保健師教育
Online ISSN : 2433-6890
活動報告
地区診断を通じた糖尿病予防の介入方法の検討~修士課程保健師教育における地区診断・活動展開力を目的とした実習~
峰松 恵里赤星 琴美村嶋 幸代
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2019 年 3 巻 1 号 p. 83-89

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Abstract

【目的】糖尿病有病率に差がある農村Y地区で,その理由について地区診断を通して明らかにし,地域別の介入方法を検討する.

【方法】11区別に地区踏査,住民へインタビュー.

【結果】11区を,糖尿病有病率で3つにわけた.有病率29%以上のタイプI(3区)は,昔から肉魚中心の食生活.近所付合いは盛んだが,区の集会は少なかった.有病率が15–28%のタイプII(5区)は,昔は野菜が中心で今は肉や魚中心の食生活.近所付合いは盛んで集会も多かった.有病率が14%以下のタイプIIIは農村2区と市営住宅にわかれる.前者は今も昔も野菜中心の食事で近所付合いも盛んだが,後者は若年世帯が多く,近所付合いは希薄だった.

【考察】糖尿病有病率のタイプ別の集団介入が有効.タイプIは,住民が集まる場を作り,健康教室を実施.タイプIIは,既存のサロン等を活用して健診結果を見直す.タイプIIIの市営住宅の区は,将来を見据え学校や職域と連携し,介入をする.

I. はじめに

本研究は,大分県立看護科学大学広域看護学コースにおける地域マネジメント実習の一部である.本コースでは,保健師の保健指導を行う際に必要な「人・家族の支援能力(困難事例に継続的に関わる力)」,「地域診断・活動展開力(コミュニティの課題を見出し,当事者・関係職種・組織と協働して解決する力)」,「地域看護管理力(対象の属するシステムを見出し,必要な対策を講じる力)」を実習を通して身に着けることを目的としている.ここでは「地区診断活動展開能力の育成」を目的とした地域マネジメント実習での活動内容と成果について紹介したい.

実習では,地区診断と地区活動を行いながら,必要な情報を収集し,健康課題を明確化する.そこから地域住民の潜在・顕在化した健康課題に関する地域の概要をとらえ,個人・家族・集団に健康課題解決のための手法を選択し,実践できる方策を学ぶことを目的としている.実習前に学生は実習テーマの候補を自分の関心と合わせて挙げ,打ち合わせの際に指導保健師より実習場所で抱えている問題も提示してもらい,教員と3者で相談しながら,テーマを絞り込む.テーマ絞り込みに時間を要するため,実習の打ち合わせは,実習開始の2か月前に行っている.本研究では,著者が行った実習とその成果について報告したい.テーマは,糖尿病の一次二次予防とし,実習目的は,X市のうち糖尿病有病率が区ごとに差のあるY地区に焦点を当て,その理由を地区踏査を通して明らかにし,地域ごとの介入方法を明らかにすることとした.

II. 方法

実習は2014年9月に3週間X市にて行った.実習前に地区診断を行い,実習中は,X市Y地区(全11区)の地区踏査,最終週に住民へインタビューを実施した.

インタビューは,地域の文化や住民の生活習慣,健康課題を質的に分析をすることを目的に行った.対象は,地域住民の集まるサロンや地区活動の参加者とし,サロン等に訪問できない場合は,地域のキーパーソンを実習指導者より紹介を得て家庭訪問し,インタビューした.質問内容は,世帯構成,就業状況,就農状況,地域の集まり,近所づきあい,買い物,食生活,飲酒,運動習慣,健康への意識,地域の問題,等とした.分析方法は,地区踏査およびインタビューの結果を11区ごとに整理し,糖尿病の有病率で3タイプにわけた.また,地域特性と生活習慣を健康課題と関連付けて整理し,保健師が介入可能な地域特性および糖尿病有病率のタイプ別の介入方法を検討をした.

倫理的配慮については,研究対象者に対し,研究目的,方法,参加は任意であること,不参加や途中辞退をしても不利益はないこと,収集したデータは匿名化しプライバシーを保護すること等について,文書および口にて説明し,同意書にて同意を得た.なお,研究の実施に際しては2014年9月19日に大分県立看護科学大学研究倫理安全委員会の承認を得た(受付番号958).

