神経変性疾患によって認知症ではなく失語症を呈することがある。神経変性疾患による失語症と判断するには,少なくとも,全般的認知機能の低下が認められず主たる症状は言語症状であること,緩やかな発症であること,脳画像などによって血管障害や腫瘍など他の疾患が除外されることなどが条件である。神経変性疾患によって発語失行,再帰性発話,錯語を呈した症例を提示し,神経変性疾患による失語症について論じた。
Neurodegenerative diseases may cause aphasia rather than dementia. To determine whether aphasia is due to a neurodegenerative disease, at least the following conditions must be met:there must be language symptoms without general cognitive dysfunction, the onset must be gradual, and other diseases such as vascular disease, tumors and others must be excluded by brain imaging etc. In this paper, the author present cases of apraxia of speech, recurring utterance, and paraphasia due to neurodegenerative diseases and discuss aphasia due to neurodegenerative diseases.
認知症も失語症も,何らかの脳損傷によってそれまでに獲得していた機能が損なわれるという点では同じであるが,原則として,認知症では言語機能が損なわれない一方,失語症では認知機能障害は目立たない。しかしながら,近年,認知機能の低下が目立たず言語症状が主たる症状である神経変性疾患例の報告が集積され,大脳言語野損傷によって生じる従来の脳血管障害性失語症とは若干異なる臨床像がみえてきた。第48回日本高次脳機能学会学術総会の認知症の諸症状に関するセミナーにおいて,“聞き取れないことを言うのは失語のためか”という論点が取り上げられたのには,そのような背景があるのではないかと思われる。
さて,標題にある“聞き取れないことを言う”という現象について,それはどのような症状なのかを考えると,おおむね次のような状況が想定されるかと思う。
①声が小さくて聞き取れない:発声障害かもしれない。
②構音が不明瞭のため聞き取れない:構音障害と考えられる。
③発語が不明瞭のため聞き取れない:発語失行や再帰性発話などが考えられる。
④言い誤りがあるので聞き取れない:錯語かもしれないし錯語が高じてジャルゴンかもしれない。
⑤言っている内容が意味不明なので聞き取れない:失語かもしれないし認知機能の低下によるものかもしれない。
これらのうち,①と②は主に身体症状による現象,③と④は失語あるいは失語近縁症状,⑤は失語かもしれないし認知症かもしれない。つまり,現象としては,“聞き取れないことを言う”という失語症状は,③か④,場合によっては⑤,ということになる。臨床場面では,発症の様態について病歴を聴取しながら脳損傷の有無を勘案しつつ,いずれに該当するのかを判断することになろう。
以上を踏まえたうえで,本稿では,神経変性疾患によって生じた③と④の言語症状について症例の紹介を交えながら述べたい。
不明瞭な発語症状として,今回は発語失行および再帰性発話を挙げる。発語失行は,喚語障害や運動麻痺によらず非一貫性の構音の誤りを示す発語症状である。変動性のある構音の歪み,音の途切れや引き伸ばし,アクセントや抑揚の異常が中核症状とされる(高倉ら 2023)。また,再帰性発話は,言語としての意味の有無にかかわらず無意識的・不随意的に発せられる常同的な言語表出であり(波多野 1989),重度の失語症に現れる異常発話である(松田 2020)。
発語障害で発症した自験例(70歳代,女性。右利き。高校卒,元事務職)を紹介する。「話そうとすると口がうまく動かない,話しにくい」と訴え当初他院を受診した症例である。初診医では諸検査で異常がないといわれたが話しづらさが続くとのことで,1年後に当院を受診した。身だしなみは整い,礼節も保たれており,四肢の運動麻痺はなく見当識も良好であった。標準失語症検査(Standard Language Test of Aphasia:SLTA)を図1に示す。SLTAに示されるように発語障害が著明だった。Mini-Mental State Examination(MMSE)は25点で失点は連続減算課題の4点と復唱の1点だった。Wechsler Adult Intelligence Scale Third Edition(WAIS-Ⅲ)では動作性IQ 98で全般的認知機能は保たれていた。MRIでは右大脳基底核部ラクナと右側頭葉軽度萎縮が認められた。発話意欲は非常に旺盛で発語量は多いが,自発話は非流暢性で,非一貫性の構音の誤りが多発した。たとえば「ブクヨなの(=不器用なの)」,「ともじたのいれで,こくぶ…しせき…(=友達の家で告別式)」,「そぼろ…そぼろ…ばんめ(=算盤)」などで,“聞き取れないことを言う”状態であった。