抄録
生業は,生活を営む地域の地理的,生態環境条件によってのみ決定されるわけではないが,この条件に支えられたり制約されたりする部分がその選択において決定的に重要であることは間違いない。本稿では,マレーシア・サラワク州北部に位置するグヌン・ムル国立公園に隣接するブラワン人を中心とする集落における生業の変化を,特に狩猟活動から分析する。ここで見られるのは,国立公園の設置による生業利用の制限と観光産業による現金経済の浸透にともない衰退に向かう「伝統的」生業活動の中で,狩猟だけがすたれるどころか盛んにおこなわれるようになっている逆説的状況である。このような状況が生じた要因として,本稿では狩猟という自然との付き合い方が含み持つ「楽しみ」に注目する。観光産業を主な収入源とする市場経済化した集落の社会経済的状況において,身体の躍動と不確実性,そして狩猟獣の解体の社会的役割は,他のどの活動よりも「森の民」の生を満たすものとして改めて関心が高まっているのである。そしてそれは,国立公園の隣という立地を最大限に生かした方法でもある。