III. 結果

1. 既存データからみたX市の概要

X市は7町村が合併してできた人口約4万人,年少人口11%,生産年齢人口51%,高齢人口38%(豊肥保健所,2014)の農村地域だった.2014年度の国民保険一人当たりの医療費(一般被保険者)は41.8万円であり,大分県36.6万円,全国30.3万円を大幅に上回っていた(大分県国民保険団体連合会,2014).医療費の内訳は,入院外医療費の上位3位が生活習慣病で,国保加入者の生活習慣病有病率は県内18市町村中4番目に高い49.5%で,特に糖尿病網膜症の有病率が8.4%(県内1位),糖尿病のうち人工透析が2.1%(県内2位)だった.

介護保険においても,介護認定率が23.3%と高く,市民が支払う保険料は,月6250円(標準)で全国9位の高さだった(市内部データ,2014).介護が必要になった原因疾患は,要支援・要介護ともに生活習慣病が関係していた.

図1に,旧小学校区全27校区ごとの人口構成と,高血圧,脂質異常症,糖尿病,脳血管疾患(市内部データ,2014).今回焦点を当てたY地区の年齢3区分別人口は,年少人口12.6%,生産年齢人口52.7%,高齢人口34.7%だった.SMR(標準化死亡比)は,高血圧は男性126.4女性143.1,糖尿病は男性108.8女性120.1,脂質異常症は男性145.5女性122.5,心血管疾患は男性144.7女性133.5,脳血管疾患は男性182.2女性180.9だった.

図1 

X市の旧小学校区別の人口構成と生活習慣病有病率

2. データから見たY地区の概要

Y地区の国民健康保険加入者296人の過去3年分のレセプトから「糖尿病」「糖尿病の疑い」「耐糖能異常」の診断名がついた人を抽出し,Y地区全11行政区ごとの糖尿病有病率(=レセプト件数/国保加入者数)を算出した.Y地区の有病率は平均22.1±9.8,有病者の平均年齢は67.0±7.0歳,年代別にみると糖尿病有病者のうち40歳代は5.8%,50歳代は5.8%,60歳代は45.0%,70–75歳は43.4%だった.

Y地区をa~k区行政区別に分けると,有病率にバラつきがあったため,有病率の平均値から7偏差を基準に3タイプに分けた(図2).その結果,有病率が29%以上をタイプI,15–28%をタイプII,14%以下をタイプIIIとなり,タイプIは3区(a,b,c区),タイプIIは5区(d,e,f,g,h区),タイプIIIは3区(i,j,k区)だった.

図2 

Y地区の行政区ごとの糖尿病有病率

3. 地区踏査・インタビューの結果

11区ごとの地区踏査,インタビューの結果を表1に示す.a,e,i区ではサロンや地区イベントの参加者を対象とし,グループインタビューを行った.その他の区では,その地区のキーパーソンに個別インタビューを行った.対象者人数は計49名(男性14名,女性35名),対象者の平均年齢は79.3±9.3歳だった.

表1 

地区踏査・インタビュー結果

【多い世帯構成】タイプIやタイプIIは,高齢者のみの世帯や三世帯が多かった.タイプIIIは,高齢者のみの世帯と独居高齢者が多いi,j区と,乳幼児のいる若年世帯k区の2パターンに分かれていた.

【S40年の就業】g,k区以外の区は,農村地域で,特にさつまいもや里芋,米等の栽培が盛んだった.しかし,安定した収入を求め昭和40年頃から勤め人が増加した.それにより,若者が地区から離れ,区の集会や祭りが減少した.また若者が減少したことで,山の手入れも出来なくなり,住宅地や田畑に動物が出現するようになった.農作物の動物被害が多いことで,出荷を辞め家庭菜園程度になった区もあれば,d区のように農地を法人に貸し出している地域もあった.

【近所づきあい/区の集まり】農業が盛んだったころは,お互いの収穫を手伝うため近所づきあいが盛んで,区の集まりも多かった.現在は,区全体の集まりは祭り等年数回だが,サロン等一部のグループの集まりは月に1~2回行われている区もある.k区を除く10区では,隣近所や気の合う仲間同士では付き合いが多く,いつ来客が来てもよいようにお菓子が常備されていた.k区は最近出来た市営住宅で,区の集まりもなければ近所づきあいもほとんどなかった.

