日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
免疫染色によって術前診断しえた卵巣癌同時性大腸転移の1例
小林 陽介 廣 純一郎田島 陽介服部 豊稲熊 岳升森 宏次花井 恒一山田 勢至須田 康一
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2024 年 66 巻 4 号 p. 411-416

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要旨

47歳女性,血便精査の大腸内視鏡検査でS状結腸に粘膜下腫瘤(submucosal tumor:SMT)様隆起に連なる潰瘍病変を認め,HE染色で低分化腺癌と診断された.画像上,S状結腸以外にも骨盤内に多数腫瘤を認め,腫瘍マーカーはCA125が高値であった.免疫染色でCK7(+),CK20(-),Pax-8(+)と判明し,婦人科癌の転移と診断した.審査腹腔鏡を行い,卵巣に異常を伴わない腹膜播種の所見であったため,腹膜癌(高異型度漿液性腺癌)と診断した.化学療法3コース後にdebulking surgeryを実施したところ,卵巣に同様の腺癌を認め,卵巣癌の診断に至った.骨盤内腫瘤を伴う大腸腫瘍では免疫染色を考慮することが有用である.

Abstract

While undergoing colonoscopy for hematochezia, a 47-year-old female was found to have an ulcerous lesion associated with a submucosal tumor (SMT), in the sigmoid colon. It was diagnosed as a poorly differentiated adenocarcinoma by H&E staining. CT and MRI showed intrapelvic tumors, in addition to the sigmoid colon tumor. The tumor marker CA 125 was high. The sigmoid colon tumor was CK7(+), CK20(-), and Pax-8(+) by immunostaining and it was diagnosed as a metastatic tumor of gynecologic carcinoma. Diagnostic laparoscopy revealed disseminated nodules in the mesentery and pelvic floor, but there were no abnormalities in the ovaries, and the patient was diagnosed with primary peritoneal carcinoma. Debulking surgery was successfully performed after 3 courses neoadjuvant chemotherapy of carboplatin and paclitaxel. The final diagnosis was ovarian carcinoma because a similar histological pattern was also observed in the ovarian parenchyma. There are few reports of synchronous colorectal metastasis from ovarian carcinoma. Immunostaining is important for differential diagnosis of malignant colorectal tumors with intrapelvic tumors.

Ⅰ 緒  言

大腸悪性腫瘍のうち転移性腫瘍の頻度は1%以下と非常に稀とされる 1),2.大腸内視鏡検査(CS)所見による原発と転移の鑑別は難しく 3)~6,腺癌の場合には組織像も類似している.当初,S状結腸原発低分化腺癌を疑ったが,非典型的な所見から免疫染色を追加し,卵巣癌同時性大腸転移の診断に至った症例を経験したため報告する

Ⅱ 症  例

症例1:47歳,女性.

主訴:血便.

既往歴:関節リウマチ.

家族歴:長男が顎下腺希少癌.従妹が卵巣癌.

