地理学評論
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本邦養蚕卓越村の人口増減
小林 寛義
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1958 年 31 巻 3 号 p. 131-142

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抄録
1 第2次大戦前における,本邦養蚕卓越村の人口増減は,非養蚕村に比較すると明瞭に異なり,地域的にもそれぞれ独特の傾向を示す.すなわち (1) 養蚕卓越村では,共通して人口増減の巾が大きく,昭和初期の人口増加はいちじるしく,つづく養蚕業の不振期には減少が急激となる.この傾向は,同一地方に存在する水田卓越村の人口増減があまりないのと対照的である. (2) 1920年を基準としてみると,養蚕卓越村の人口は,水田卓越村あるいは全県人口の顕著な増加にもかかわらず,ほとんど増加していない. (3) 養蚕卓越村の人口増減は,地域的にもそれぞれ特色ある傾向をとつている.これを分類すると,東北型・関東型・中央高地型・近畿型・中国四国型となる.
2 大戦中を通じて,本地域の人口もいちじるしく増加したことは, 日本の一般郡部地域における傾向と同様であるが,戦后は一般郡部地域とは異なり,ふたたび減少に転ずる傾向が強い.とくに, (4) 水田卓越村の人口は,停滞ないし増加しているのに対し,養蚕卓越村は停滞あるいは減少し,戦前からの人口増加の地域的分化が一層明瞭になつてきた. (5) 養蚕不振期以降,桑園の縮少,他作物への転換,養蚕経営の変化に応じて,地域ごとにそれぞれ別の人口増減型をとつている. (6) 養蚕卓越村の中核であつた長野県下の例によると,以上のごとき養蚕卓越村の人口増減は,間接的には繭価の騰落と関連し,直接には養蚕経営規模の拡大・縮少に伴う経済的,労働力需要の大小に原因する.
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