言語研究
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140 巻
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特集 言語の変化
  • ―ギリシア語-μᾱν,ヒッタイト語-(ḫ)ḫaḫat(i),リュキア語-χagã―
    吉田 和彦
    2011 年140 巻 p. 1-22
    発行日: 2011年
    公開日: 2022/03/08
    ジャーナル フリー

    ギリシア語-μᾱν,ヒッタイト語-(ḫ)ḫaḫat(i),リュキア語-χagãという1人称単数中・受動態過去語尾は一見したところ規則的に対応し,基本語尾*-h2eが反復した*-h2eh2eという祖形に遡るように思える。しかしながら,これらの3つはそれぞれの言語内部の歴史のなかで二次的につくられた形式である。その理由はつぎのとおりである。基本語尾*-h2eが反復される形態変化は後期ヒッタイト語の時期に顕著にみられるが,反復語尾だけでなく非反復語尾も存続しており,両者のあいだには機能的差異がない。もし印欧祖語やアナトリア祖語の時期に反復語尾がつくられていたと想定するなら,数千年もしくは1千年以上にわたって反復語尾と非反復語尾が自由変異の関係にあったことになる。このようなきわめて進行速度の遅い言語変化を考えることはできない。比較方法が祖語の再建という目標に向けてもっとも有効な方法であることはいうまでもない。しかし,同時にその限界を認識することは重要である。

  • 小林 正人
    2011 年140 巻 p. 23-49
    発行日: 2011年
    公開日: 2022/03/08
    ジャーナル フリー

    クルフ語とマルト語は,ブラーフイー語とともにドラヴィダ語族のうち祖語から最初に分岐した語派と考えられてきた。両言語の動詞は語彙的過去語幹をもつが,本稿では過去語幹にどのような古い接辞が取り込まれているかを分析した。 onɖ-「飲む」等舌頂音で終わる過去語幹はドラヴィダ語の過去接辞*-t-に,-y-で終わる過去語幹は祖語の*-i-に帰せられるが,加えて*-nt-も存在した可能性がある。barc-「来る」,cic(c)-「与える」などの接辞-c(c)-および残存形式であるpos(s)-「降る」の-s-およびmeɲj-「聞く」などの-j-はそれぞれ*-cc-, *-c-と再建され,クルフ・マルト語の改新と考えられる。 ドラヴィダ語の過去語幹1. *-t(t)-, 2. *-i(ṉ)-, 3. *-nt-, 4. 子音重複, 5. *-k-, 6. *-c(c)-, 7. *-a/e-のうち,クルフ・マルト語は1, 2, (3), 4を南語派と,1, 2を中南語派と,1を中語派と(Parjiとは(3), 4, 7も),5~7をブラーフイー語と共有している。本研究の結果は従来のドラヴィダ語族の系統樹の改訂を迫るものではないが,クルフ・マルト語が動詞形態法において古形を多く保存していることを明らかにした。

  • 松村 一登
    2011 年140 巻 p. 51-71
    発行日: 2011年
    公開日: 2022/03/08
    ジャーナル フリー

    現代標準エストニア語の動詞keelama「禁じる」は,4つの不定詞構文と共起する:[接格/分格]+[MAST形/DA不定詞]‘mees keelab [sõbral / sõpra] [tulemast / tulla]’「男は友人に来るなと言った」。1990年代と1920年前後のテクストを比較すると,1920年当時,動詞MAST形が接格名詞句と共起する構文は使われず,分格名詞句と共起する構文だけが使われていること,DA不定詞は,1920年頃は分格名詞句との共起が圧倒的に多いが,1990年代には接格名詞句との共起の方が圧倒的に多いことが明らかになる。これは,20世紀のエストニア語で,分格型に代わり接格型の不定詞構文が多用される傾向が徐々に強まってきた結果として説明できる。また,接格型MAST形構文が1930年代以降のテクストにのみ現れることは,このような言語変化の捉え方と整合する。

  • ―「ナイ」と「ン」の変容をめぐって―
    簡 月真, 真田 信治
    2011 年140 巻 p. 73-87
    発行日: 2011年
    公開日: 2022/03/08
    ジャーナル フリー

