抄録
チャバネゴキブリの駆除には糖で甘味づけした毒餌が用いられる。しかし毒餌によって急激な淘汰圧を受けた地域では, 毒餌を食べない個体群が出現する。私たちは, これらのゴキブリが摂食促進物質として毒餌に使われるグルコースを忌避することを示し, また, 強い淘汰圧下で出現した「グルコース忌避」という適応的食物選択行動が, 味受容細胞の感受性の変異によることを, 電気生理学的手法で明らかにした。グルコースを好む野生系統(WT型)は, 他の生物種と同様に, 口器にある甘味物質感受性の味受容細胞でグルコースを受容する。しかしグルコース忌避系統(GA型)では苦味物質を感受する味受容細胞がグルコース感受性を示す。つまりGA型のゴキブリは, グルコースを甘味ではなく苦味として判断していると考えられる。また, グルコースと誘導体を用いた構造活性相関試験によって, GA型の苦味受容細胞に発現している味覚受容体の構造が, グルコースと結合するように変異している可能性があることがわかった。急激な環境変化に伴い生物個体群が適応的食物選択行動を新しく出現させる時, 味受容細胞の感受性の遺伝多型が重要な役割を果たしていると考えられる。