比較生理生化学
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総説
昆虫におけるにおいの脳内表現
伊藤 伊織
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2009 年 26 巻 3 号 p. 93-100

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抄録

  脳は感覚刺激に応じて感覚情報の脳内表現を作り出す。脳内表現は各脳領域における情報処理のタスクに応じて再変換されていく。昆虫の嗅覚神経系は,ほ乳類と多くの共通のデザインを持ちながらも,神経細胞の数が比較的少ないため,このような脳内表現の変換過程を理解するためのよいモデルである。昆虫におけるにおい情報の脳内表現は触角に存在する嗅細胞に始まる。各嗅細胞は特定の範囲のにおいに応答し,におい刺激中はスパイク発火頻度を増加させる。そのため,におい情報はにおい特異的な組み合わせの嗅細胞に起こる定常的なスパイク発火として,嗅覚系の一次中枢である触角葉(嗅球に相当)へと伝えられる。触角葉の投射神経細胞は,嗅細胞からの感覚入力と局所介在神経細胞からの抑制性入力を受け,においの脳内表現を興奮と抑制からなる複雑なスパイク発火パターンへと変換する。この時,投射神経細胞の空間的な活動パターンは冗長性の多いパターンからにおい特異的でにおい識別が容易なパターンへと素早く変化する。この過程は脱相関化と呼ばれ,においのカテゴリー化・識別の両方に役に立つ可能性がある。さらに,投射神経細胞からにおい情報を受け取るキノコ体のケニオン細胞は,におい情報表現を少数の細胞に起こる少数のスパイク発火からなる時間的にも空間的にも疎(スパース)な情報表現へと変換する。このような情報表現様式はスパースコーディングと呼ばれ,連合記憶に都合が良いため嗅覚記憶に重要なキノコ体の機能によく適している。本稿では,このような脳の領域間でのにおいの脳内表現の変換とその意義について,昆虫での研究成果を中心に解説する。

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© 2009 日本比較生理生化学会
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