抄録
骨格筋における毛細管基底膜肥厚が光顕的, 電顕的に糖尿病における特徴的所見とされ, 糖代謝異常との関係が推定されてきた. 一方筋生検による筋の形態学的研究が進むにつれて糖尿病以外の疾患でも毛細管基底膜の肥厚がみられることが報告されてきた. そこで骨格筋内毛細血管基底膜肥厚の疾病および加令による影響を検討する目的で糖尿病および神経筋疾患53例, 老年者20例の生検筋につき電顕的検索を行い, 毛細血管基底膜の最小幅を測定して比較し, 次の結果を得た.
1) 正常値: 60才以下で筋病変のほとんどみられない9例について計測した結果, 毛細血管基底膜の厚さは平均1080Å, 最大2750Åであった.
2) 糖尿病13例では全例に肥厚がみられ, 平均値5550Å, 最大10,000Åであった. 若年例より成人例に, コントロール不良群に高度な傾向を示した.
3) 神経筋疾患でも正常上界以上に基底膜肥厚を示すものがあり, とくに多発性神経炎のうちアルコール中毒, 砒素中毒などの中毒性疾患で著明な肥厚を示した (最大20,000Å). またパーキンソン病でも肥厚を示すものが多かった. 多発性筋炎では概して軽度であった. また糖代謝異常を示した筋強直性ジストロフィー症では肥厚は軽度であり, 糖尿病と対照的であった.
4) 60才以上の老年者で明らかな糖尿病, 神経筋疾患のない15例についての検索では, 平均値1580Å, 最大3580Åで, 軽度ながら肥厚がみられた. とくに癌の症例で高度であった.
5) 筋採取部位を頭部, 上肢, 躯幹, 下肢近位, 遠位に分けて比較したが, 基底膜厚と部位との間に一定の相関はみられなかった.
以上より骨格筋毛細管基底膜肥厚は, 糖尿病に限らず, 種々な疾患や加令によって起こる非特異的現象と考えられる.