リンゴ(Malus × domestica Borkh.)は我が国で2番目に大きな生産量を持つ果樹であり,多くの公設研究機関や民間育種家によって交雑育種が行われている.他方,研究の進展に伴って,多くの重要形質においてDNAマーカーの開発が進められている.交雑育種においてDNAマーカーは交雑親,および後代実生の選抜に利用することができ,育種の効率化に貢献する.農研機構ではDNAマーカーを積極的に活用したリンゴ育種を推進しており,本総説はこれまでに得られている知見を総覧することを目的とする.農研機構においてDNAマーカーを利用している形質は,黒星病(Rvi6),斑点落葉病(Alt)に対する病害抵抗性,および果皮の着色(MdMYB1)や果肉の食感など(MdACS1, MdACO1, MdPG1)の果実品質に関する形質,さらに省力栽培適性を有するカラムナー樹形(Co)である.また,自家不和合性(Sハプロタイプ)や致死遺伝子(l = MdPHYLLO)については選抜に用いることはないが,DNAマーカーを用いて育種素材の遺伝子型を確認している.本総説では,これらの遺伝子型を検定するためのDNAマーカーについて,背景となる科学的知見,および遺伝子型の検出方法,そして選抜の結果として期待される表現型への効果について述べる.また,主要なリンゴ品種,および育種素材・系統の遺伝子型について一覧にして示し,その管理用プログラムの開発について述べる.さらに,特定の遺伝子に連鎖するDNAマーカーでの選抜がもたらす,他の遺伝子に対する間接的選抜の効果についての議論を行う.