抄録
このコメント論文は、弘田氏を「テキスト」として解読する試みである。弘田氏がカントを素材に報告した発表内容及び「報告論文」と、その「要旨」には大きなずれが認められる。彼が語ったことは、語らなかったもの・語ろうとして語り得なかったものの材料に過ぎず、彼が語らなかったもの・語り得なかったものを理解して初めて、意味が生まれる。それは、彼が「身体の『詩学』」と呼ぶ「方法論の問題」だと想定できる。弘田氏が他の諸論稿で語ってきた「方法論」に関する断片を素材に、彼の思想内容を再構成したい。そのことによって、弘田氏と読者が相互理解するための前提が構築されるはずである。