抄録
我々は深海底のブラックスモーカー噴出孔から採取したチムニー壁について電気特性を解析した。その結果、このチムニー壁が良好な電気伝導体であることが示された。このチムニーの主成分はカルコパイライトとパイライトである。本来これらの結晶は半導体特性を示す。走査型電子顕微鏡による観察から、チムニーがナノスケールの微細結晶の集合体であることが解り、こうした構造が電気伝導性の向上をもたらしていると推測された。次にチムニー表面の触媒能の解析を行なった。その結果、チムニー表面において硫化水素の酸化反応や酸素の還元反応が非常に効率良く進む様子が観察され、チムニーが触媒として優れていることが示された。現場のチムニーでは、内壁側は還元的な熱水が流れ、外壁側は酸化的な海水と接している。したがって、チムニーの内外で大きな酸化還元電位差が生じている。実験室で人工の熱水と海水を作り、チムニーで連絡したところ電流の発生が観察された。これらの実験結果は、深海熱水系においてブラックスモーカーチムニーを介した電流発生が起きていることを示唆している。我々は現在、この電流が環境や生態系に与える影響を調査中である。さて、熱水環境は始生代と現代で大きく異なると考えられている。すなわち、始生代では海水のpHが中性~酸性、熱水のpHがアルカリ性で、現代と比較してチムニー内外でpH勾配が逆転していたと提唱されている。このことはチムニー内外の酸化還元電位差が始生代の方が大きかったことを表す。電極・導体として機能する硫化物が存在していたかについては議論が必要だが、始生代の熱水系において大きな電流が発生していた可能性がある。その場合、チムニー表面で起こり得る化学反応は、電流が流れない場合とは比較にならないほど多様性を持つことになる。深海熱水系は生命誕生の場の候補として知られているが、このチムニー電流発生仮説を加えることによって、その可能性はさらに強力に後押しされる。