抄録
本研究は、森永ヒ素ミルク中毒事件における被害児家族という共同体において形成された感情とその変容過程を、感情史と現象学的質的研究との二つの視座によって描き出すものである。そしてそれらが、共同体における実践にいかなる影響を及ぼしたかを考察することによって、よりよい支援のあり方を明らかにすることを目的とする。一次資料には、セルフヘルプ運動を主導した岡崎哲夫が編纂した『森永ミルク事件史』(1957年)を用い、語りの中に表れる怒り、不安、絶望、孤独、連帯などの多様な感情を文脈と語りの形式に着目し、分析を行った。その結果、語られた感情、語られなかった感情の層、感情の共同性とその断絶、専門職などの支援者との葛藤などが浮かび上がった。これらのことから、史資料に基づく被害体験の言語化が「生きた証」としての意味をもち、感情史研究に基づく対人援助における感情理解とオルタナティブな支援の可能性が示唆された。