印度學佛教學研究
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  • 置田 清和
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1043-1048
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    2010年に出版された画期的な著作において,Yigal Bronnerはサンスクリット文学におけるśleṣaの歴史を辿っている.しかしその著作においては,プラーナ文献におけるśleṣaの可能性が全く考慮されていない.プラーナ文献の中でもバーガヴァタ・プラーナはその神学的内容の深さと文学的価値の高さによって知られている.その作成年代は学者によって意見が異なるが,早ければ7世紀,遅ければ10世紀頃に推定される.この時期はBronnerによると詩人たちがより広くśleṣaを活用していった時代にあたる.従って,時代的な流れという点では,バーガヴァタ・プラーナにおいてśleṣaが使われていても決して不思議ではない.この論文では,バーガヴァタ・プラーナ10巻29章に焦点を当て,注釈書の説明に従いながらこの章においてśleṣaが使用されている可能性を探る.そしてプラーナ文献においてśleṣaが使用されている可能性が,サンスクリット古典文学史において持つ意味について検討してみたい.

  • 尾園 絢一
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1049-1054
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    a語幹名詞に--を付して作る名詞起源動詞(denominative verb)においては,しばしば,名詞語幹末のaが延長することが知られている(i.e. -a-yá- > -ā-yá-).この延長について,これまで様々な説明が提案されてきたが,確定的な見解はない.延長を単一の起源に求めることは困難である.

    名詞起源動詞はさらに実体詞起源(desubstantive)と形容詞起源(deadjective)とに分けて考えることができる.『リグヴェーダ』ではa語幹から作られた-ā-yá- 語幹は形容詞起源(deadj.)のものに多く見られ,実体詞起源(desubst.)のものはaśvāyá-, yajñāyá- などに限られる.また「~を求める」という意味を示すa語幹実体詞起源の-āya- 語幹はRVではaśvāyá- に限られる.形容詞起源の -āyá- 語幹の多くは状態又は性質を表し,ヴェーダ語のa語幹具格形-ā́又は副詞からつくられた可能性がある.『リグヴェーダ』以降になると,実体詞起源のものにも -ā-yá-という形が拡大した.

    他方,『リグヴェーダ』以来,具格-ā́に起源を持つ副詞とkarbhavi, asによる分析表現が見られる.また,-ā́で終わる擬態語とkarの組み合わせも見られる.『リグヴェーダ』では多くの場合,karと組み合わせて「~をする」(objective),「~を~にする」(factitive)の意味で用いられる.古典サンスクリット,中期インド語では,-ā́で終わる副詞又は擬態語を基にした名詞起源動詞(denom.)が生産的になる.パーニニはāḍāc)+karāḍāc)+denom. yakyaṣ)とが交替可能であることを教える.またdenom. -āyatekyaṅ)は,cvi形成法の代わりにも用いられる.これらのことは形容詞起源の-ā-yá- 語幹が具格又はそれを起源とする副詞に由来することを間接的に支持するものと理解し得る.

  • 髙橋 健二
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1055-1058
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    『ブリグとバラドヴァージャの対話』(Bhṛgubharadvājasaṃvāda, Mahābhārata 12.175–185)において,ブリグは,人間存在は五元素からなり,自己は火あるいは風として頭部に存在すると説く.その教説に対してバラドヴァージャは,(1)死に際して火あるいは風としての自我は観察されることはなく,(2)またもし自我が火あるいは風であるとするなら,人間存在の死と同時に自我は五元素に還元されてしまい,自我は消滅してしまうのではないか,と質問する.ブリグはその論難に対して,五元素は,形のあるもの(地・水)と形のないもの(火・風・空)に分類することができ,死に際して火としての自己は風とともに肉体を離れ,空に帰入するのであって,完全になくなってしまうわけではない,と返答する.ブリグの議論は,五元素を形のあるものと形のないものに分け,そして火あるいは風としての自我の死を,火と風が空に帰滅する現象として説明することで,臨終時において自我が認識されないにもかかわらず,死後も存続するという説を擁護しようとするところにその哲学的独創性があることを指摘する.

