人間生活文化研究
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報告
ヘミングウェイ作「雨の中の猫」のイタリア語を「復元」すると
―仮説と解釈―
山名 章二
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2016 年 2016 巻 26 号 p. 132-141

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抄録

 標題作の対話部分には英語とイタリア語とが使われている.ある箇所では,地の文から判断してどちらの言語が使われているかが明確である.他方,プロットの流れの中で推定可能性に幅がある箇所もある.さらには,明らかにイタリア語として奇妙なところがある.これらを可能な限り「復元」してみると,登場人物であるアメリカ人女性のイタリア語とフランス語,特に前者における運用能力の不足が大きな役割を演じていて,その揺れこそがプロット内での彼女の実態を具現し,そして,そのように捉えられたアメリカ人女性がホテルの人々と夫とのそれぞれを相手として,意思の疎通の齟齬あるいは希薄な共感に前後から封じ込められた状況が,この小説の趣意の中核であると見ることを可能にする.

 さらに,画家ポール・セザンヌがヘミングウェイに芸術的な影響を与えたとは定説だが,上のように捉えられたこの小説は,ヘミングウェイと同時代を生き,また,ヘミングウェイがピカソをはじめとする芸術家たちとの交流の中で触れあうことがあったはずと推測されるジョルジョ・デ・キリコ,特にその「形而上絵画」からなんらかの影響を受けた可能性,少なくとも,それぞれの作品「雨の中の猫」(1925)と「通りの神秘と憂愁」(1914)とがそれぞれに喚起する想像力の親縁性を類推させずにはおかない.そして,類推の中心には,小説の全体とアメリカ人女性が見たものの誰一人その「客観的真実」の存在を証言するものがいない「戸外のテーブルの下に雨やどりする猫」と,キリコのより後の時代の作品に大きな役割を果たすものではあるが,絵画の全体とそこにおける「形而上的要素」とが,形式及び意味合いの上で響き合う類似性がある.

 これはあくまでも1篇の小説をめぐる思考実験であり,ヘミングウェイの著作全般の見渡しと背景の検証を欠き,先行研究を踏まえていない.そして,キリコについても取り組みが十分ではない.大方の批判を願う所以である.

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© 2018 大妻女子大学人間生活文化研究所
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