2019 年 36 巻 1 号 p. 51-63
昆虫の嗅覚経路は脊椎動物とも多くの共通点をもち,嗅覚情報処理のよいモデルとして研究されてきた。従来の嗅覚研究では,嗅覚受容体の機能同定および嗅覚系一次中枢における糸球体を機能単位とした情報表現の解析から,ラベルドラインや組み合わせコーディングといった情報処理様式について研究が行われてきた。近年,特にキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster: 本稿ではショウジョウバエと記載する)を用いた研究の進展から,嗅覚情報処理に関するより詳細な機構が,高次中枢における神経回路の理解とともに明らかになりつつあり,従来の見方が変わろうとしている。性フェロモン情報処理経路の全容解明に加え,生得的な匂い価値の情報表現,生態学的に重要な匂いのラベルドライン処理様式,キノコ体出力部の区画化とドーパミン修飾機構や側角構成神経の全貌が明らかになってきた。本稿では,性フェロモンと一般臭情報処理系における匂い情報表現について,ガ類と特にショウジョウバエを中心に最新の知見をまじえて概説する。嗅覚系一次中枢の触角葉から高次中枢であるキノコ体,側角,さらにその出力における情報表現を概観し,嗅覚情報処理経路の構成について考察する。