  • 呂 鵬
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1059-1064
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    Vedāṅgajyotiṣa(VJ)はヴェーダ補助学の一つであり,ヴェーダ祭式を間違いなく行うために暦と祭式日時の計算方法を説き,インド最古の数理天文学とされている.テキストにはリグヴェーダ系のĀrcajyotiṣa(RJ)とヤジュルヴェーダ系のYājuṣajyotiṣa(YJ)と呼ばれる二つの伝承があり,その注釈としてはYJに対してSomākara(年代不明)が施した古注のみが現存している.本論文はSomākara注の中でGargaに帰せらる引用が多く見られることに注目し,その内容を分析する.Gargaは三世紀頃の学者であって,GārgīyajyotiṣaGargasaṃhitāなど一連の文献群の作者とされている.Somākara注に見られるGargaの詩節は,従来研究されてきたGarga作品にある占星的な内容と異なり,数理天文学,特にVJに述べられている古い天文学に従う解説,およびそれに対する補足説明である.このほか,わずかではあるがヴェーダ祭式の点からの天文学に対する見解も含まれている.具体的には五年周期の神格についての教え,太陽・太陰・暦日・星宿という時間の四つの尺度についての教え,月の観測が祭式の日の選定に用いられることと,「lava」と呼ばれる一日の下位の単位の使用などの内容が述べられている.このことはGargaがVJに精通していたことと,Garga文献群が内容的に豊富であることと,VJ天文学の内容がRJとYJ両テキストに残されているもの以外に,ある程度の伝承とその発展があったことを示唆する.また,Gargaに帰せられるこれらの詩節はこれまでは出典不明とされていたが,最近出版されたGargaに関する研究論文と合わせて検討したところ,「dvilavonam」を含む一節が実はGārgiiyajyotiṣaの中にある(若干異読あり)ことが確認できた.したがってSomākara注にあるGargaのほかの詩節もGārgiiyajyotiṣaに由来する可能性が高いと推察される.SomākaraがManusmṛtiなどの古い文献から正しく引用していることを考慮すると,ここのGargaの引用も正しいと思われる.最後に,Siddhāntaと呼ばれるインド中世天文学の特徴が見られないことや,数字の表現方法や,韻律などの点から考察すると,これらの詩節の作成年代はSiddhāntaより前であり,紀元後三世紀頃であると推測される.この年代もまたGargaおよびGārgiiyajyotiṣaの年代に関する最近の見解を補完するものである.

  • 渡邉 眞儀
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1065-1069
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    ヴァイシェーシカ学派において,運動(karman)は6つ(後世では7つ)の基本的なカテゴリー(padārtha)の1つに数えられている.同学派の根本聖典である『ヴァイシェーシカスートラ』(VS)では,運動は結合(saṃyoga)・分離(vibhāga)の原因として定義されており,後の『パダールタダルマサングラハ』(PDhS)でもこの定義は表面上踏襲されている.しかしながらこの定義が持つ意味合いは,VSとPDhSで大きく異なっており,それには同派の理論体系の歴史的変遷が関係している.

    まずVSの記述では,有限の大きさを持つ,原子などの通常の実体同士の結合・分離のみが想定されている.しかしそれぞれの運動は,このような結合・分離を生み出す場合とそうでない場合がある.それゆえ,「運動は結合・分離の原因である」という定義は選択的なものであり,すべての運動に適用されるわけではない.一方でPDhSでは,方位(diś)の一部である方位点(dikpradeśa)との結合・分離という概念が導入された.この概念を利用することで運動は,「元いた場所に相当する方位点から分離し,別の方位点と結合すること」と言い換えられる.この変革によって,「運動は結合・分離の原因である」という定義はあらゆる運動に適用されることになり,運動という概念を理論的に説明するための基盤となった.このような理論的転換の背景には,方位を虚空(ākāśa)と区別し,それに時間(kāla)と対になる空間的実体としての役割を担わせようとしたPDhSの作者プラシャスタパーダの構想がある.彼はVSの運動の定義を維持しながら,それに数学における空間座標の概念に相当するような,全く新しい観点を持ち込んだと言える.

  • 眞鍋 智裕
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1070-1075
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    アドヴァイタ学派においては,この多様な世界は唯一の精神原理であるブラフマンから顕れ出たものとされる.この多様な世界は,精神的な存在と物質的な存在に二分され,そのうちの精神的な存在も,目撃者(sākṣin),主宰神(īśvara),個我(jīva)の三つに分類される.アドヴァイタ教学史において,唯一のブラフマンからのこれら三者の分立の問題に関して顕現説(ābhāsavāda),映像説(pra­ti­bi­mba­vā­da),限定説(avacchedavāda)の三説が存在することはよく知られている.

    16世紀に活躍したアドヴァタ学派の学匠マドゥスーダナ・サラスヴァティー(Ma­dhu­sū­dana Sa­ra­svatī)は,その著書Siddhā­ntabindu(SB)において,上記三説に加えて知覚創出説(dṛ­ṣṭi­sṛṣṭivāda)を提示し,これこそがヴェーダーンタの定説であると述べている.しかし一方で,マドゥスーダナは,彼のBhagavadgī­tā­gūḍhārthadīpikā(BhGGAD)のBha­ga­vadgītā(BhG)7.14に対する註釈箇所において,ブラフマンからの目撃者,主宰神,個我の分立を説明するにあたり,顕現説あるいは映像説を前提としているように思われる.

    したがって本稿では,マドゥスーダナの顕現説と知覚創出説とに関する記述を検討し,彼が知覚創出説を定説としながらも顕現説に基づいているように見えるのは何故か,という問題を考察した.知覚創出説は,目撃者,主宰神,個我の分立の説明理論を顕現説に依存し,それに現象世界の創出の理論である知覚創出理論を接合してできたものであると考えられる.したがって,マドゥスーダナが知覚創出説を定説としながらも顕現説に基づいているように見えるのは,知覚創出説が,目撃者,主宰神,個我の分立の問題に関しては顕現説と違いがないから,と一先ず言うことができる.

  • バンチャード チャオワリットルアンリット
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1076-1080
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    パーリ語注釈書は,仏教学のみならず,古代インドの歴史,文化,言語など,多様な分野の学者に有用な情報を提供する膨大な資料集と言える.特に,パーリ三蔵の批判校訂版を作成する際には,その重要性がさらに高まる.本論文は,Dīghanikāyaとその注釈書であるSumaṅgalāvilāsinīに焦点を当て,シンハラ文字,ビルマ文字,コーム文字,そしてタム文字による,四つの貝葉写本伝承から収集した45本の貝葉写本に基づき,パーリ三蔵の新批判校訂版の作成作業において,例を挙げながらどのように注釈書を利用するのかを説明する.