    台湾東部,宜蘭県の山間部に日本語とアタヤル語とが接触して形成された新しい言語が存在する。われわれは,この言語を「宜蘭クレオール」とネーミングして記述調査をおこなっている。本稿では,まず,この宜蘭クレオールの概況を説明し,社会・歴史的背景および言語的特徴から,それがまさに「クレオール」であることを示す。次に,「宜蘭クレオール」の独自の体系を示す事象として否定辞を例に考察をおこなう。考察の結果,基層言語であるアタヤル語の「既然法」「未然法」といった範疇の中に上層言語(語彙供給言語)である日本語の否定辞「ナイ」と「ン」の2形式が巧みに取り込まれ,「発話以前(既然)の事態・行為」と「発話以後(未然)の事態・行為」を,それぞれnayとngによって弁別して描写するといった新しい体系化が図られていることが明らかになった。

  • ―通時的研究―
    服部 匡
    2011 年140 巻 p. 89-116
    発行日: 2011年
    公開日: 2022/03/08
    ジャーナル フリー

    戦後60年間の国会会議録をデータとして用い,程度の大小を問題にしうる側面を持つ名詞のうち,二字漢語を語基とする「~性」「~率」「~度」「~量」「~力」の形の名詞について,尺度的な形容詞類(「大きい/多い/強い/高い…」「小さい/少ない/弱い/低い…」)との共起傾向の推移を調査した。十分な用例数のある名詞に関する限りでは,次のようなことが言える。 少なくとも「~性」「~率」「~度」の形の名詞では,大の側の形容詞類のうち「高い」との共起比率の上昇が多くの語で観察された。また名詞によっては小の側の形容詞類の中でも「低い」との共起比率が上昇しており,両者の推移が対応しているかに見える語もある。一方,「~量」や「~力」では,調査の範囲では,変動傾向を明確には述べにくい。「~性」「~率」「~度」では,その程度の大きさを表わすのに「高い」が主として用いられる方向へと日本語の変化が進行中の可能性がある。

フォーラム
  • 山口 京子
    2011 年140 巻 p. 117-133
    発行日: 2011年
    公開日: 2022/03/08
    ジャーナル フリー

    日本語の動詞由来複合語は,「内項タイプ」(前部要素が後部要素の内項であるもの)と「付加詞タイプ」(前部要素が後部要素を修飾するもの)の二種類に分類され,従来,前者は「起伏式アクセント・連濁無し」,後者は「平板式アクセント・連濁有り」という傾向の違いがあり,また後部要素が長い場合その違いが小さくなることが知られてきた。本論文では,データベースの調査によってこの傾向を裏付けた上で,両者のアクセントの違いがなぜ生じるかという問題に焦点をあて,連濁が無関係な場合や後部要素のアクセントパターンが同じ場合でもその違いが生じることから,その二つは決定的要因ではないことを示す。さらに,語形成の中で名詞的意味が動詞的・形容詞的意味よりも起伏式アクセントと結びつきやすい場合があることから,「道具」や「人」などの名詞的な意味になりやすい内項タイプが起伏式になることもその一つの表れとして捉えられることを指摘する。

  • 野地 美幸
    2011 年140 巻 p. 135-145
    発行日: 2011年
    公開日: 2022/03/08
    ジャーナル フリー

    幼児の日本語が階層的かどうかは獲得研究において依然重要な問題の一つである。この問題に関する予備的研究としてここでは,「だけ」が主語もしくは目的語に付いている否定文に対して幼児がどのような解釈を与えるのかを調べている。16名の日本語児(平均:5歳11ヶ月)と20名の大人の統制群から得られた実験結果から主語・目的語非対称性が観察され,幼児も,基本的には大人と同様に,「だけ」が主語に付くか目的語に付くかによって異なった解釈を与え得ることが示唆された。したがって,この結果は幼児の文法も階層構造を作り出すという見解と合致する。

  • 鈴木 博之
    2011 年140 巻 p. 147-158
    発行日: 2011年
    公開日: 2022/03/08
    ジャーナル フリー

    チベット・ビルマ系(TB)言語の複数の言語には,その母音組織に「緊喉/非緊喉」の対立が認められる。しかしながら,「緊喉」という用語は調音音声学的に多義であり,その多義の全容が明らかにされていない点に起因する問題が起きている。本稿では,先行研究において「緊喉」と呼ばれた音声現象をもつナシ語及びムニャ語について当該音声の音声記述を行い,「軟口蓋化」「そり舌化」「咽頭化」の3つの二次的調音を「緊喉」の多義の一部として認める。分析の過程において,これら3つの音声現象が文献によって「r化」という用語で扱われていることも明らかにし,TB言語に見られた記述言語学上の混乱は調音音声学の面で酷似する現象に与えられた「緊喉」「r化」という用語の濫用によることから,調音音声学的な用語による記述の必要性を主張する。

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