抄録
本研究は、離島の介護をめぐるローカルな実践がナショナルな福祉政策との関連性の中でいかにサービス供給の「離島苦」を克服・解消してきたかを、上甑島里村での実践を通して考察することを目的としている。離島の介護は福祉施設やマンパワー不足によるサービス基盤の脆弱性から、要介護状態になった高齢者を島内でケアできないという状況を余儀なくされてきた。こうした状況を受け、新ゴールドプラン等の高齢者在宅福祉の強化政策によって離島においても物理的なサービス基盤が整えられたが、必ずしもこのような政策展開がローカルなニーズに対応したサービス供給に結びつくものではない。離島の介護は、ナショナルなレベルでの制度をいかにローカルな地域のコンテクストにあわせて運用するかが重要になってくる。里村では、若年層の島外への流出によるマンパワー不足と、島の独特の生産様式や労働形態が主婦層の関与なしには成立しないことから、家族内での介護が機能していなかった。そのため、家庭奉仕員の派遣が1960年代から開始されるとともに、地域の伝統的相互扶助的なボランティアの積極的に参加することで、里村における離島特有の介護ニーズはカバーされてきた。しかし、介護保険制度の導入により、このような里村独自のサービス供給体制は変更を余儀なくされた。結果的に制度上の制約からサービスの量と質ともに低下し、さらには、保険方式によるナショナルな制度に包摂されることで住民には保険料という貨幣による負担が生じ、非貨幣的な相互扶助的介護に参加するインセンティブを削ぐことになった。里村における介護は、「離島苦」といった消極的な背景が地域介護の充実と高齢化の進む地域の村づくりへとつながってきたが、そこにナショナルな福祉制度が影を落とすことになった。介護保険制度のようなナショナルな福祉制度の中にも、ローカルな地域性に対応した運用形態を持たせる柔軟性が求められる。