携帯電話をテレビリモコンのように使う行動は失認のためなのかどうかについて考察した。①携帯電話に対して探索行動を行ったあとテレビに向けた場合:多様式失認の可能性はある。携帯電話の呼称ができるか,使い方や意味を説明できるかを調べるのがよい。②探索せず,携帯電話を手にとってすぐにテレビに向けた場合:注意障害や抑制障害が考えられる。リモコンに形状の似た携帯電話に誘発されて,慣習的動作が脱抑制的に出現したと考えるのが,認知症患者の症状としてはもっとも可能性が高い。さまざまな症状が何なのかを考えるには,DSM-5の6つの認知領域のどれがかかわるかを考えるのがよい。失認は知覚-運動の領域の障害であるが,認知症では通常複数の領域が障害され,失認単独で出現することは稀である。道具の認知という点では,観念性失行の可能性についても考慮する必要がある。
We investigated whether the behavior of using a cell phone as a TV remote control in patients with dementia is due to “agnosia.” If a patient points a cell phone toward a TV after fumbling with it, the behavior may be related to multimodal agnosia. In such cases, it is important to check whether the patient can name the object and explain its use or meaning. On the other hand, if the patient points the cell phone at the TV immediately after picking it up, attention deficits and/or disinhibition may be responsible for the behavior. The latter hypothesis seems plausible in patients with dementia, as conventional gestures, such as pointing a remote control at the TV, may emerge without proper inhibition. When considering various unusual behaviors in patients with dementia, it is important to assess which neurocognitive domains described in the DSM-5 are implicated. Agnosia is associated with the “perceptual-motor function” domain, but in dementia, multiple domains are often involved;pure agnosia is rare. Regarding tool recognition, ideational apraxia should also be considered as a differential diagnosis.
認知症患者にしばしばみられる現象について,「神経心理学的な枠組みで説明するとどういうことになるのか?」を考えようというミニレクチャーの1つが本稿である。ここでは,仮想患者Aさんについて,仮想の医療従事者Bさんから発せられた質問,「携帯電話をリモコンのように使うのは『失認』のためですか?」に答える。
まず,この現象が生じた状況を想像してみる。次に,なぜBさんは失認と思ったのか,失認をどのように理解しているのかについて考える。そして,失認なのかまたはそれ以外の原因なのかについて,可能性を1つずつ考えてみる。最後に,認知症という背景を考慮すればどのような判断が適切なのかについて説明する。
認知症と診断されているAさん(疾患名は不明)が,自宅リビングでテレビに携帯電話を向けている。ボタンを押そうとしているかもしれない。その姿をみた家族が,病院を受診した際に「携帯電話をリモコンみたいに使おうとするんです。これはどうしてなんですか?」と訴える。
この状況を,Chat GPTを用いて画像化したものが図1である。図1aは「人がテレビにリモコンを向けている」,図1bは「人がテレビにケータイを向けている」画像を作成してください,というプロンプトで作られたものである。たしかによく似ている。両者とも左手に対象物を持ち,第2指から第5指で支え,親指でパネルのボタンなどを操作しようとしている。違いは,「リモコン」の場合には対象物がテレビ方向に向いているが,「ケータイ(ここではむしろスマートフォンの形状になっている)」と指示した画像では,テレビに向ける角度が小さく,人がテレビ側を向いてはいるがスマートフォンを操作しているだけに見えるという点である。AIの判断に,ケータイはテレビに向けて使う道具ではない,という一般常識が反映された結果ではないかと思われる。

a:「人がテレビにリモコンを向けている」,b:「人がテレビにケータイを向けている」のプロンプトで生成した画像。
(generated by ChatGPT)
ここで重要なのは,観察者である家族がなぜ「リモコンのよう」と感じたのか,である。AIと同様,「テレビに向けて使う道具はリモコンである」という一般常識が影響しているのではないだろうか。あるいはさらに,視線をテレビに向けた状態でAさんは携帯電話を持っていたかもしれない。その場合には,Aさんの視線に導かれて家族の共同注意が促され,Aさんはテレビを見たがっている,なのに携帯電話をテレビに向けている,と解釈したのかもしれない。
