従来,人文,社会科学において「物乞い」は,社会学,地理学,歴史学,人類学,民俗学などにおいて研究がすすめられてきた。地理学では「物乞い」に焦点を当てたものは稀であり,「ホームレス」の研究が蓄積されている。そのなかで,「物乞い」行為は社会問題として扱われ,「ホームレス」の生計戦略の1つとして言及されるにとどまってきた。一方で,民俗学や人類学といった分野における関心は,社会問題としての「物乞い」の存在ではなく,「物乞い」の起源,その地域における「物乞い」の社会的,文化的意味,宗教との関係,および,なぜ施しが行われるのかといった点に置かれている。このように,「物乞い」という現象は同一であるにもかかわらず,各分野による「物乞い」の捉え方は,大きく異なっている。しかし,この違いについて言及し,各分野に横断する「物乞い」の研究をまとめ,蓄積の厚い「ホームレス」研究と「物乞い」の研究を接続するような議論はなされてこなかった。各分野による捉え方の違いには,それぞれの分野の抱く関心,また,対象とする時代,地域,およびその地域的文脈に即した問題意識の違いが深く関わっている。本発表は,欧米において「物乞い」が「浮浪者」,「ホームレス」という枠組みで捉えられる世俗の社会問題になっていった歴史的過程を述べ,各分野による捉え方の違いが生まれる背景について議論する。