高次脳機能研究 (旧 失語症研究)
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非流暢 / 失文法型進行性失語例における言語機能とコミュニケーション手段の経過
若松 千裕石合 純夫黒川 翔
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2025 年 45 巻 4 号 p. 237-243

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要旨

進行性失語(PPA)は言語機能が徐々に低下し,コミュニケーション手段の喪失が生活の質に影響する。PPAに対する言語療法アプローチでは,言語症状に応じた訓練的介入に加え,残存機能を活用した代償的手段の導入が重要であるが,症状の進行過程におけるコミュニケーション手段の変化を具体的に追跡した報告は限られている。本報告では,非流暢 / 失文法型PPAの1例を5年間追跡し,言語機能とコミュニケーション手段の変化を検討した。本例においては,発話障害が進行する一方で,言語理解の機能は比較的長期間維持され,Yes/No反応や視覚提示を活用した代償的アプローチが有効であった。進行に伴う行動面や知的機能面などの非言語機能の低下にも留意し,多面的な評価と柔軟な支援が重要と考えられた。今後は,PPAの進行段階に応じた体系的な代償的アプローチと社会的支援体制の整備が求められる。

Abstract

Primary progressive aphasia (PPA) is a neurodegenerative disease characterized by a progressive loss of language function, often leading to a reduced quality of life. Few reports have described approaches to maintain and improve verbal communication in accordance with the stages of progression of language symptoms in the clinical course. In this case report, we described the clinical course of a patient with nonfluent/agrammatic variant PPA over a 5-year period, focusing on language changes and the evolution of compensatory strategies. Despite progressive speech deficits, the patient maintained relatively good language comprehension over time;communication strategies including yes/no questions and visual aids were effective. Subsequently, a deterioration of wide-range cognitive functions including behavioral control led to severe limitation of the patient’s verbal and non-verbal communication. These findings underscore the importance of comprehensive, step-by-step assessment and flexible intervention planning for the language functions as well as necessity of future care models to incorporate systematic compensatory strategies and coordinated social support for PPA.

はじめに

進行性失語(primary progressive aphasia:PPA)は,失語症状の進行が主たる病態であり,時間の経過とともに言語機能が低下し,日常的なコミュニケーションが困難となる神経変性疾患である。PPAへの言語療法アプローチとしては,言語障害の機序に応じた訓練的アプローチと,残存機能を活用する補助的手段を導入する代償的アプローチがあげられている(Volkmerら 2020Gkintoniら 2024)。いずれのアプローチを採用するにせよ,言語症状の適切な評価が,コミュニケーション手段を支援・代替するアプローチの出発点になる。言語聴覚士(speech-language-hearing therapists:ST)は,進行する失語症状の言語機能を適切に評価し,PPA例が周囲とのコミュニケーションを継続できるように,代償的アプローチの適応を検討する役割を担う。代償的アプローチについては,PPA例の周囲の人々がその手法を理解し活用することで,PPA例はコミュニケーション活動の継続が可能になることが指摘されている(Fried-Okenら 2010Gkintoniら 2024)。そのため,代償的アプローチの方法を周囲にわかりやすく伝えることが重要である。

本報告では,非流暢 / 失文法型PPAの1例において,診断から5年間にわたる言語症状の変化と,それに伴うコミュニケーション手段の変化を追跡し,代償的アプローチについて検討した。なお,本報告にあたっては本人の同意を得ている。

Ⅰ. 症例提示

【患者】言語聴覚療法開始時70歳代,右利き,女性,中学卒業。

【現病歴】X-2年にろれつが回らないと訴え,A病院を受診したが,異常所見は指摘されなかった。その後,発話障害が進行し,X-1年にB病院に検査入院をしたが,診断には至らなかった。X年に再度B病院へ入院し,進行性非流暢性失語と診断された。以後,1年ごとの入院で言語聴覚療法を実施し,言語機能評価とコミュニケーション手段の変化や適応を観察した。

【神経学的所見】X年時,運動麻痺はなく,独歩可能であった。感覚系,協調運動系にも問題はなかった。

【神経放射線学的所見】X年時には,頭部MRIでは全般性の脳萎縮があった(図1)。脳血流SPECTでは左側優位に前頭葉の脳血流量が低下していた(図2)。X+3年時には,両側前頭部,頭頂部に萎縮があった(図1)。脳血流SPECTでは,脳血流量の低下範囲が拡大し,左中下前頭回後部の脳血流量低下が顕著であった(図2)。

図1    頭部MRI画像

a:X年時,MRI FLAIR画像.b:X+3年時,MRI FLAIR画像.

