八丈方言は万葉集東歌にみられる上代東国方言の文法的特徴を色濃く保存する方言である。本稿ではこの方言の研究史を概説し,伝統方言についての概略をのべたのちに,この方言に起こっている新たな変化をとりあげ,八丈町における「危機言語」への取り組みなどを紹介する。 この方言におこっている新たな変化とは,強変化動詞の完了=過去をあらわすアリ系の語形(ノモー)の,より単純化したタリ系の語形(ノンドー)への変化である。この変化は中央語においてはすでに上代から中古にかけて起こったもの(ノメリからノミタリへ)であり,それとおなじ変化が八丈方言においていま起ころうとしている。これを八丈方言の視点から上代語の変化のプロセスを考えることにより,上代以前は中央語の動詞完了形がすべて(ノミアリ>)ノメリ形であり,上代をはさんで弱変化動詞,強変化動詞の順に(ノミテアリ>)ノミタリ形へと移行していった可能性を指摘することができる。