人文地理学会大会 研究発表要旨
2011年 人文地理学会大会
セッションID: 302
会議情報

第3会場
戦後の京都市の景観行政の変化
?都市景観の構成要素に注目して?
*安江 枝里子森田 匡俊桐村 喬
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

1. はじめに
 東山三山の自然的景観を背景とした眺望的景観は「京都らしい景観」として広く認識されており,京都市の景観施策においても初期の1930年代から景観整備の対象となっている。一方で,既成市街地に多く残存していた京町家は近年大きく減少しており,京都市の景観施策においては京町家の保全が大きな課題となってきた。現在,京町家は「京都らしさ」を表す町並み景観の重要な構成要素のひとつであると考えられており,京町家の保全・活用は,京都の景観整備を議論する上で不可欠なテーマとなってきている。このように,近年の京都市の景観施策においては京町家の保全が重要な位置づけを有するようになっており,景観行政における京町家の価値が大きく変化してきたと考えられる。そこで本発表では,戦後の京都市における景観への取り組みを辿ることによって,景観行政における京町家の価値や意味がどのように変容してきたのかを探る。
2. 研究の方法
 まず,戦後の京都市の景観に関連する取り組みの流れを既往研究や京都市の総合計画等の資料から整理し,土地利用や建物の高さ,外観などの規制対象に焦点をあてつつ,景観施策の特徴を把握する。次に,特に近年の京都の景観行政における市街地景観や歴史的町並み景観に関する規制内容に注目しながら,景観施策における京町家の位置づけの変化を把握し,京町家の価値や意味付けの変化の過程を明らかにする。
3. 戦後の京都の景観に関する取り組み
 京都市の景観に対する取り組みは,1930年の旧都市計画法による風致地区の指定にさかのぼる。風致地区には自然景勝地,田園集落地,文化財とその周辺地などを含み,自然的要素を含む都市の整備を対象としている。昭和30年代は京都市の景観施策の歴史において転換期となり,1963年には京都駅前の京都タワー建設計画と双ヶ丘開発計画が浮上し,都市景観に関する議論が市民を巻き込んで展開された。高度経済成長期における都市の近代化の波は,住環境の整備,市街地景観の整備の必要性を高めた。京都市は1972年に,既成市街地への景観施策として「京都市市街地景観条例」(以下,旧景観条例とする)を制定した。旧景観条例では,「市街地の美観を維持するため」の美観地区制度を取り入れ,既成市街地に存在する京都の歴史的町並み景観の保全と再生を狙いとしたものであった。また,工作物規制区域ならびに巨大工作物規制区域を設定し,高度規制を設けることによって京都タワーのような巨大な工作物を規制することも狙いのひとつであった。バブル経済期を迎えるころには,旧景観条例の改正の必要性が認識されるようになった。なかでも平安遷都1200年を記念した京都駅の改築計画は,高さ60mの建築計画であり京都の景観問題として全国的な注目を集めた。1995年には「京都市市街地景観整備条例」(以下,新景観条例とする)が制定され,市街地景観の規制が強化されるとともに,京町家を含む歴史的な町並み景観の保全・修景をさらに推進する制度となっている。2007年にはこれまでの景観施策の抜本的な見直しとなった「新景観政策」が施行された。これまでの景観施策を引き継ぐ内容であるが,よりきめ細やかな規制が制定されており,規制強化の方向に向かったものとなっている。
 以上のように,京都市の景観に関する取り組みを概観すると,戦後の京都市の景観施策は,高度経済成長期とバブル経済期に代表されるような高層建築の出現といった都市の近代化の波にあらがう形で修正・変更が行われている。旧景観条例での工作物への高度規制や新景観条例での高度規制の引き下げは典型的な例としてあげることができるだろう。一方で,もうひとつの景観施策に底流することとして,歴史的な町並み景観の保全・修景に関する規制の強化・拡大があげられる。
4. 考察
 新景観政策では,京町家は,単なる「伝統的な建築様式」を表現する媒体だけでなく,「生活文化」を具現しうる媒体としても明記されている。
 これらのことから言えるのは,京町家は目に見える京都の「伝統的」な都市景観を構成する要素の一つとして見なされているだけではなく,「生活文化」「伝統的な暮らしや生業」といった,目に見えない文化的側面を含む媒体になってきていることである。すなわち京町家の文化的価値は,京都市の景観施策において,拡大されていることが指摘できる。
 今後は,京都市における景観施策の変遷と,京町家の保存を目的としたグループの活動や住民の生活との関わりについて,加えて,京町家の減少と景観施策の変遷がどのような関わりを持っているのかについて,にそれぞれ焦点を当てて調査を進める。

著者関連情報
© 2011 人文地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top