    注釈書の利用方法に関しては,少なくとも四つ挙げられる.①「校訂版の目指すところとして」利用する.パーリ三蔵の校訂版の作成目的は,できる限りその原本に遡ることにある.しかし,長時間にわたって成立しつつ伝承されてきたパーリ三蔵の場合,その原本が流動的なものであり,どのパーション,またはどの時代の原本を目指したら良いかという問題がある.そこで,多くの学者が同意するのは,ブッダゴーサが注釈書を編纂した時には,パーリ三蔵が我々が見る現在の形に,既に固定されていたはずだということである.ここから,再建されるパーリ三蔵のテキストは,マハービハーラ派の原本をその目標とする.②「注釈書における聖典引用」を利用する.最適な条件下では,その引用部分はブッダゴーサが当時見たもののはずである.③「注釈書の説明文」を利用する.そして④「注釈書に見いだされる古異読」を利用する.

  • スチャーダー シーセットタワォラクン
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1081-1086
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    コーム文字は,特にコーム/クメール文字の起源であったシャム王国とクメール王国に於いて,何世紀にもわたり,パーリ三蔵の貝葉写本に刻印されてきた.しかし,今まで,シャムとカンボジアのコーム文字の貝葉写本が同一あるいは異なる起源を有するのかどうかは不明である.また,カンボジアとタイのパーリ三蔵の貝葉写本について研究を行った研究者の間でも,この問題に関して意見が異なっている.

    東南アジアの仏教史,特にシャム王国とクメール王国の仏教史研究によると,クメール王国での上座部仏教とパーリ三蔵の貝葉写本の伝来の証拠は不十分であり,入手可能な証拠は間接的である.一方,シャム王国と関連する史籍は,シャム王国の領域に於ける上座部仏教とパーリ三蔵の貝葉写本の伝来に関する具体的な証拠を示している.しかし,両国の写本伝承が同一あるいは異なる起源を有するのかどうかを解明するには不十分である.

    本論文は,「パーリ三蔵のコーム文字貝葉写本の起源に関する問題―タイとカンボジアで発見された貝葉写本を中心に―」という論文の続編である.さらに,本論文はタイとカンボジアで発見された貝葉写本から選択されたものに記されているMajjhimanikāyaのテキストと,関連する伝統のものとを比較して,タイとカンボジアで伝承されるパーリ三蔵のコーム文字貝葉写本の起源を考察することを目的とする.

  • 清水 俊史
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1087-1090
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    上座部註釈家ダンマパーラ(Dhammapāla,十世紀)の著した文献には,北伝仏教の資料が好意的,もしくは非好意的に引用される事例が確認できることが報告されている.本稿は,これまで発表されてきた諸成果に加え,ダンマパーラ著『論事復々註』(Kathāvatthu-anuṭīkā)の中有否定論において『倶舎論』(Abhidharmakośa-bhāṣya)からの逐語的引用が確認される点を指摘し,その思想的特徴を検討した.結論として,ダンマパーラは,世親(Vasubandhu,五世紀)がしばしば評されるところの「理長為宗」の立場にあり,上座部説を擁護するためならば積極的に北伝資料から理論を導入し,もし北伝資料に上座部説に違背する記述があるならば,それを引用してたとしても上座部説の立場から批判していると考えられる.本結論は,これまで総じて没個性的であるとされてきた上座部註釈家の思想的一面を明らかにしたのみならず,南北仏教の思想的交流を検討する上で,重要な一視点を与えている.

  • 渡邉 要一郎
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1091-1095
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    O. H. Pindにより既に指摘されているように,Kaccāyanasuttaniddesa (15世紀)はKacc 1がブッダの言葉に他ならず,Kaccに対する「序文」(pubbavākya)とする解釈を示す.本研究では,Pindが用いなかった他のKacc注釈文献を用い,この「序文」説の変化を辿る.「序文」説が最初に見られるのはMukhamattadīpanī(10–11世紀)であるが,同書ではKacc 1を「序文」とする解釈は異説とされ,また,「序文」も,特にブッダに帰せられている訳ではない.Mukhamattadīpanīporāṇaṭīkā(12世紀)においても同様である.Kaccāyanasuttaniddesaは,従来異説とされた「序文」説を採用しKacc 1をsuttaではなく「文」(vākya)とし,Kacc 1をsutta群本体から外部化している.同書はさらにKacc 1をブッダが語ったものであるとする枠物語の構成をKaccに付与する.また,この枠物語で用いられている説話は,上座部の伝統に基づくものではなく,『根本説一切有部毘奈耶雜事』に由来するものであると指摘されている.Kaccāyanasuttavaṇṇanā(16世紀)はKacc 1をsuttaの一つとする立場に回帰するものの,Kacc 1をブッダの言葉とする点では上記の立場を継承し,異なるヴァージョンの枠物語を記述する.

