検討が必要である.
自験例を含め食道癌を合併していた3例すべてで,DIE診断時の上部消化管内視鏡では食道癌の診断に至らず,その後のフォローアップの内視鏡検査で食道癌を診断している.食道炎をきたしている状態では粘膜面の詳細な観察は困難であり,炎症治癒後の内視鏡評価が必要である.DIEの症状改善後にも狭窄の有無や腫瘍性病変の有無を確認するため,積極的な上部消化管内視鏡のフォローアップを行うことが重要だと考えられる.
DIEの診断を契機に食道癌を診断しえた1例を経験した.ダビガトラン内服患者が胸やけや嚥下障害などの症状を訴えた場合には,積極的に上部消化管内視鏡検査を行うことが勧められる.またDIEを認めた場合には薬剤が停留するような何らかの原因を疑う必要があり,DIEの症状改善後にも上部消化管内視鏡検査によるフォローアップを検討すべきである.
謝 辞
東邦大学医療センター大森病院消化器外科鈴木隆先生には本症例の外科手術を担当して頂き,また論文作成にあたってはその考察作成に関して非常に有益な助言を頂き深く御礼申し上げます.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし