抄録
イチイガシは弥生時代以降に鋤鍬の素材として多用されたが,それ以前では貯蔵穴などから果実が出土するだけで,この種がいつ頃からどのような森林の中に生育していたのかは不明であった。大阪湾の北岸に位置する兵庫県神戸市垂水区の垂水・日向遺跡から出土した木材化石と大型植物化石はイチイガシを含んでおり,それを用いて縄文時代早期と中~晩期の森林を復元し,イチイガシの位置づけを検討した。解析の結果,鬼界アカホヤ火山灰(K-Ah)の降灰前には,ムクノキとケヤキ,イヌシデを主体としてモミとカヤをまじえる落葉広葉樹林が存在したのに対し,降灰後には,イチイガシを含むアカガシ亜属とクスノキを主体として,多様な針葉樹や広葉樹をまじえた照葉樹林が成立した。この森林組成の変遷は,降灰前にはコナラ亜属が少なくてカヤが多く,降灰後にはクスノキやモミ,ケヤキが多いといった違いはあるものの,大阪湾周辺で行われた花粉分析の結果と整合的であった。K-Ah の降灰後に成立した照葉樹林は,構成種の優占度では,自然状態の宮崎県の照葉樹林とは異なっていたが,種組成では共通性が高く,その他に撹乱の大きい開けた立地に生育する種を含んでいた。瀬戸内海周辺で出土している大型植物化石を合わせて考えると,イチイガシを伴った照葉樹林は,K-Ah 降灰後の縄文時代前期頃には沿岸部に広がったと考えられる。