  • 左藤 仁宏
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1096-1099
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    説出世部に属する仏教文献Mahāvastuには,「観察経」(Skt: Avalokita Sūtra)という同名の経典が二つ含まれている.このうち第二の「観察経」が本稿の主題である.この第二の「観察経」は,降魔成道の仏伝記事を記載しながら,戒蘊の功徳や仏塔崇拝の功徳に関する説法の記述をも含んでいる.同経には,仏塔崇拝の功徳が説かれる箇所で逐語的に平行する文献が二つ存在する.先行研究は,それら二経と「観察経」は同一の源泉を有し,その源泉は仏塔崇拝の功徳を主題とした単一経典であっただろうと指摘しており,その見解は穏当なものと思われる.そしてその理解に基づけば,「観察経」に含まれている,仏塔崇拝の記述を除いた箇所,特に仏伝記事はその祖型経典に対する付加ということになる.

    そこで本研究は,祖型経典から「観察経」への変容の痕跡を求めて,「観察経」の構造を示した.「観察経」をその内容から導入部分と仏伝部分と説法部分とに三分し,その仏伝部分の内容的な不整合を指摘した.そして,「観察経」はその制作過程で他の仏伝ソースからパッチワーク的に記事を流用,付加されたために,その仏伝部分に内容的な不整合を抱え込んだのだろうと結論した.さらに,仏伝記事の付加が「観察経」に内容的不整合をもたらす一方,その仏伝記事の流入と同じく祖型に対する付加と見なせる箇所(導入部分の一部と説法部分の一部)は内容的な不整合をもたらさないことに言及し,内容的な不整合をもたらす付加ともたらさない付加との対照を指摘した.

  • 堀内 俊郎
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1100-1105
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    10章から成る『楞伽経』のうち本体部分といえる第2章から第8章は,世尊と大慧との対話で構成されている.そのうち第2章の冒頭部は以下のような構成となっている.大慧讃仏vv.1–8;〔偈問と偈答〕大慧請問v.9―世尊応諾vv.10–11;百八問vv.12–59-偈答(百八答)vv.60–98;〔百八句〕;〔正宗分〕.

    そのうち,百八問と百八答は,一読してわかるように,奇妙な対話となっている.大慧の質問に対して世尊は直接的に回答をすることなく,順序を変えて大慧の質問を繰り返しているのみだからである.しかし,当該箇所を経本体との関連を念頭に検討したところ,以下のような結論を得た.

    世尊の回答のうち72–79偈は独特の位置を占め,大慧が聞くべきであった質問と位置付けられる.そして,それは極微に関するもので,『十地経』第八地の記述との関連が予想される.そして,大慧の百八問に対する世尊によるそれ以外の回答(62–71, 80–96)は,どうしてそういうことを聞くのかという,たしなめであると理解される.

    一方,世尊が回答していない部分は,経本体で回答されていることがある.「偈頌品」に対応がみられることすらある.

    ゆえに,本箇所の意義は従来考えられていたように意味のない質問とその繰り返しではなく,一定程度の構想をもって構成されたものとみられる.

    なお,『楞伽経』の注釈者である智金剛(Jñānavajra)は,世尊は62偈から大慧の質問を繰り返したのち,70c偈で,それらは唯心であるという回答を与えていると解釈している.

    では,世尊によって偈答でもって回答(繰り返され)され,質問すべきではないとたしなめられた質問の意義は何か.智金剛によれば,大慧の質問の意義は,人々に,主に決択されるべき意味は,一切を包摂する心の法性である真如であると理解させることにある.これは経全体の基調からいって,穏当な解釈であると思われる.

  • 西 康友
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1106-1111
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    梵文法華経(Saddharmapuṇḍarīka,SP)は初期大乗仏教経典のうちで最古の一つと見做されている.3つの漢訳経典が現存するが,このうち鳩摩羅什訳『妙法蓮華経』は東アジアにおいて,多くの経典・思想・文化の形成・発展に大きな影響を与えてきた重要経典の一つである.SPと漢訳法華経に関連する諸問題,とくに『妙法蓮華経』との諸問題解決や妥当な解釈等を得るためには,SPと漢訳法華経との対照研究や漢訳法華経の原語研究が不可欠である.

    この原典とされるSPは,仏教混淆梵語(Buddhist Hybrid Sanskrit, BHS)の代表経典の一つであり,中期インド・アリアン(Middle Indo-Arya, MIA)語が多く見られる.ケルンとエジャートンはSP原形がMIAで編纂され,時代とともに伝承されるにしたがって梵語化されたと提唱している.辻はこの提唱を研究を深め,次の(i),(ii)を指摘している:(i) SP偈文にMIAが頻出,散文にSkt.が頻出するが,散文に若干のBHSが散見される;(ii)伝承の間に種々の程度の梵語化が起り,現存の写本が生じたものと考えられる.

    筆者は以前の研究で,この議論に関連した以下の2例証を見出した:(1) 2同義語MIA krīḍāpanaka- (BHS),Skt. krīḍanaka-;(2) 3同義語MIA sāntika- (BHS),MIA santika- (Pāli),Skt. antika-.その後,同様に別の例証を見出した:3同義語MIA acintika- (BHS),MIA acintiya- (Pāli),Skt. acintya-.本稿ではKern-Edgertonの提唱と辻の指摘に関連した第3例証について検証する.

