抄録
江戸時代後期から幕末にかけて,幕府による蝦夷地警備と経営のため奥羽諸藩に割り当てられた領地は,本領に対して飛地領に相当する。諸藩はこの飛地領の要所に陣屋を構築したが,その場所については領域内の諸条件を考慮に入れつつ選定していた。本稿では,盛岡藩と仙台藩が構築した陣屋をとりあげて,その形態や構造について検討した。両藩が蝦夷地領内に構築した元陣屋と出張陣屋・屯の間には規模の違いがみられた。しかし,盛岡藩の場合,元陣屋と出張陣屋・屯所は規模の違いがみられるものの,その設計にあたって統一的なプランのもとで構築されていたと考えられる。一方,仙台藩の元陣屋は盛岡藩の場合と大きく異なる形態をとっており,仙台領内の「要害」・「所」・「在所」をふまえたプランが編み出されたようにも考えられる。