一方,仮想の医療従事者Bさんは,神経心理学を勉強しているが今ひとつピンとこない。失語は話せなくなったり言葉が理解できなくなる症状,失行は動作がおかしくなる症状,失認は目の前のものが何なのかわからなくなる症状,と理解している。とすると,Aさんの「携帯電話なのにリモコンのように使う」のは,携帯電話を認知できないため,つまり失認のせいなのでは? と考えたと推察できる。
失認agnosiaとはFreudが初めて使った言葉であり,“知識がないno knowledge”(a-gnosis)という意味である(Gerlachら 2021)。特定の入力様式(視覚・聴覚・触覚など)を介して対象を認知できないが,目や耳などの感覚器には異常がなく,末梢神経や求心性伝導路(感覚を視床まで伝える経路)も正しく働いている。狭義の失認では,他の入力を使えば正しく認知できる。たとえば視覚性失認の場合,目でみて「鈴」とわからなくても,触ったり音を聞けば直ちにわかる。複数の感覚器を介してもわからない場合には,多様式失認の可能性もある(Feinbergら 1986)。それとは別に,広義の失認には身体失認や手指失認,環境失認などの用語もあるが,これらは入力様式に限定されない。
図2に,Gerlachら(2021)を参考にした近年の視覚性失認の鑑別フローチャートを示す。

視力・視野に問題があるのは一次感覚障害(要素的視知覚障害)であり,認知以前の問題である(永井 2023)。視力・視野は十分であるのに目の前のものを認知できない場合は視覚性失認の可能性があるが,触覚・聴覚提示でも名前を言うことができないときは多様式失認かもしれない。
視覚以外の感覚でなら認知可能であれば,視覚性失認の可能性がある。ただし,明暗や大小などもわからなければ皮質盲である。それはわかるが形態がわからず模写できないのが統覚型失認である。錯綜図課題(数種類の線画が重なった図のなかから個々を特定する課題)で部分を全体に統合できないものが統合型失認,それもできるが対象の視覚的性質を記述したり記憶から想起して描くことができないのは連合型失認(Ⅰ)である。連合型失認のなかには,これもできるが,視覚提示された対象を意味的関連のある対象と結びつけることができないタイプもある(連合型失認(Ⅱ))。しかし,口頭提示された対象の使い方なら記述できる。これもできなければ意味知識障害であり,失認とは異なる。
なお,このような関連づけはできるのに名前が言えないのは視覚性失語,同時に提示した複数の対象を認知できないのは同時失認である。もっとも,同時失認はほかの特徴から気づかれることが多い。
さて,Bさんの思考過程に戻ろう。純粋に視覚性失認だけのある患者は,目の前に何かわからない物体があったらどうするだろうか。手にとって,つまり触覚という別の感覚を使って認知しようとするだろう。Aさんは手に携帯電話を持っているので,触覚を使ってもわからないということになる。つまり,失認があるとしたら視覚性失認ではなく多様式失認であろう。さらに,「失認」だけがあるのだとしたら,その対象が何なのかを探索する行動をみせるはずである。すなわち,手にとって回してみたり,振ってみたり,周囲の人に尋ねるなどの行動がみられるであろう。もし,携帯電話を手にとってすぐにテレビに向けたのだとしたら,あまり失認らしくはない。そこで,①携帯電話をしばらくいじってからテレビに向けた場合,②手にとってすぐにテレビに向けた場合,の2つに分けて,考えられる原因をリストアップしてみた(表1)。
それぞれの可能性について考える前に,ここでAさんが「できていること」について整理しておく。
1. まず,似た形のものを選択できているハサミやメガネをテレビに向けているわけではなく,少なくともそれらよりリモコンに形状の似ている,携帯電話を持っている。したがって視覚認知障害の可能性は,この点からも低い。おそらく,縦型で折りたたみ式ではない,リモコンに形状の似たタイプの携帯電話で,Aさんのような現象は起きやすいのではないか。
2. 適切な手の形で握れている観察者からみて「リモコンを使っている」ように見えるということは,少なくとも親指とその他の指の間に対象物を挟んでいるということであろう。その形はリモコンと携帯電話には共通であり(図1),ハサミやメガネではない。つまり,道具としても適切にアプローチできており,道具使用に関する知識の障害(観念性失行または概念失行)の要素もあまり強くないといえる。このような形の道具がアフォードするものを受けとれている,と言い換えることもできる(Osiurakら 2016)。
3. テレビのある方向に手を伸ばせているこれは携帯電話に対して誤ったマッチングではあるが,観察者に「リモコンを使っているように見える」と思わせることができている。つまり,無意味動作ではなく有意味動作を行うことができている。また,本当にテレビが見たかったのだとしたら,この動作は指差しと同様に共同注意の役割があり,Aさんのテレビを見たいという欲求を(偶然かもしれないが)他者に伝達できている(永井 2019)。
では,できていることを踏まえて,考えられる要因についてその可能性を探ってみる。
1. しばらくいじってからテレビに向けた場合多様式失認の可能性はある。しかし,最終的にテレビに向けたということは,前述のように類似形態のもの(リモコン)と混同していることになり,少なくとも失認のみが原因とするには根拠が弱いであろう。次に意味記憶障害の可能性については,「携帯電話」の呼称ができるのか,という点がある。テレビに向けているのに呼称は正しくできている,ということはあまりないと思われるが,あるとしたら「携帯電話」という日本語がリモコンを指すと思っているか,注意障害かもしれない。「リモコン」と呼称するとしたら,動作と呼称が一致しているのでそれもあまり意味記憶障害らしくはない。「わからない」という反応の方が意味記憶障害的であるし,どう呼称したかにかかわらず,テレビに向けるとしたらやはり意味記憶障害らしくない。本稿Ⅳ-2で説明したように,観念性失行とするには概念の誤り方が近すぎてできていることが多すぎる。この他,さらに可能性を広げて考えるなら,携帯電話というものを知らない(生活圏や年齢によってはありうる),あるいは携帯電話が普及した時代までの逆行性健忘があり,それ以前の記憶からリモコンかと思った,ということも考えられる。