【食事】保存食としての漬物文化が浸透しており,高齢者は「塩辛くないとおかずじゃない」と塩分過多の食事に慣れ親しんでいた.現在はスーパーや移動販売でほとんどのものが入手可能であるが,昔の自給自足の生活が影響し,食糧は備蓄傾向だった.

【運動】年数回スポーツ大会等のイベントがあったが,集団で行う定期的(週2回以上)な運動習慣はなかった.ほとんどの人が移動に自家用車を使い,意図的に散歩をしない限り歩行量も少なかった.

【健診受診率】60%を超えているのがa,b区,40~60%が c,d,e,f,g区,40%未満がh,i,j,k区だった(健診受診率は,国民健康保険加入者の特定健診および後期高齢者健診の受診率).

4. 糖尿病有病率のタイプ別の地域特性

タイプIの3区(a, b, c)は,昭和40年代から勤め人の増加に伴い農業を辞める人も増えた.退職後に専業農家となる人もいるが,動物被害が多いことから,家庭菜園のみの世帯が多かった.食事は,勤め人が増え始めた昭和40年代からおかずに肉や魚を食べており,三世帯家族が多いため,同居の若い人に合せた肉や魚中心の食生活をしていた.また高齢者の多くが毎食漬物・味噌汁を食べ塩分が多いと自覚していた.近所づきあいはあるが,区全体で集まる機会は少なかった.健診受診率は50~70%と高く,散歩の習慣がある人も多数いた.

タイプIIの5区(d, e, f, g, h)は,昭和40年代から勤め人が増え,兼業農家や退職後に専業農家となっている.動物被害を防ぐために,畑にフェンスをしていた.昔は漬物や団子汁等野菜が中心の食生活で,現在は肉や魚中心の家庭が多かった.家族構成は3世帯や高齢夫婦のみの世帯が多かった.区の集まりは多く,近所づきあいは盛んでだった.健診受診率は40~60%,運動習慣は,散歩をする人と,農作業のみで全身運動はしていない人がいた.

タイプIIIは3区(i, j, k)のうち,i,j区は,高齢者が多い農村地域,k区は最近転入した乳幼児のいる家族が住む市営住宅だった.農村の2区は,昔の食事は麦ごはんに漬物が一般的であり,現在も高齢者夫婦のみまたは独居高齢者の世帯が多いため,食生活は野菜中心だった.健診受診率は25~40%と低く,近所づきあいはあるが,若者が少ないことから区の集まりは少なかった.k区は,最近転入してきた乳幼児のいる家庭が多く,ほとんどの人が勤め人だった.区の集まりはなく,近所づきあいも希薄だった.

IV. 考察

Y地区の食生活は,昭和40年代の野菜中心の食事から,現代の肉魚中心の食生活へ変化していた.また公共交通機関の便が悪く,車での移動が主となるため,散歩等意識的に体を動かさない限り,定期的な運動習慣を持ちづらい.一般的に,60歳代になって糖尿病を発症する人が多い(国民健康・栄養調査,2014).Y地区の場合,定年退職後に専業農家になる人も多く,60歳代がライフスタイルの変化の時期で,その後およそ20年はその生活が続くことが予測される.そのため糖尿病予防のための介入のターゲットは60歳代と考えられた.

1. 保健師が介入可能な地域特性

地区踏査・インタビューからわかったY地区全体の特性を図3「保健師が介入可能なY地区全体の地域特性:地域特性と生活習慣・身体の実態の関係性」としてまとめた.昔と比べ近所づきあいが減ったと答える人がほどんどだが,今でも向こう三軒両隣は仲が良く,ご近所同士の野菜交換は頻繁に行われている.また,サロンでは漬物が振舞われ,来客用のお菓子を常備していおり,地域の特性が個人の生活習慣や健康に影響している可能性がある.その解決の方策として,既存のコミュニティを活かした集団介入が有効であると考えた.図3の「地域の特性」のうち,「文化」「近所づきあい」「食事」に関しては,保健師の介入により改善の余地がある.その際,近所付き合いが減らないように,サロンの漬物や来客用のお菓子の代用の検討も重要であると考えた.

