台湾東部,宜蘭県の山間部に日本語とアタヤル語とが接触して形成された新しい言語が存在する。われわれは,この言語を「宜蘭クレオール」とネーミングして記述調査をおこなっている。本稿では,まず,この宜蘭クレオールの概況を説明し,社会・歴史的背景および言語的特徴から,それがまさに「クレオール」であることを示す。次に,「宜蘭クレオール」の独自の体系を示す事象として否定辞を例に考察をおこなう。考察の結果,基層言語であるアタヤル語の「既然法」「未然法」といった範疇の中に上層言語(語彙供給言語)である日本語の否定辞「ナイ」と「ン」の2形式が巧みに取り込まれ,「発話以前(既然)の事態・行為」と「発話以後(未然)の事態・行為」を,それぞれnayとngによって弁別して描写するといった新しい体系化が図られていることが明らかになった。