    16 Saddhp校訂本を取り扱い,3同義語MIA acintika- (BHS),MIA acintiya- (Pāli),Skt. acintya-の出典言語分布の調査結果を作表した.表によると,辻の指摘(i)と(ii)を示すと考えられ,この議論の第3例証である.なお,本稿の論考だけではSP原形の使用言語がMIAのみ,Skt.のみ,MIAとSkt.との混合のいずれかであったかについて結論できない.

    今後,この問題等を解決するためには,SP写本・断簡ローマ字転写校訂本の総索引等を作成することにより,SP写本・断簡間に多数の同義語を検出し,その出典言語分布について議論を展開することが必要であろう.Saddhp研究をさらに深化させることで,SPと漢訳法華経に関連する諸問題解決を見いだすことに期したい.

  • 西山 亮
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1112-1117
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    清弁(Bhāviveka, 6c)が彼の二諦説のなかに二義的な勝義を設けていることは,夙に指摘され,彼の思想の特徴とされてきた.『般若灯論(Prajñāpradīpa)』においてその二義的な勝義の一つとして無分別智(nirvikalpajñāna)が挙げられ,それは一義的な勝義である真実(tattva)を対象とする智である.筆者が着目したいのは,『思択炎(Tarkajvālā)』において清弁が,この真実を対象とする無分別智とは別の無分別知に言及していることである.『中観心論(Madhyamakahṛdaya)』第3章冒頭部において清弁は,智慧(prajñā)を二諦に即して二種に分け,勝義的な智慧と慣習的な知恵とを区別する.勝義的な智慧は真実を対象とする智すなわち無分別智であるが,一方で,慣習的な知恵の働きとして相(lakṣaṇa)の決択を置く.後者は『思択炎』において,自相(svalakṣaṇa)を対象とする無分別知であり,つまりは直接知覚(pratyakṣa)のことである.「分別を介在させない」という意味では,勝義的な無分別智も慣習的な無分別知も同じ働きを持つと言えるが,果たす役割が相違することに注意が向けられるべきであろう.本研究は,清弁の言及する二つの無分別知が,その背景となる二諦説の中でそれぞれどのような役割を担うのかを解明する試みである.

  • HAM Hyoung seok
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1118-1123
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    本稿はシャーンタラクシタ著『真理綱要』Śrutiparīkṣā章に挙げられるミーマーンサーのヴェーダ著者不在/非人為性を分析する.シャーンタラクシタはバーヴィヴェーカが『中観心論』「ミーマーンサー章」で行なう批判も適用するが,最終的にはダルマキールティの批判を主に採用する.シャーンタラクシタが紹介するバーヴィヴェーカの主張は,1)仏典にも著者は存在しない,2)ヴェーダ作者の存在は証明可能である,の二点である.しかしながら,シャーンタラクシタはバーヴィヴェーカの主張と同様の議論をクマーリラに対する反駁として使用している.更に,最終的にシャーンタラクシタが採用する主張はダルマキールティの「ヴェーダは如何なる意味も持っていないテキストである」というものである.本研究は,シャーンタラクシタによるミーマーンサー批判の中でバーヴィヴェーカの見解が導入されていることを明らかにする.それにより『中観心論』と『真理綱要』にはいかなる関係もないという先行研究の見解を訂正する.

  • 米澤 嘉康
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1124-1130
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    中観派を自認するチャンドラキールティ(ca. 600–650)は,自らの著作において,先行するバーヴィヴェーカを批判している.その批判におけるキーワードは,『中論』の註釈書である『プラサンナパダー』に登場する「自立論証(svatantram anumānam)」だと考えられてきている.しかしながら,管見の限り,この用語は『プラサンナパダー』以外では用例がない.

    本稿は,バーヴィヴェーカの『般若灯論』やチャンドラキールティの『プラサンナパダー』における「自立(svatantra)」と「論証(anumāna)」という語の用例を検証し,「自立論証(svatantram anumānam)」という用語の妥当性について疑問を呈している.

  • 横山 剛
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1131-1136
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    チベット語訳でのみ現存のみ現存するチャンドラキールティ(Candrakīrti, 600–650頃)の『中観五蘊論』(Madhyamakapañcaskandhaka)は,中観派の立場から補足と訂正を加えながら説一切有部の法体系を解説する小型の論書である.筆者は同論が仏教の初学者が無我を理解するための入り口として有部の法体系を解説していることを指摘した(『印仏研』64(3),2016,164–168頁).本稿では同論の性格を示す教理的な点として,同論に説かれる類似する諸法の区別について考察する.

    まずは『中観五蘊論』において(1)識(vijñāna)・想(saṃjñā),(2)作意(manas­kāra)・定(samādhi),(3)欲(chanda)・渇愛(tṛṣṇā),(4)勝解(adhimokṣa)・作意(manaskāra),(5)忿(krodha)・恚瞋(vyāpāda)・害(vihiṃsā)に関する区別が説かれることを指摘し,それぞれの区別の要点を示す.次に同論にみられる区別が心所法(その中でも特に大地法)に集中している点に注目し,その背後に人間の精神的側面の分析に重きを置くインド仏教の伝統があることを指摘する.そして『入阿毘達磨論』や『五蘊論』などの法体系を概説するその他の論書が諸法の定義のみを簡潔に説く点と比較すれば,『中観五蘊論』に説かれる諸法の区別が初学者の法体系の理解を助ける役割を果たしていることを指摘する.さらに本稿では,同論に説かれる諸法の区別が有部アビダルマに説かれる類似する諸概念に対する包括的な理解につながる例として(5)の区別に注目する.そして(5)の区別と恚(pratigha)の定義を総合することで,有部アビダルマにおける怒りに関する諸概念を体系的に理解することが可能であることを指摘する.