現病歴:3カ月前から血便出現.CSでS状結腸に粘膜下腫瘤(submucosal tumor:SMT)様隆起に連なる1/2~2/3周性の潰瘍病変を認めた(Figure 1).内腔は狭窄していたが,内視鏡の通過は可能であった.大腸生検組織のHE染色で低分化腺癌と診断された.注腸検査ではS状結腸に線状の陥凹を伴う4cm大の不整な隆起性病変を認めた.造影CTでS状結腸に漿膜浸潤を伴う巨大な腫瘍とS状結腸間膜リンパ節腫大,腹膜播種を疑う腫瘤を複数認めた(Figure 2).血液検査ではHb 12.3g/dLと貧血は認めなかった.腫瘍マーカーはCEA 1.8ng/ml,CA19-9 8.5U/mlと正常範囲であったが,CA125 995U/mlと上昇していた.遺伝子検査はRAS癌遺伝子,BRAF癌遺伝子ともに変異はなく,マイクロサテライト不安定性も認めなかった.大腸原発としては腹膜播種が広範で非典型的であり,CA125のみ上昇している点から婦人科癌鑑別のため免疫染色を追加した.CK7(+),CK20(-),Pax-8(focal weak +)の結果となり,大腸癌よりは卵巣癌や腹膜癌の転移を疑う所見であった.婦人科と協議し,確定診断のために審査腹腔鏡を施行した.S状結腸腫瘍は漿膜に露出し,腸間膜や骨盤底に播種結節を認めたが,卵巣に異常はなく腹膜癌と診断した.播種結節の腫瘍細胞はN/C比が高く,核も大小不同で異型度が高く,組織は小塊状,管状,胞巣状に増殖し,スリット状間隙を形成していた(Figure 3-a).免疫染色では,Estrogen receptor陽性,WT-1陽性,p53陰性であったため,高異型度漿液性腺癌(High-grade serous carcinoma,以下HGSC)と診断した(Figure 3-b~d).術前化学療法としてパクリタキセル・カルボプラチン療法を3コース施行し,全腫瘍の縮小を認めた.debulking surgeryとして子宮両側付属器切除・大網・播種切除,低位前方切除術を行った.病理所見では,両側卵管および卵管采は正常であったが,両側卵巣実質に15~20mm大の高異型度漿液性腺癌を認めたため,最終診断は卵巣癌となった.

Figure 1 

大腸内視鏡検査所見.

a:肛門縁から30cmに正常粘膜から立ち上がる表面不整な隆起性病変を認める.

b:aに続いて1/2~2/3周性の潰瘍病変を認める.

Figure 2 

造影CT所見.

S状結腸内に4cm大の造影効果のある腫瘤を認める(矢印).

造影効果の乏しい囊胞性腫瘤も複数認める(矢頭).

Figure 3 

審査腹腔鏡手術による腹膜結節生検.

a:腫瘍細胞はN/C比が高く,核の大小不同を認め,小塊状,管状,胞巣状に増殖し,スリット状間隙を形成(HE).

b:Estrogen receptor(+).

c:WT-1(+).

d:p53(-,null).

転移巣には播種性転移と塞栓性転移の所見が混在していた(Figure 4).術後化学療法を継続し,無増悪生存中である.

Figure 4 

切除検体の病理組織所見.

a:漿膜側から粘膜まで全層性に腫瘤が浸潤している(播種性転移形式).

b:リンパ節にも転移を認める(塞栓性転移形式).

Ⅲ 考  察

卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌は原発巣の違いはあるが,同一の疾患群として取り扱われており,同様の治療が行われる 7),8.HGSCは漿液性癌の95%以上を占め,卵巣・卵管の悪性腫瘍で最も頻度が高い.近年,卵巣や腹膜のHGSCの大多数が,腫瘍の主座に関わらず卵管原発であるとされている 7.原発巣の診断は,卵管病変があると卵管原発,卵巣病変のみであると卵巣原発,卵管・卵巣ともに病変を認めない場合に腹膜原発となる 7.HGSCは原発巣が微小であっても転移先で大型の腫瘤を形成することがあり,外観が正常卵巣に近いものでも骨盤内に多数の播種病巣を伴うこともある 7.自験例も,審査腹腔鏡の時点では卵巣の異常を指摘できず,腹膜癌と診断していた.本邦における卵巣癌大腸転移の報告は少ない.「卵巣癌」,「結腸転移」,「直腸転移」をキーワードとして,医学中央雑誌で1983~2022年まで検索したところ,会議録を除き,卵巣癌同時性大腸転移の報告は6例(Table 1 9)~14であった.組織型は自験例を含めた7例中6例で漿液性腺癌であった.

Table 1 

本邦における卵巣癌同時性大腸転移の報告例.

