日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
大腸EMR後出血における止血困難例に対し,吸収性局所止血剤の併用が有用であった1例
北畑 翔吾 泉本 裕文川村 智恵松岡 順子須賀 義文實藤 洋伸黒田 太良多田 藤政宮田 英樹二宮 朋之
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2024 年 66 巻 4 号 p. 417-421

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要旨

60歳男性.近医の大腸内視鏡検査でS状結腸に隆起性病変を指摘されたため当院に紹介され受診した.S状結腸にある15mmのⅠsp型大腸腫瘍に対してEMRを施行したところ,創部から拍動性出血があった.複数のクリップで創部を縫縮するもクリップの隙間から漏出性出血が持続した.創部にクリップが連なっていたことでクリップ法の追加ができず,また出血点を同定できなかったことから止血鉗子による電気凝固止血法も困難と考えた.そこで生体適合性合成ペプチドゲル ピュアスタットを塗布することにより止血を得ることができた.クリップ法だけで止血が困難なEMR後出血症例に対して,ピュアスタットによる止血剤の併用は,安全で有用な手段として選択肢となる可能性がある.

Abstract

PureStat, a self-assembling peptide solution, has been approved and marketed in Japan as a hemostatic agent for gastrointestinal endoscopy. We report a case of a 60-year-old man who was successfully treated for bleeding with PureStat after colorectal EMR, in which the bleeding point was difficult to identify. He was referred to our hospital after a colonoscopy at his previous hospital revealed an elevated lesion in the sigmoid colon. After EMR for a 15-mm type-Ⅰsp colorectal tumor in the sigmoid colon, there was pulsatile bleeding from the wound. The wound was sutured with multiple clips, but the bleeding persisted through the gap between the clips. Because a series of clips were already attached to the wound, additional clips could not be applied. In addition, coagulation and hemostasis with hemostatic forceps were difficult due to the inability to identify the bleeding point. Therefore, hemostasis was performed using PureStat. This case suggests that the application of PureStat may be a safer treatment option for post-EMR hemorrhage patients whose bleeding cannot be controlled by clipping alone.

Ⅰ 緒  言

生体適合性合成ペプチドゲル ピュアスタット(3D Matrix Europe SAS,Caluire-et-Cuire,France)は新規に保険収載された止血剤であり 1)~3,現在のところ,どのような症例に対して用いることが有用であるかは明らかにされていない.今回,出血点の同定ができず,クリップ法だけでは止血が困難であった内視鏡的粘膜切除術(EMR)後出血に対してピュアスタットが有用であった症例を経験した.

Ⅱ 症  例

患者:60歳,男性.

主訴:なし.

既往歴:胆石,急性硬膜外出血.

家族歴:特記事項なし.

生活歴:飲酒なし,喫煙なし.

内服歴:抗血栓薬の内服なし.

現病歴:健康診断での便潜血反応検査が陽性のため,近医にて大腸内視鏡検査を行い,S状結腸に隆起性病変を指摘され,精査加療の目的で当院に紹介された.

入院時現症:身長172cm,体重63kg.血圧126/76mmHg,脈拍62/分・整,体温36.4℃.眼瞼結膜貧血なし・腹部平坦かつ軟で,圧痛を認めず.

入院時検査所見:Hb 14.1g/μL,Hematocrit 41.7%,Platelets 40.7×104/μL,Albumin 4.4g/dL,PT 98%(Table 1).

Table 1 

臨床検査成績.

大腸内視鏡検査:肛門から20cmのS状結腸に発赤調で15mm程度のⅠsp型の隆起性病変を認め,腫瘍の硬さや可動性より腺腫および粘膜内癌と診断した(Figure 1).茎部が短く断端確保のため生理食塩水による局注を行いEMRを施行した.切除後より創部から拍動性出血があり(Figure 2),複数のクリップで創部を縫縮するもクリップの隙間から漏出性出血が持続した(Figure 3).クリップの隙間はほとんどなく追加でのクリップ縫縮や止血鉗子での電気凝固止血法も困難と考え,ピュアスタットによる止血剤の併用を行うことにした.重力方向を意識し創部が下面に来るように体位変換をし,出血部位の血液をできるだけ除去しつつ専用のカテーテルを用いてピュアスタットを出血部位に少しずつ直接塗布した(Figure 4).3分程度待ち,送水して創部を確認すると止血が得られていたため処置を終了した(Figure 5).

