比較文学
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論文
A Postcolonial Dialogue:
“Incomprehensible Nanyo” (Atsushi Nakajima)/“Faceless Japan” (Albert Wendt)
Naoto SUDO
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2005 年 47 巻 p. 260-240

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抄録

 作家中島敦は南洋体験を経て執筆した『南島譚』『環礁』(1942年)の中で、「知れば知るほど不可解な南洋」を描いている。これは、日本の南洋植民地における「同化主義」に基づく現地民像、及び自らの内に根付く西洋流の南洋観に対する抵抗の表現と見なし得る。この「南洋」を介しての帝国主義批判は、西洋人や日本人が登場しない南洋世界を舞台に「現地民の解放」という典型的植民地物語を変容させて「再寓話化」する一方、「西洋化」及び「日本化」されたエリート現地民を通して西洋及び日本の南洋オリエンタリズムを揶揄する。

 西サモア出身のアルバ—卜・ウェントは、小説『オラ』(1991年)において、「日本」を介して「脱植民地主義的自己」を提示する。中島の「不可解な南洋」と同じく、ウェントが描く「顔の無い日本」は、反植民地主義的であるという意味で逆説的に用いられている。だが、中島が植民地南洋表象の「脱日本化」(再他者化)を行うのに対し、ウェントは植民地表象(他者)の影響を受けつつも抵抗しながら「自己」を絶えず書き換えてゆく自らの「脱植民地主義」を「日本」の中にも見出す。言わば、オリエンタリズムの中の「日本」を変容させ「太平洋化」している。

 中島とウェントの「太平洋脱植民地主義」が描く文化的異種混交•ディアスポラは「根無し草」ではなく、「中心」(東京/サモア)に回帰してゆく。だがその故郷回帰は国粋化や伝統回帰ではない。彼等が回帰する「故郷」は、南洋/日本を通過して得られた新しい「他者像」と結びつき刷新される暫定的「中心」である。

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