転移性大腸癌の頻度は全大腸癌の0.1~1.0%程度 1),2と報告されている.剖検の報告では,転移性大腸癌の原発巣としては胃が最多で19.9%,続いて膵11.23%,肺7.52%,卵巣5.97%の順であった 15.一方,結腸・直腸・虫垂への転移率が高い悪性腫瘍の原発部位は順に,卵巣(30.5%),腹膜・腸間膜(25%),子宮体部(21.5%),虫垂(21%),子宮頸部(21%)であった 15.婦人科癌の大腸転移はS状結腸が最多で,直腸が続く 16.症状は血便が多く,画像上大腸に腫瘍や壁肥厚,骨盤内リンパ節腫大を認めるために,原発性大腸癌と類似した所見を呈することがある 16.血清腫瘍マーカーとしてCA125が卵巣癌で最も陽性率が高いため診断に有用と考えられている 8),16

転移形式は腹膜播種性転移と直接浸潤が多く,塞栓性転移(血行性転移・リンパ行性転移)は比較的少ないとされる.転移形式によって浸潤範囲と肉眼所見に特徴がある.播種性と直接浸潤では全層性あるいは漿膜下組織層から粘膜下層にかけて浸潤し,播種性では漿膜結節型が多く,直接浸潤では腸管外腫瘤型やびまん性浸潤型が多いとされる.粘膜まで浸潤する場合にはSMTから3型のような形となる 15.塞栓性転移では半数の症例で漿膜下組織への浸潤を認めず,粘膜や粘膜下層を中心に増殖する傾向がみられる.Ⅱa様,Ⅱc様,ポリポイド,SMT様など内側へ向かって発育する腫瘤を呈する 15.転移性大腸癌の組織は腺癌が約8割を占め,分化度は低い傾向にある 15.大腸原発の低分化腺癌は全大腸癌の1.9~7.7% 17),18と頻度は少ないが存在しており,HE染色のみでは原発性大腸癌との鑑別は難しい.大腸原発低分化腺癌は進行例で発見されることが多く,肉眼型は2型が45.3%と最も多いが,高分化腺癌と比べて3型(21.4%),4型(9.5%)の頻度が高い 19.表在型や4型腫瘍ではより原発と転移の鑑別が困難とされる 3)~6.転移性では多発病変が多い 20ことや腫瘍表面の結節状変化が乏しく平滑 5なことなどが指摘されている.原発巣特定には,免疫組織染色を追加し,CK7とCK20のパターン分類と臓器に特徴的なマーカーで原発臓器を同定することが有用である 21.転移性大腸癌の生検陽性率は発赤・びらん・潰瘍を伴うものでは50%以上とされるが,全体としては28%と低率 20とされており,陰性でも否定はできないことには注意が必要である.

自験例のCS所見はSMT様隆起に連なる潰瘍病変を呈し,典型的な大腸癌の肉眼像ではなかったが,組織のHE染色で低分化腺癌と判明したため,当初stageⅣ大腸癌と判断した.しかし,骨盤内に腹膜播種による腫瘤が複数存在し,腫瘍マーカーもCA125が上昇していたため,婦人科癌の転移を考慮するに至った.S状結腸切除検体の病理組織は癌が漿膜側から全層性浸潤している部分(播種性転移)とリンパ管浸潤の部分(塞栓性転移)を合わせ持っていた.2つの転移様式から肉眼型が多彩になったものと考えられる.後方視的に初回CS画像を観察すると,SMT様部分の粘膜の立ち上がりは正常粘膜であり,腫瘍表面は潰瘍部分も含めて結節状変化が乏しく平滑であったため,典型的な原発性大腸癌とは異なる所見であった.単発病変の場合には切除後に診断が確定 22することもあるが,原発巣によって治療が大きく異なるため,術前に診断することが望ましい.本症例は術前に診断しえたことで,化学療法を先行し,病変切除が可能となった.

Ⅳ 結  語

転移性大腸癌は転移形式によって肉眼的な特徴はあるが,複数の転移形式が混在することで形態は多様となりえる.本症例は,原発性大腸癌として非典型的な因子があったことにより,免疫染色を追加することで婦人科癌の転移性腫瘍との鑑別が可能となった.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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