Figure 1 

S状結腸に15mmの発赤したⅠsp型大腸腫瘍がみられた.

Figure 2 

EMRを施行したところ,切除した創部から拍動性出血がみられた.

Figure 3 

複数のクリップで創部を縫縮するもクリップの隙間から出血が持続した.

Figure 4 

創部にピュアスタットが塗布され接着することで止血した.

Figure 5 

創部に送水して止血が得られていることを確認した.

治療後経過:翌日に再度大腸内視鏡を行い創部の評価をしたが出血所見はみられなかった.その後,食事を再開し処置後2日目に退院した.

病理組織学的検査所見:高異型度管状腺腫,切除断端は陰性であった.

Ⅲ 考  察

本症例は,EMR直後の潰瘍底からの拍動性出血に対し,クリップによる縫縮にて圧迫止血を行うも止血が得られず,クリップの影響で出血部位の同定や止血鉗子が行えない状況下において,ピュアスタットの併用が有用と考えられた1例である.ピュアスタットは2021年12月に国内採用された止血剤であり,消化管出血に対する止血処置として保険収載されている 1)~3.ピュアスタットの適応となる具体的な対象例において,急性消化管出血や内視鏡処置関連の出血への適応 4に加え,内視鏡的粘膜下層剝離術の後出血予防 5)~8等が報告されているが,本邦において,概ねクリップ法で止血対処し得る大腸EMR後出血に対し,ピュアスタット併用の有用性に関する報告はまだない.

現在,大腸腫瘍に対する粘膜切除術や粘膜下層剝離術などの内視鏡治療によって引き起こされる消化管出血の処置としてクリップ法や止血鉗子による電気凝固止血法が主に用いられているが 9),10,大腸粘膜は胃粘膜と異なり薄く容易に穿孔するため止血鉗子による電気凝固止血法は必要最低限の使用回数にすることが望まれる.またクリップ法は安全であり有用な止血方法であるが,EMR後に創部を複数のクリップで縫縮しても,止血が十分に得られない症例が少なからずある.

ピュアスタットは体液と接触すると自己組織化してナノファイバーを形成して3次元の細胞外マトリックス様構造を形成(ゲル化)する 11.ゲル化後に粘性が高くなるため,止血点の物理閉塞に適するという特性をもつ 12.そのためピュアスタットはESD中の同定が困難な出血 12),13,吻合部出血 14,腫瘍出血 15,内視鏡的乳頭括約筋切開術後の出血 15に対しても有用であることが報告されている.またこの細胞外マトリックスの足場は創傷治癒促進に寄与する可能性が示唆されている 16.これまでに炎症性腸疾患モデルマウスの大腸潰瘍の治癒促進効果 17や,臨床研究においてESD後潰瘍 6や孤立性直腸潰瘍 18の治癒促進効果が報告されている.

ピュアスタットの最大の利点は粘膜障害をきたさずに止血が得られることである 4),7.これは粘膜が薄く穿孔リスクの高い大腸における止血処置において重要な利点である.またピュアスタットの効果を十分に得るためには,創部とピュアスタットをしっかり接着させる必要がある 4.食道・胃・十二指腸と異なり,大腸においては重力方向を意識して体位変換を用いれば,比較的どの部位でもピュアスタットを十分に接着させることができる.実際,ピュアスタットを塗布する際には,重力方向を意識し創部が下面に来るように体位変換した上で,腸管を脱気させ管腔を狭めると,創部にピュアスタットを接着させることができ有用であった.

一方,ピュアスタットは高額な製品であるため,ピュアスタットの特性を理解した上での適正使用が望まれる.そのためには,ピュアスタットでの加療が適した症例像を今後明らかにしていく必要がある.

Ⅳ 結  語

EMR後出血のクリップ法による止血困難例に対し,ピュアスタットの併用が有用であった1例を経験した.本症例の経験から,ピュアスタットの特性を理解した上での適正使用について,今後も症例の蓄積にて明らかにしていく必要があると考えた.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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