抄録
縄文時代のクリの利用実態を明らかにするためには,遺跡単位の分析に基づいて,食料としての面だけでなく,木材の利用状況を具体的に解明し,総合的な解釈を行う必要がある。本稿では縄文時代後期の東京都下宅部遺跡の第7号水場遺構を対象として,遺構を構成する横架材と杭材に関し,木取りなどの形態観察と樹種同定を併用することによって,森林資源利用の様相を検討した。樹種同定の結果,大形の横架材13本にはクヌギ節1本をのぞいてクリが使われ,杭材225本にはクリが約60%と多用され,他にイヌエンジュなど計21分類群の材が使われていた。樹種ごとに杭材の木取りや原材の径をみると,クリとクヌギ節は割材が多く,原木を復元すると直径10~20 cmの材が多い。それに対して,イヌエンジュやその他の樹種は径10 cm以下の細い丸木材が主体で,樹種によって木取りと原材の径は異なっていた。この結果,クリやクヌギ節は用途に適した太さに割る材として利用されていた。クリは利用量と加工方法から選択的に多用されたことが明らかになり,その原因は,伐採効率のよさや割り裂きやすさを含めた材の性質に加え,周辺空間における木材資源量とも関連をもつと考えられた。本稿で検討した木材利用の傾向から,下宅部遺跡においては,縄文時代後期においてクリの選択的な木材利用が認められ,それに食料資源としてのトチノキやクルミの利用が加わって多角的な植物利用を行っていたことが推定された。