抄録
先史時代の人々が利用した植物を知るには,先史遺跡から出土した植物遺残を識別し,どのような植物を利用していたのかを知ることが必要である。日本では,低湿地遺跡から出土した植物遺残が研究の主流であったのは,低湿地出土植物遺残の方が,外形の保存が良く,識別にも都合が良かったからである。より生活に密着した,住居址等で出土する植物遺残は,ふつう炭化した状態で見いだされ,外形の保存が一般に悪く,識別が困難なことが多い。光学顕微鏡しか利用できない時代には,こうした炭化物の識別を行うのに便利な方法は,炭化物を灰にして検鏡することであった。とくに穀類を識別しようとするときには,イネ科植物の表皮細胞に多く含まれている珪酸を利用して,珪酸形骸,または灰像の珪酸塩を調べるのが唯一の方法であったといえるかもしれない。走査型電子顕微鏡(SEM)の出現により,珪酸を含まない種類の植物でも,微細構造の観察が可能になり,シソ属やアブラナ属など穀類以外の利用植物の識別例が増加した。その結果,先史時代の人々や,初期の歴史時代の人々の利用していた植物の多様な様相がわかってきた。とはいえ,研究者数の少ないこともあり,これまでの報告には地域による偏りが大きいのが現状である。これは,微細構造の観察にもとづいて正確に同定を行うには,対照植物の収集と観察などに多大の時間と労力を要することが大きな原因であろう。