2024 年 166 巻 p. 87-111
英語において道具動詞の形成(例:knifeV the man)は非常に生産的だが,日本語においてこれらの動詞形成は基本的にできない(例:*ナイフ(す)る)。フレーム意味論(Fillmore 1982他)の観点から,当該語形成にはモノと場面の関係づけが必須だとした上で,本稿はこの生産性の差を両言語の自己中心性(Hirose 2000他)に基づく符号化の違いに起因させる。詳しくは,私的自己中心の日本語はこの関係づけを聞き手との関係を考慮して義務的に符号化するのに対し,公的自己中心の英語の話者は,この符号化をせずとも「ある場面に対してモノをどのように使用するのか」という語用論的知識(off-stage情報(Boas 2003))まで想起することができると主張する。さらに,散見する日本語道具動詞(例:包丁する,ホッチキスする)が,(i)話し手と聞き手の特定的関係に基づくレジスター特化型と(ii)聞き手との親密度をあげる語用論的戦略としての私的表現とに原理的に分類できることを示す。