症状は自発話,音読,復唱のいずれにおいても生じた。書字では脱字や助詞の誤りが認められ必ずしも正常な書字とはいい難かったが,発語障害の重篤さに対して書字障害ははるかに軽度であり,コミュニケーション場面では,たとえば「毎日やるいる(=毎日やっている)」,「かやくしている(=活躍している)」,「人に恵めて…(=人に恵まれて)」と書くなど,発語障害を書字で補うことができていた。手段的日常生活動作(Instrumental Activities of Daily Living:IADL)は自立しており,1人でバスを乗り継いで来院し診察を受け会計処理を済ませて帰宅することができた。交友関係は広く友人と会食や旅行に出かけ,確定申告では「構音障害なって話し出来ないのでよろしくお願いします,リハビリ中です,確定申告書見て下さい」と清書したメモを持参して申告するなど,日常生活では口頭表出障害以外に大きな支障はなかった。発語障害は進行しつづけ,数年後には「イジ…イジジジ…ウチ…イチ…」など有意味語はまったく表出されなくなり,無意味音の羅列のみの再帰性発話となった。さらにその後は文字通り口を閉ざして語を発することはなくなり「mm…mmm」という無意味音の発声のみとなった。この時期でも書字で意思疎通はできたが,「すみかんが電話…(=すみませんが電話をかけてください)」と書くなど,相手が推察する必要のある内容になっていった。本例の発話特徴は,限定した音の発声という意味では松田(2020)の症例1に類似している。松田(2020)の報告例は,左中大脳動脈領域の広範な脳梗塞により発話は「あー」という発声以外には呼称でも復唱でも「ののの…」という子音・母音再帰性発話に限られ,重度失語症を呈した症例である。自験例の場合,発話が著しく障害されているのに対して言語理解や書字能力ははるかに良好だった点で松田(2020)の脳梗塞例とは異なっている。本例は初診時のMRIでラクナが認められたが著しい構音障害を生じるほどの損傷ではなく,かつ発語障害は進行性であったことから,原発性進行性失語(primary progressive aphasia:PPA)の非流暢 / 失文法型と考えられた。病理診断には至っていない。

聴覚的言語理解,文字理解,書字は保たれていたが,発語障害が著明だった。
発語失行を示した神経変性疾患例としては,「しゃべりにくい」との自覚症状で発症した神経変性疾患の報告例(60歳代,男性。右利き。大学卒,元会社員)がある(佐藤ら 2018)。この症例は聴覚認知障害も併発していたが,発話面での初発症状は,一貫性のない構音の誤りを示す軽度の発語失行であった。口頭表出の障害は,自発語,復唱,音読のいずれでも生じた。当初は,十分に聞き取れる発語であったが,上述の女性自験例と同様,経過とともに発語障害は進行し次第に聞き取れないことを言う時期を経て口頭表出をしなくなっていった。コミュニケーション手段は筆談となり書字内容には助詞の欠落や誤用が散見されるようになった。この症例も,口頭言語の重篤な症状に対して文字言語の症状ははるかに軽度であった。PiB-PETでアミロイドβの蓄積は認められなかった。
再帰性発話についてまとめた波多野(2021)によれば,再帰性発話は次のような経過をたどる。①常同的言語表出の組成分化が生じる段階,②不随意発話をチェックする段階,③浮動的発話の段階,④再帰性発話が完全に阻止される段階を経て,最終的に失文法または失構音を中心とするBroca失語になる。上記の自験例や報告例(佐藤ら 2018)は,この経過の逆を辿ったことになり,自験例は当初発語失行を呈し次第に再帰性発話にいたった症例と考えられた。すなわち神経変性疾患によって再帰性発話が生じる場合は症状がかなり進行している時期と推定される。自験例は発語失行を示した時期に来院していたことから非流暢 / 失文法型PPAと判断したが,もし,その後の意味不明な音のみを発声していた時期の初診であったなら緩徐進行性再帰性発話と判断することになったかもしれない。神経変性疾患による発語障害については,発症様式や経過,言語能力全般をその都度勘案しながら判断していく必要があることを示す症例である。
言い誤りは,健常者にも生じる現象であるが,失語症の代表的症状としては錯語が挙げられる。錯語には大別して音韻性錯語(字性錯語)と語性錯語(意味性錯語など)がある。自験例を紹介する。「言葉がなかなか出てこない。今話をしようと思ってて,言おうと思った瞬間に…真っ白になっちゃう」と訴えて来院した60歳代女性(右利き。大学卒,元事務職)である。礼節は保たれ発語意欲も旺盛だった。神経学的には,見当識正常で運動・感覚にも異常は認められなかった。MRIでは全体的な脳萎縮が認められ両側シルヴィウス裂が若干開大していたが局在性損傷は認められず,SPECTで両側頭頂-側頭-前頭葉および左楔前部の血流低下が認められたことからアルツハイマー病が疑われた。図2にSLTAを示す。言語症状としては,構音障害はなく発語は流暢だったが,喚語困難を基本症状として語性錯語や音韻性錯語あるいは迂言が生じた。たとえば次のような発語である。「お父さんの日(=父の日)」,「うちの母の子ども…(=自分の叔父)」,「アルツマイ…(=アルツハイマー病)」,「大阪の隣(=奈良)」,「本当にやっている人たち(=プロの人たち)」「お金を毎週やって…(=毎月会費納入をして)」などである。