  • 新作 慶明
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1137-1142
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    チャンドラキールティ(Candrakīrti)作『プラサンナパダー』(Prasannapadā, PsP)の各章末には,教証があることが知られている.第18章末には,『八千頌般若』(Aṣṭasāhasrikā Prajñāpāramitā, Aṣṭa)が大部にわたって引用されている.その第18章に引用されるAṣṭaについて,PsPサンスクリット語テキスト(PsPSkt)とPsPチベット語訳(PsPTib)を比較すると,大部分が一致するも,「中略」後,引用を再開する直前のテキストに顕著な相違があることが確認される.そのテキストの相違について,(a) PsPSkt,(b) PsPTib,(c) Aṣṭaサンスクリット語テキスト(AṣṭaSkt),(d) Aṣṭaロンドン写本(AṣṭaL),および(e) Aṣṭaデルゲ版(AṣṭaD)を用いて比較考察したところ,以下の2点が明らかとなった.

    ①PsPTibに引用されるAṣṭaは,PsPSktに引用されるAṣṭaの直接の翻訳ではなく,すでに完成しているチベット語訳のAṣṭaが挿入されている可能性を指摘することができる.

    ②PsPSktには,「中略」後,引用を再開する直前に,やや唐突な処格絶対分詞の一文が見られる.この一文は,文脈に沿うも,AṣṭaSktにそのままの形で対応するテキストを確認することができないものであり,状況説明のための要約である可能性を指摘することができる.

  • 鈴木 伸幸
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1143-1147
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    本論文は,シャーンティデーヴァが著したと伝えられるŚikṣāsamuccayaの第1章「布施波羅蜜章」の菩提心説に見られる菩薩乗と声聞乗の対比について議論するものである.インド・チベットの仏教では,シャーンティデーヴァの著作に説かれる願菩提心(bodhipraṇidhicitta,菩提を願う心)と行菩提心(bodhiprasthānacitta,菩提に向かって進む心)の二つの菩提心の区別がよく知られている.Śikṣāsamuccaya第1章に見られる菩提心の説明では,経典引用によってなされる二乗の対比をみることができる.これらの対比は,特に二種の菩提心の説明において,大乗の菩薩行の特質を明らかにし強調するためになされている.しかしながら,従来の研究ではこの点は指摘されてこなかった.そこで,本論文では,当該箇所に説かれる菩提心説を概観しつつ,1)二乗の対比が見られる引用経典2)二乗の対比によって議論される思想内容3)二種の菩提心と二乗の対比との関係の3つに焦点を当てて分析を行った.

  • 佐藤 晃
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1148-1153
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    Avikalpapraveśadhāraṇī(以下,APrDh)は,瑜伽行唯識派における無分別知及び後得知に関する理論構築の典拠の1つと考えられる経典である.後期中観派は瑜伽行唯識派に対してその理論的価値を一定程度認めるが,そこに属するカマラシーラ(Kamalaśīla, ca. 740–795)はAPrDhに対する注釈書*Avikalpapraveśadhāraṇīṭīkā(以下,APrDhṬ)を著わし,また,別の著作においてもAPrDhを引用する.本稿は,特に,後得知を説明する際に使用される「幻」(māyā)を始めとする八種の比喩に対するカマラシーラの解釈を検討の対象とし,その解釈の思想史的背景の一端を検討するものである.

    APrDhでは,無分別知を既に獲得した菩薩は,その後に後得知を獲得し,それにより一切法を幻等の如くに見る,と説かれる.幻等の八種の比喩は,菩薩が見る一切法に含まれる具体的な事物を示しているとも考えられる.カマラシーラはAPrDhṬにおいて,それら八種の比喩に関して二通りの解釈(解釈(A)と解釈(B))を示している.例えば,幻は,解釈(A)では「有情世間に含まれるもの」と解釈され,一方で,解釈(B)では「六内処」と解釈される.実に,幻等の比喩については,中観派の論師達は世俗諦に関する文脈で頻繁に使用しており,カマラシーラも例外ではない.しかし,APrDhṬに見られるような解釈は,管見の限り,中観派諸論師の著作内では見当たらない.そこで本稿では,瑜伽行派文献を調査対象とし,特にヴァスバンドゥのMahāyānasūtrālaṃkārabhāṣya(以下,MSABh)及び*Mahāyānasaṃgrahabhāṣya(以下,MSgBh)における解釈を取り上げ,カマラシーラによる解釈との比較検討を試みた.

    本稿では,APrDhṬにおける解釈(A)とMSgBhに示される第二解釈との相関関係が確認できる点,そして,APrDhṬにおける解釈(B)とMSABhの解釈との相関関係が確認できる点を指摘し,カマラシーラの解釈に至る過程でヴァスバンドゥの解釈が影響を与えている可能性を指摘した.

