抄録
西洋型の近代化理論に対して、地域の伝統を背景に自然資源の有効利用を目指すヒューマニスティックな地域開発のモデルとして、鶴見和子をはじめとする社会学者が「内発的発展モデル」を理論化してきた。日本の民俗学研究を基礎とした本理論は、水俣水銀汚染問題や鮎川浜の小型沿岸捕鯨などの日本のコミュニティー研究のフレームワークとして用いられてきた。さらに「内発的発展モデル」を日本以外のコミュニティー研究に応用しようとする試みも見られる。本論文では世界的な反捕鯨運動の流れに反して、商業捕鯨を続ける北部ノルウエーの小規模な沿岸小型捕鯨のコミュニティーを取り上げ、捕鯨活動の社会・文化的、商業的な重要性を分析し、さらに「内発的発展モデル」が理論的フレームワークとして応用できるかどうかを考察する。
南氷洋捕鯨などで世界有数の捕鯨国として知られるノルウエーには、あまり知られていない小規模な沿岸捕鯨業がある。大規模な捕鯨業の歴史を背景に、ミンククジラを主に捕獲する小型捕鯨業は1920年代頃に始まり、北部ノルウエーを中心に定着した。大規模な捕鯨業が鯨油や鯨の髭の生産を目的としていた事に反して、小型捕鯨業は初期の頃から鯨肉と鯨油の生産と消費を目指した、地域に根ざした捕鯨業である。これまでに自然条件や管理規制などにより多少の盛衰を経てきたが、一貫して安定した操業をしてきた。1982年に国際捕鯨委員会は商業捕鯨全面禁止(モラトリアム)を決定した。この決定に対しノルウエー政府は異議申し立てを行ったが、1988年にはノルウエー政府の自主的決定のもとに小型捕鯨を一時的に中止した。モラトリアムの影響は北部ノルウエーにおいて顕著であり、人々の経済的、精神的なストレスが明らかになり、ついに1993年ノルウエー議会の決定により小型捕鯨の操業が再開された。
ノルウエーの小型捕鯨の歴史的発展と現状を考察することにより、「今や鯨は見るものである」とする圧倒的な反捕鯨の「外発的」プレッシャーに対し、地域の捕鯨を続ける事により鯨を捕り、食べる伝統を守り続ける北部ノルウエーの捕鯨者の「内発的」努力を考える。