図2    脳血流SPECT画像

a:X年時,脳血流低下画像.b:X+3年時,脳血流低下画像.

【生活状況】X年時は一軒家で独居生活であった。X+1年時には娘夫婦の家で同居を開始し,X+4年時においても娘夫婦の家で同居していた。

Ⅱ. 方法

本例の言語障害と,それに応じたコミュニケーション手段の変化を分析するために,1年ごとに,言語機能評価として実施されたWAB失語症検査日本語版(以下,WAB)の結果とコミュニケーション状況をカルテと検査記録から抽出した。

Ⅲ. 結果

1年ごとに実施されたWABの結果を表1に示す。X年時(ST初診時)から,X+1年時,X+2年時,X+3年時の4時点においてはWABを実施できた。しかし,X+4年時には言語機能の低下に加え,認知機能の低下が顕著であり,WABを実施できる状況ではなかった。WABで観察された発話所見を表2に示す。以下には,各時期の言語症状とコミュニケーション方法について記載した。

表1    WAB失語症検査の結果


表2    発話所見


括弧内はSTの発言である。▲:表記困難な不明瞭な発話を認めた箇所を示す。下線部:構音の歪みを認めた箇所を示す。

1. X年時(初診時)

自発的な発話はあったが,文構造が単純化した発話であった。発語失行によるプロソディ異常は軽度であった。オーラルディアドコキネシスでは,単音節は良好であったが,/pataka/のような複数音節になると,構音は可能であったが,単音節のオーラルディアドコキネシスよりもゆっくりになった。復唱は文レベルまで良好であり,理解においては,単語レベルは良好であり,文レベルで若干低下していた。

コミュニケーションは口頭で可能であった。本例からは「変なところで(声の音程が)下がる」「先走って,オウム返しになってしまう」という内省があった。

2. X+1年時

自発話においては,発語失行による構音の歪みや置換がみられ,喚語に時間を要するようになった。単音節のオーラルディアドコキネシスにおいても,ゆっくりであり,音の連なりが不良であった。浮動的な置換や歪みを認めた。プロソディも1年前と比べて平坦になっていった。本例からは,「口が開かなくなってきている」という内省があった。復唱については,文レベルが可能ではあったが,前年よりも文レベルで語の省略が増え,音の誤りが増えた(例:パイプ→パイプン)。文レベルの理解力が1年前と比べると軽度低下してきた。

口頭でのコミュニケーションに時間を要するようになった。一方で,指差しやYes/No反応は素早く正確であり,Yes/Noを使用したコミュニケーションが増えてきた。Yes/Noの反応方法としては,「◯」と「×」を視覚性に提示し,それらを指差ししてもらっていた。

3. X+2年時

発話開始困難が目立つようになり,構音の歪みが前年に比べて増悪した。プロソディ異常もより顕在化した。文レベルの発話はなく,単語レベルの発話であった。減弱型反響言語の反応のなかに,文レベルの発話がときどきみられた。復唱については,長い文レベルで語の省略や音の置換(例:電話が鳴っています→ねんながなっています)と構音の歪みが目立つようになってきた。文レベルの理解が低下してきたが,単語の理解は保たれていた。書字については,手の巧緻性動作障害により文字形態の崩れが強く,また文字想起障害もあり,困難であった。

コミュニケーションについては,本例が単語やYes/Noで返答しやすいように,話し相手側が質問の仕方を工夫する必要があった。この頃になると,本例は,視覚性に提示された刺激に,自ら手を伸ばし触りにいく本能性把握反応が目立つようになった。その際,手を伸ばす途中で躊躇して手を引っ込める様子があった。対象を握ったときには,STが「離してください」と言うとすぐに離すことができた。

4. X+3年時

自発話はほぼなく,減弱型反響言語での応答が聞かれる程度であった。質問に対して発語を試みるが,意味のある発語はなかった。オーラルディアドコキネシスは,ゆっくりで,音の連なりが不良で,構音の歪み・置換を認めた。復唱では,1~2音程度の無意味な音が産生されるだけで,困難であった(例:パイプ→あぐぅ…)。聴理解については,文レベルが低下してきたが,単語レベルの低下も認められた。

コミュニケーション手段としてはYes/No反応が主体であった。話し相手が簡単な言葉で話しかけ,話し相手の「右手」はYes,「左手」はNoであることを本例に伝えながら,本例の眼前に話し相手の左右の手を提示して,左右のどちらかの手に触ってもらい,本例のYes/Noの意思を確認した。会話において時間をかけて本例の意思確認を行う必要があった。