  • Yong Tsun nyen
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1154-1157
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    Karmasiddhi(KS)は,世親(Vasubandhu)によって著された論書である.本発表で取り上げるKSの「[心の]流れの特殊な変化」(saṃtatipariṇāmaviśeṣa)の語は,先行するAbhidharmakośabhāṣya(AKBh)にも出るが,AKBhでは,それによって主に有部(Sarvāstivāda)の三世実有説を批判する.一方,KSでは,アーラヤ識(ālayavijñāna)説の中にその語があらわれる.AKBhにおける多くの概念が経量部(Sautrāntika)の思想を基盤とすることは多くの研究者によって認められている.しかし,同じ世親の著であるKSは瑜伽行派(Yogācāra)が伝えるアーラヤ識説を採用する.そのため,KSを著した時の世親をどの学派に属していたと考えるかについてはなお検討の余地がある.

    KSの注釈書であるSumatiśīla(ca. 800 C.E.)著Karmasiddhiṭīkā(KSṬ)は,チベット訳のみ現存する.KSが瑜伽行派の論書に従っているというKSṬの記述は,これまでの研究では注目されていなかった.KSには,種子(bīja)から結果が生起する過程は,六識によってアーラヤ識が熏習されること(*paribhāvanā)で種子が増長され(*paripoṣaṇa),最終的に「[心の]流れの特殊な変化」によって結果が生起すると述べられている.KSṬでは,KSの「種子が増長する」という文を「存在する種子のみが成長する」と「種姓(gotra)に決定される」とによって解釈し,この解釈は,『唯識三十頌複注』(Triṃśikāṭīkā)および『摂大乗論』(*Mahāyānasaṃgraha)の注釈『分別秘義釈』(Vivṛtagūḍhārthapiṇḍavyākhyā)における瑜伽行派説のひとつと類似している.このことからも,KSṬはKSを瑜伽行派に従った論書と考えていたことが示唆される.

    以上のように,KSの「[心の]流れの特殊な変化」についてKSṬが瑜伽行派の立場で解釈している可能性を示した.今後はKSとKSṬを詳細に比較検討していく必要であると思われる.

  • 小林 久泰
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1158-1163
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    大乗仏教では,伝統的にこの世界を夢幻の世界として捉え,それを眼病者が見る毛髪や二重の月などを例として説明してきた.後代に発展したインド仏教認識論においても,それは例外ではない.彼ら仏教論理学派の者たちは自らの教義的立場の正当性を証明する際,上記の毛髪や夢などを外界が実在しないことを証明する論証式の〈喩例〉として用いている.

    大乗仏教において,空なるこの世界を夢などに例える傾向は般若経典に遡る.そして特に『大品系般若経』や『維摩経』などに見られる十種の喩え(十喩)は中国・日本の様々な文化に大きな影響を与えたものとして有名であると同時に,仏教論理学派にとっても重要な意味を持ってきた.

    しかし,サンスクリット原典を見た場合,従来「十喩」として捉えられてきたものは,数の点でも,構成内容の点でも,漢訳とは大きく異なる.本稿では,おそらく,インドではこれらの喩例を10個のまとまりとして扱う伝統はなく,中国で漢訳された時にそのような傾向が出来上がったと考えられることを指摘した.

    また,単一の喩例でも理解される内容を何故,十喩のように多くの喩例を用いて説明する必要があるのかという疑問に対する『大智度論』作者の回答を検討し,その理由が(1)大乗の教えの扱う範囲の広さと(2)聞き手の能力に応じた説法の工夫の2つに起因するものであることを明らかにした.

  • 岡崎 康浩
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1164-1171
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    本稿は,『取因仮設論』における取因仮設の概念と言語活動との関係を明らかにしようとしたものである.本稿では,まず仏の説法がこの『取因仮設論』で持つ意義を概観した上で,その説法の中に現れる「プドガラ(個我)」の概念と取因仮設の構造を,特に犢子部の説を用いて比較し,取因仮設の構造が犢子部の五縕とプドガラを巡る構造とそっくりであることをあきらかにした.このことによって,仮の存在に過ぎないプドガラの議論をより広い「もの」に適応することができ,ディグナーガは言語活動のより一般的な基盤を確立した.さらに,彼の実有,仮有を巡る議論から,ディグナーガが分位差別と一般的な自性をむすびつけ,実有であろうと仮有であろうとその自性,一般的な属性が分位差別であって,仮設であると主張したと理解した.このことによって,仏の説法をはじめとする様々な言語活動を自由に行うことができる認識論的基盤を確立した.

  • 三代 舞
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1172-1177
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    ディグナーガはその著書Pramāṇasamuccaya(vṛtti)(PS (V))1.11abにおいて,認識が認識自身の顕現(svābhāsa)と対象の顕現(viṣayābhāsa)との両方をもつこと(二相性)を論証するが,その論証には複数の解釈の余地がある.本稿では,プラジュニャーカラグプタのPramāṇavārttikālaṃkāraおよびデーヴェーンドラブッディのPramāṇavārttikapañjikāやジネーンドラブッディのPramāṇasamuccayaṭīkāを用いて,従来の研究とは異なる解釈を提示する.

