2024 年 166 巻 p. 59-86
本稿では,better off構文と呼ばれる不規則性を含むイディオム構文がどのような過程を経て現代英語に定着したかを認知言語学・コーパス言語学・自然言語処理の学際的な観点から検証する。同時に,better off構文の分析を通じて,近年著しく発展した深層学習を用いた構文文法の実証的な研究手法の提示を試みる。本稿では,通時的コーパスを用いたbetter off構文の成り立ちに関する定量的な調査から得られた結果を認知言語学の観点から考察することで,better offが字義的な用法から四つの段階を経て構文化したとする仮説を提示し,その後,その仮説を実証するために人手の分類に加え,better offが用いられる文脈情報から得られる単語ベクトルを用いた検証を行う。さらに,分析全体を通じて,1) 自然言語処理の技術を用いた実証的な言語の研究サイクル,2) 用法基盤モデルと深層学習に基づく言語モデルの類似点,3) 学際的な収束証拠の一つとして深層学習を用いる可能性についても検討を行う。