人文地理学会大会 研究発表要旨
2008年 人文地理学会大会
セッションID: 11
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特別研究発表
東アフリカ農村における経済自由化と自然資源管理
*上田 元
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抄録

 東アフリカでは,トップダウンの自然資源管理が人々の生計安全保障を脅かし,また1980年代に始まる構造調整による経済自由化と環境予算削減が資源の市場取引と破壊を促しているといわれる。このため,各国は資源利用者を交えた参加型管理のあり方を模索している。本発表は,タンザニアとケニアの定着農耕民を対象として報告者が行っている研究を紹介しながら,世界標準となりつつある参加型管理がその導入において直面する問題を報告し,とくに森林管理のあり方が農民の生計安全保障に与えつつある影響について検討する。
 タンザニアの事例では,比較的よく保存された森林保護区が対象であるがゆえに,保護派NGOなど地元利用者以外の関心を招いて参加型管理の導入が頓挫した一方で,村内では参加と無関係に私有地での造林活動が展開しつつある。また,ケニアの「破壊」された森林保護区の場合,当局は参加型管理を導入しようとしたが,人々はその代わりに少人数の内向きの協力によって薪炭材を採取し続けている。どちらにおいても,村指導層や行政は人々の「森林利用景観」を適切に把握しておらず,森林管理の行方は彼らの生計安全保障を脅かしかねない状況にある。このため,まずは貧困層の生計安定化のために彼らの資源利用実態を表現しなおす「再マッピング」,「対抗マッピング」が必要なことを指摘し,本発表ではそれを試みる。
 欧米では,集権的管理や大規模開発の失敗と財政危機を前にして,公有・共有・共用されてきた自然資源を私有化,民営化,商品化し,その管理に市場原理を導入して効率性と保全の両立を目指す市場環境主義が登場しつつある。地理学の関心もそこに集まっており,参加型管理はこうした「自然の新自由主義化」の文脈において検討されている。自然の新自由主義化は資源利用の利害関係を多様化するので,参加型管理は同時にそれを再規制して資源と市場を維持する役割を担うと論じられる場合があるものの,参加型管理が常にこうした意味で新自由主義的であるか否かは,欧米の事例についても容易に判断できないといわれている。
 東アフリカの場合,政府がトップダウンのかたちで管掌してきた自然資源は,実のところ,参加型管理を試みる前から,不正規な政治的手続きや違法ではあっても反社会的ではない手段によって,程度の差はあれ「私有化」されてきた。すなわち,東アフリカにおける自然の新自由主義化は参加型管理の試みによって始まったのではなく,それに先立つ不正規な政治的手続きに,自然資源利用を促進しつつある新自由主義的な経済自由化の作用が加わって進んだものといえよう。そのような自然の新自由主義化において,後から付加された参加型管理が資源利用を再規制する役割を果たすとは限らない。事例において,参加型管理以外の手立てによって市場が再規制されているのか否かについては,別途検討が必要である。参加型管理,自然の新自由主義化,そして両者の関係は,既存の制度・政策の地域性や歴史と混交した多様な過程であり,事例研究の蓄積が求められている。
 今後,活性化した環境保護派NGOを含む多様な主体間の利害関係を管理し,資源破壊を避けながら市場を維持するために,東アフリカでも資源利用を再規制する必要が増すかもしれない。そのとき,参加型管理が地元資源利用者本位に機能するかどうかは未知数である。トップダウンの管理を行ってきた政府に対して不服従などの受動的抵抗を重ね,また隠れて違法な資源利用を続けてきた人々は,そうした戦術が有効な間は,あえて管理に参加するには至らないかもしれない。予算不足の弱い政府や,政治家や行政・取締官と違反者の間のインフォーマルなパトロン=クライアント関係(贈収賄,癒着)などは,こうした戦術の有効性を高めているといえる。人々が参加型管理に意義を見出すのは,このような国家-社会関係の大枠が変わり,さらに事例にみられた形骸的参加(タンザニア)や排他的管理(タンザニア,ケニア)が彼らの生計安全保障を著しく脅かすときかもしれない。そうした変化は,新自由主義化のなかでNGOが社会の側の一主体として活発化し,政府の統制を受けながらもそれを上回る資金力をもって資源管理に関わることによって引き起こされる可能性がある。そのときには,参加型管理の場で地元資源利用者本位のマッピングを実践する必要性と,そうする意義が増すであろう。

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