印度學佛教學研究
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滅無因説に関するダルモーッタラの解釈について
酒井 真道
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2010 年 58 巻 3 号 p. 1241-1245

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抄録

ダルマキールティによって体系化された,刹那滅論証の新たな論証形式がその後の刹那滅論証の方向性を決定付けたのは言を俟たない.この論証では存在するものが効果的作用能力を持つものとして規定され,刹那滅でないものが継時的にも同時的にも効果的作用を為すことが出来ないことを根拠に,刹那滅でないものの存在性が否定される.一方,この新論証の登場により,滅無因説を核心とする伝統的論証は刹那滅論証の主流から外れることになった.論理学的な観点から言えば,新論証の登場は伝統的論証の存在価値を完全に奪い去ってしまったと言っても過言ではないが,実際のインド仏教史において伝統的論証は最後まで姿を消すことはなかった.その一因として,伝統的論証に対するダルマキールティ後継者たちの取り組みが挙げられる.本論で注目するダルモーッタラは,伝統的論証の核心である滅無因説を新論証の枠内に取り込み,その枠内で滅無因説に新たな機能を与えることに従事している.彼の著作Ksanabhangasiddhiには,刹那滅でないものでも共働因に依存すれば継時的に効果的作用を為すことが可能であると主張し,そのような共働因の喩例としてハンマー等の消滅原因を挙げる対論者が登場する.彼らはこの説によって,新論証における論証因「存在性」が不定であるとするが,ダルモッータラは,共働因の喩例として挙げられる消滅原因を否定することにより,論証因「存在性」が確定因であることを立証する.すなわち,共働因の喩例としての消滅原因は不成立であるから,喩例によって説明された事柄である「刹那滅でないものでも共働因に依存すれば継時的に効果的作用を為すことが出来る」という説も不成立となり,論証因は確定因となる.このようにダルモーッタラは,滅無因説を新論証の枠組みの中に組み込み,それに新たな機能を与えているのである.

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© 2010 日本印度学仏教学会
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