5. X+4年時

視線を合わせることは可能であったが,発語はなかった。復唱も困難であり,歌唱や系列語の斉唱も困難であった。眼前の刺激に対して手を伸ばす反応もなく,本例の意思を確認するためのコミュニケーション手段を見つけられず,理解力を確認することも困難であった。本例が自発的に行っていた閉眼-開眼や足を組むといった動作の指示に対しては従うような反応はあったが,確実性はなかった。WABの実施は困難であった。

Ⅳ. 考察

本例は,非流暢 / 失文法型PPAの診断基準(Gorno-Tempiniら 2011)に一致していた。本例の初診時は,失文法が目立つ自発話であり,理解は文レベルにおいてもおおむね保たれており,口頭でのやりとりが主たるコミュニケーション手段であった。その後,発話面の障害が進行し,コミュニケーション手段は段階的に変化していった。非流暢 / 失文法型PPAにおいては,発話面の障害が主症状として発症し,進行することが示されている(Gorno-Tempiniら 2011Canuら 2025)。また,発話面の障害が先行し低下していく一方で,理解面の障害については緩やかであり(Rogalskiら 2011),単純な文の理解や単語の理解は比較的保たれる(Grossmanら 2005)。本例においても発話面の障害が進行する一方で,理解面は比較的後期まで保たれており,早期からYes/No反応を主体とするコミュニケーション手段を確立することで,比較的長くコミュニケーションがとれる状況を維持できたと考えられる。

重度失語症者やPPA例とのコミュニケーション促進には,Yes/Noやコミュニケーションボードなどの代償手段を活用することの重要性が指摘されている(森岡ら 2018Góral-Półrolaら 2016)。また,実用的なコミュニケーション能力の活用には,言語機能と非言語機能にこだわらずに,残存している機能を活用したアプローチを柔軟に考える必要がある(福永ら 2022)。本例においては,STが言語機能を評価し,残存機能に基づいたコミュニケーション手段を導入したことにより,コミュニケーション活動の継続が図られたと考えられる。特に,Yes/No反応の段階では,「〇」と「×」の指差しが困難になってから,話し相手の「右手」をYes,「左手」をNoとして,本例の眼前に提示し「右手」と「左手」を触らせる方法に意思表示方法を変更した。この時期においては,本例は前頭葉の抑制機能の低下が顕在化し,本能性把握反応と思われる反応が生じていたと考えられる。PPAにおいては,経過とともに言語機能に加えて非言語機能の障害が顕在化してくる(Ulugutら 2022)。本例においては,行動面に限らず,レーヴン色彩マトリックス検査の結果やWABの行為や構成の得点も低下していった。PPAにおいては,言語機能だけではなく,非言語機能にも着目して,コミュニケーションの代償手段を検討する必要性が考えられる。

PPA例は在宅生活を送る者も多く,家族を含む社会のなかでコミュニケーションを促進することも重要である。本例は,X年時には独居であったが,X+1年時には娘家族との同居になった。同居する人とのコミュニケーション活動を継続させるには,家族に対して失語症者とのコミュニケーション方法を具体的に,わかりやすく伝えることが必要である。また,失語症者同士が集まる友の会や失語症サロンやカフェへの参加は,当事者同士はもちろん,家族同士の交流も生まれ,失語症者を含めた周囲への支援につながる可能性がある。現在,失語症者の病院受診や買い物などコミュニケーションが必要なさまざまな場面に,失語症者とのコミュニケーション支援方法を学んだ意思疎通支援者の派遣が行われており(若松ら 2024),失語症者のコミュニケーションを支援する体制が整いつつある。さらに,失語症者においては,スマートフォンやタブレットなどハイテクエイドの拡大代替コミュニケーション(augmentative and alternative communication:AAC)の活用の有効性が示唆されており(Joubertら 2024Mooneyら 2018),今後はスマートフォンの活用を視野に入れた介入方法も考えられる。

結語

本例の経過からは,PPAのコミュニケーション支援が言語機能の評価だけではなく,非言語的機能を含めた多面的な方略を活用することが重要と考えられる。今後は,PPA例の進行段階ごとに適応可能な代償的アプローチの体系化と,それを支える社会的支援体制の整備が望まれる。

同意

対象者から発表の同意は得ている。個人が特定されないように匿名化をしている。

COI

著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれもない。

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© 2025 一般社団法人 日本高次脳機能学会

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