音読でも「(どろぼう→)ドリボウ」「(ほうれん草→)ホウソン草」「(突発性→)ホッパツ性」などの音韻性錯読が現れた。また,復唱課題では「(子どもがブランコに乗る→)子どもがこれ…それをやる」とブランコに乗る動作を示したり「(犬と公園を散歩する→)猫…犬と…遊んでくる」と答えたりした。また,書取課題では2文節程度の長さであれば書き取れるが,それより長くなると文節ごとに提示されないと書き取れなくなった。本人の内観は「漢字が出てこないから,それを考えていると頭から消えてしまう」とのことだった。言語性短期記憶が短小化していると推定され,ロゴぺニック型PPAと考えられた。本例の場合,発語と書字能力は同程度に障害されており,コミュニケーションの際に口頭表出障害を書字で補うことはできなかった。MMSEは23点で,失点は検査室の階数を間違えて1点,連続減算課題の3点,単語再生の2点,復唱の1点だった。JART(Japanese Adult Reading Test)予測IQは96だった。IADLは自立しておりスマートフォンを駆使してさまざまな情報を収集することができ,知人との連絡にも通信機能を支障なく使用できていた。またサークル活動に参加して音楽を楽しんだり公共交通機関を乗り継いで遠方まで宿泊を伴う旅行に出かけたりしていた。この症例は,上記2例とは言語症状が異なり,構音は明瞭ではあるものの喚語困難が高じて錯語や迂言が生じ,指示代名詞が多発するようになった。すなわち構音に問題はないが言っている内容の意味を相手が推察する必要のある発話になり,次第に“聞き取れないことを言う”状況になっていった。症状の進行にともない言い誤りの度合いが高度になると,いずれジャルゴンとなって聞き手にはさらに意味がわかりづらい発語となる可能性もあるのではないかと推察された。神経変性がどのように進行していくのかによって経過も異なってくると思われる。

聴覚的言語理解や文字理解は保たれていたが,復唱や語想起,書字の障害が認められた。
以上のように,言語症状を示す神経変性疾患は,表現型としては失語あるいは近縁の言語障害でありいわゆる認知症の範疇に入れるには難がある。ここで改めて神経変性疾患による失語症について簡単にまとめておきたい(佐藤 2022)。神経変性疾患による言語症状は,脳血管障害による失語症タイプとは異なる臨床像を示すことから従来の古典的失語症分類によらない失語症型で示されている。PPAの言語症状にはいくつかの特徴があり,それらの特徴によっておおむね次の3型に分類される。①意味型:語の意味が失われる,②ロゴぺニック型:発語は流暢であるが言語性短期記憶が障害され復唱障害が認められる,③非流暢・失文法型:発語が非流暢であり文法障害が認められる。PPAは,臨床的な症状名であり背景病理を問わないが,原因疾患としてはアルツハイマー病が多いとされる。一方,言語症状を初発症状とする神経変性疾患として,前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)もある。FTLDの言語症状にも意味性認知症と進行性非流暢性失語があり,それぞれPPAの意味型と非流暢・失文法型に相当する。PPAとFTLDの言語症状には類似点も多いが,FTLDでは背景病理が明らかにされている点でPPAと異なる。本稿で紹介した自験2例と報告例1例(佐藤ら 2018)は最終的な病理診断は得られていないが,自験2例は血流低下部位の分布状況などからアルツハイマー病が疑われ,男性報告例(佐藤ら 2018)はアミロイドβの蓄積が認められないことからFTLDが疑われている。
認知症は,何らかの脳損傷により全般的に認知機能が低下する状態であるが,一方,失語症は大脳言語野損傷により言語機能が障害された状態である。神経変性疾患による症状として,認知症ではなく失語症と判断するには,緩やかな発症であること,脳画像などによって血管障害や腫瘍など他の疾患が除外されること,てんかん性機序で生じた症状ではないこと,認知機能の低下をともなわず主要症状は言語症状であること,が条件である。認知症すなわち神経変性疾患の枠組みでみる“聞き取れないことを言う”現象を失語とみなすには,これらの条件が満たされた場合にいえることである。本稿で紹介した3例の“聞き取れないことを言う”という症状は,いずれも神経変性疾患による失語の部分症状と考えられた。
言語機能と認知機能は相互に支え合う機能であることから,臨床現場では失語症と認知症を厳密に区別することが難しいこともありうる。脳画像で言語症状を説明できる粗大な損傷がないにもかかわらず初発症状として言語症状が出現し緩徐に進行する場合は,失語症をきたす神経変性疾患を考えなければならない。神経変性疾患による失語の場合,当初は言語症状だけだったものの進行とともに言語以外の症状が加わって認知機能低下が目立つようになる。認知機能が低下すると,話す内容にも影響が及び,話している内容が意味不明となる。本稿では,“聞き取れないことを言う”という失語症状について述べたが,失語のみならず認知症においても“聞き取れないことを言う”現象は生じうることを念頭に置くべきである。
症例には発表の承諾を得ています。
著者に開示するべきCOIはありません。
発表の機会を与えてくださいました第48回日本高次脳機能学会学術総会会長福井俊哉先生に心から御礼申し上げます。