2. 手にとってすぐにテレビに向けた場合似た形態のものを見て,以前からよくしていた動作である「リモコンをテレビに向ける」という慣習的動作が,状況によりコントロールされることなく脱抑制的に出現した,という可能性がある。あるいは,単によく見なかった,注意障害という可能性もある。1度だけこのような行動がみられたのであれば,注意障害かもしれない。何度指摘してもしてしまう場合は,脱抑制的な行動の可能性があるし,あるいは注意障害+健忘,という可能性もある。家族が病院に来て訴えるということは,おそらく何度か同じ行動がみられたのではないだろうか。その場合,意思決定にかかわる他の認知機能の低下も加わっているという状況が想像される。
認知症は「全般性認知機能低下」と定義される。The fifth edition of the Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders(DSM-5)では,認知機能を6つの認知領域neurocognitive domainに分け,これらのうち複数の認知領域にまたがる障害がある場合が真の認知症である(Sachdevら 2014)。6つの認知領域とは,複雑性注意,遂行機能,学習と記憶,言語,知覚-運動,社会的認知であり,失認はこのうち知覚-運動の障害に相当する(永井 2022)(図3)。認知症と診断されているのであれば,複数の認知領域に障害があるはずである。Aさんの場合,多様式失認があるとしても,ここまでみてきたように,遂行機能や複雑性注意,あるいは学習と記憶などその他の領域にも障害がある可能性が高い。

言語領域,知覚-運動領域,学習と記憶領域の障害が,他の認知領域に比べ突出して強い場合に,それぞれ失語,失行または失認,健忘と呼ばれる。たとえば原発性進行性失語は発症初期には失語のみが目立つというのが診断基準になっている(Gorno-Tempiniら 2011)。やがて進行して複数の認知領域の低下が加わってきた時点で,認知症と呼ばれるようになる。したがって,複数の認知領域が同程度に障害された状態では,もはや失認や失語とはいわず,「認知症である」と判断される。
筆者は最初に本稿のテーマを聞いたとき,「失行ではなく?」と思った。それは,携帯電話とテレビリモコンという「道具使用」に関する内容だったからである。もちろん,視覚性失認患者も携帯電話を見て何なのかわからないと訴えるが,道具に限定されず,りんごも時計もわからないはずである。対象が道具であるときには,それが何なのかわかるだけではだめで,使用法や握り方・到達法などが適切かどうかを考えなくてはならない。道具が与える動作の可能性,すなわちアフォーダンス(Gibson 1979)を適切に受けとれているのかが重要なのである(Osiurakら 2016)。携帯電話もリモコンも,握ることをアフォードする。操作盤を手指で操作する点も同じである。Aさんの場合,少なくともそこまではできている。
失行の分類はいまだに混沌としている。Baumardら(2021)によると,それは課題(失行検査)に基づいたアプローチと認知処理過程に基づいたアプローチが混在しているためであり,そのことが失行の判断を多様にしている。Baumardら(2021)の提唱する失行の捉え方を図4に示す。一般に失行と呼ばれるものは行為特異性の高い認知機能不全によるもので,特発性失行(idiopathic apraxia)と呼んでいる。これに対し,行為特異性の高くない要因(非特異的要因)により生じるものを症候性失行(symptomatic apraxia)と呼ぶ。非特異的要因というのは意味記憶や遂行機能,ワーキングメモリなどであり,前述のDSM-5における複数の認知領域がまさにこれに相当する。この考えでいくと,おそらく進行した認知症にみられる道具使用障害はこの症候性失行に分類される。

また,道具の機能は拡張可能である。携帯電話は電話であるだけでなく,手紙を書くことも写真を撮ることもできる。スマートフォンはさらに無限に,現在も機能を拡張中である。実際にスマートフォンをリモコンとして使うことも可能なのである。「リモコンのよう」と感じるときには,観察者が暗黙のうちに仮定している常識があると考えられるが,それもどんどん変わっていくということを意識しておく必要がある。
Bさんの質問「携帯電話をテレビリモコンのように使うのは『失認』のためですか?」に答えるなら,「失認のみが原因という可能性は高くありません。しばらくいじってみた後にテレビに向けたのなら,多様式失認があるかもしれませんが,たびたび同じことをするなら注意障害や健忘なども加わっていると思います。手にとってすぐにテレビに向けたなら,リモコンに見た目の似ている携帯電話を,以前のようにテレビに向けてしまったのはないでしょうか。その可能性の方が高いと思います」ということになる。専門的に言うなら,「視覚的に類似した対象が刺激となって誘発された,慣習的動作の脱抑制的出現」がもっとも考えられる,と説明できる。失認かどうかを調べるためには,①探索行動をしているか,②携帯電話の名前を言えるか,③何に使うかを説明できるか,をチェックするのがよい。
いずれにしても,認知症の症状を神経心理学的に捉えようとするのは大切なことである。原因を丁寧に紐解いていくことは患者理解につながり,得られた結果を介護者や患者を取り巻く環境にフィードバックしていくことで,より適切な支援につながるであろう。
本論文に関連して開示すべき利益相反はない。