図3 

保健師が介入可能なY地区全体の地域特性:地域特性と生活習慣・身体の実態の関係性

2. 糖尿病有病率のタイプ別の介入方法の検討

表2にタイプ別の特徴と集団介入の方法を示す.有病率の高いタイプI(29%以上)は,勤め人が多く,現在農業は家庭菜園程度であることから,安定した収入や年金と時間に余裕があると考えられる.食事は昔から肉や魚を食べており,高齢者の多くが毎食漬物・味噌汁を食べ塩分が多いと自覚しているが,それを改善しようとはしていない.近所づきあいは盛んであるが,住民全体が集まる場はない.健診受診率が高く,散歩をしている人も多数いることから,健康への関心は高いと考えられる.このことから,集団介入の方策として,区ごとに住民が集まる場を作り,そこで健康教室を実施し,住民主体の行動変容をサポートする.また住民同士で健康や生活について話し合うことで,サロンや祭り等での漬物の振る舞い,常に用意している来客用のお菓子等の文化を変えていくことも必要であると考えた.

表2 

タイプ別の介入方法の提案

有病率が平均並みのタイプII(15~28%)では,勤め人が多く,安定した収入や年金があるが,農業は定年退職後の世代が中心となり農作物の出荷も盛んであるため,時間の余裕はあまりない.近所づきあいが盛んで,現在も区の集まりが多く,健康への関心はある.しかし農作業をしているため,特別な運動習慣のある人は少なかった.タイプIIへの集団介入としては,既存の寄合やサロン等を通して健診結果の見直しや食事・運動についての健康教室を実施し,地域ぐるみで生活習慣を見直す機会を設けることが必要であると考えられた.

有病率の低いタイプIII(14%以下)は,農村2区(i・j区)と市営住宅(k区)で地域特性が異なっていた.農村i,j区は,生活習慣病の予防に関しては現状維持でよいと考える.市営住宅のk区については,現在は生活習慣病が出現していないが,今後タイプIへ移行の可能性があるため,将来を見据え青年期・壮年期への働きかけが必要である.しかしk区は近所づきあいは希薄で,区の集まりがないことから,地域への集団介入の効果は薄い.また健診受診率が33%と低いことから,健康への関心も低いと考えられる.そのため,健診や育児教室への参加呼びかけを行い,その中で子供の将来の健康を考えるという形で生活習慣の見直しを促すことが必要である.

3. 実習での地区診断の限界と課題

3週間の実習中に地区診断を行うことには限界があるため,実習前から既存資料の整理や実習テーマに関する保健事業や会議への参加を通して,保健事業の在り方や実際を深める必要があった.また実習後も,実習成果として得られた情報を分析し,データや事実に即した実習結果から,抽出された地域の健康課題を解決するための働きかけの方策を検討した.さらに,保健師が介入可能な方法としてその方策を様々な理論やモデルに置き換えて考察していくことが求められた.

今後の課題として,Y地区のインタビュー結果から地域の比較指標としての尺度を作成し,X市の他地域の地区診断への汎用につなげたい.

謝辞

実習を受け入れてくださいましたX市健 康 推 進 室の皆様,インタビューを受けてくださいました市民の皆様に心から感謝申し上げます.

文献
  • 厚生労働省(2013):疾病と食事,地域の関係をみる,https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/dl/chiiki-gyousei_03_07.pdf(検索日:2018年11月24日)
  • 厚生労働省(2014a):平成24年国民健康・栄養調査報告,https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou/dl/h24-houkoku.pdf(検索日:2018年11月24日)
  • 厚生労働省(2014b):第5期介護保険事業計画期間に係る介護サービス量の見込み及び保険料(第1号保険料)について,https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002axxr-att/2r9852000002ay0l.pdf(検索日:2019年2月18日)
  • 村嶋幸代(2016):平成25–27年度科学研究費助成事業挑戦的萌芽研究報告書 修士課程における保健師教育の開発と評価―日本からの発信.
  • 大分県国民健康保険団体連合会(2014):6.一人当たりの費用額および受診率,糖尿病一人当たり費用額および受診率―国保分,疾病分類別統計表―平成26年度5月診療分,7, 18.
  • 豊肥保健所(2014):1(4)年齢3区分別人口・割合の推移,平成26年度豊肥保健所報,6.
 
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