    PS 1.11ab(viṣayajñāna-tajjñāna-viśeṣāt tu dvirūpatā/)に関して,従来の研究では,ヴァスダララクシタやカナカヴァルマンのチベット語訳に従って,dvirūpatāの基体としてjñānaを補い,理由を表す前半の複合語をDvandvaとgenitive Tatpuruṣaによって分解するのが一般的である.この場合,対象認識とその対象認識に対する認識との違いによって,認識一般の二相性が論証される.一方,プラジュニャーカラグプタ等のダルマキールティの後継者達は,PSVの内容から,対象認識に対する認識の二相性によって対象認識の二相性を論証する全く別の論証を導き出す.さらにデーヴェーンドラブッディらはその解釈に沿って,「対象認識は,対象に従ったあり方をもつものとして自身の認識(対象認識の認識)によって所縁とされるから,対象の形象をもつ」という整備された論証式を提示する.この論証式と照らし合わせることによって,理由句の複合語をlocative TatpuruṣaとKarmadhārayaによって分解し,tadをviṣayaと結びつけるという彼らの特殊なPS 1.11ab解釈の意義が明らかにされた.

  • 横山 啓人
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1178-1182
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    プラジュニャーカラグプタのPramāṇavārttikālaṃkāra(PVA)ad Pramāṇavārttika(PV)3.194–207およびPVA ad PV 3.223–230では,「集合した多数の原子が知覚対象である」というアビダルマの原子論に立脚してニヤーヤ・ヴァイシェーシカ学派への批判が行われている.PVA ad PV 3.197に基づけば,対論者による反論の論点は「多数の対象は同時に把握されない」「知覚対象は単一な全体(avayavin)という実体である」の二つに大別され,PVA ad PV 3.194–207における議論もこの解釈に基づいて整理することができる.本稿では,この論点に依拠して,PVA ad PV 3.223–230における議論の整理を試みる.

    PVA ad PV 3.223において,ダルマキールティが,「集合した多数の原子が知覚対象である」という自派説を要約しつつ,集合した諸原子が知の原因となるのはそれらが付加的属性(atiśaya)を有するからだと説くのに対し,プラジュニャーカラグプタは付加的属性は大(mahat)ではないという注釈を加える.ニヤーヤ・ヴァイシェーシカ学派によれば,大とは知覚対象である全体が有する性質であり,それをもたないものは知覚されない.すなわち,この箇所で,プラジュニャーカラグプタは,付加的属性説によって自派説の妥当性を示すだけでなく,異説である全体説に対する批判を追加していると理解できる.

    全体説はPV 3.225からダルマキールティによっても批判されるが,プラジュニャーカラグプタは,ここでの批判を,多数の対象が同時に把握されないと主張する場合に生じる不合理の指摘だと説明する.さらに,PVA ad PV 3.230における記述や注釈者ジャヤンタの解説に基づけば,一連の議論は同時把握の妥当性を論じるものだと理解できる.以上の考察により,PVA ad PV 3.223–230では,プラジュニャーカラグプタによって,付加的属性の議論が全体説批判として展開され,さらにダルマキールティによる全体説批判が「多数の対象は同時に把握されない」という反論を退けるものとして位置づけられた,ということが明らかにされた.

  • 藤井 明
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1183-1188
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    本論文では仏教版とヒンドゥー教版とで近似する内容を備える『ブータダーマラ・タントラ』(Bhūtaḍāmaratantra)内の「下男,下女の成就法」に見ることの出来るśmaśānaに於ける「肉を売る」修法を挙げ,仏教版BTの特色を明らかにすることを目的としている.

    BT内では修法者は規定の量(8パラ)の黒山羊の肉を持ってśmaśāna(尸林/火葬場)に赴き,四方を見る.その後,śmaśānaに住むマハーブーティニーがバラモンの姿で現れ,肉と同量の黄金でその肉を受け取るとされる.これと類似の修法は『蘇婆呼童子請問經』の蔵訳にのみ見られる「人肉による成就法」が挙げられ,人肉(mi yi sha)を売りたいと思う者がdur khrod(śmaśāna)に赴くことが説かれている.ここでは夜に死人の肉を切り取り,左手で肉を持ち,右手に刀(ral gri)を持って修法を行い,肉を売ることを大声で呼びかけ,それを繰り返し言いながら東西南北を歩き回る行者の姿が描かれる.また,『妙吉祥最勝根本大教經』内に説かれる修法にも強い親縁関係が認められる.これら修法に関連する修法が,7世紀末から8世紀中葉に活躍したと考えられるバヴァブーティによる戯曲Mālatīmādhavaにも認められ,これらの修法は人口に膾炙した物語を基礎とした,仏教・ヒンドゥー教双方に共有された修法であったと言い得る.この様な共通の修法を扱う題材としては起屍鬼法が挙げられるが,「śmaśānaで物を売る修法」も同様の題材の一つであったと言えよう.

  • 松村 幸彦
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1189-1194
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    インド密教における主な儀礼の一つに成就法がある.これはヨーガ行者が観想によりマンダラや尊格一尊との合一を図り,密教における最高の境地の獲得を目指すものである.その成就法儀礼の構成要素として六支ヨーガと呼ばれる観法が説かれることがある.これはGuhyasamājatantraHevajratantraなどのタントラ聖典やそれに付随する儀軌,註釈書などに度々登場するもので,成就法儀礼を理解する上で重要な観法の一つである.

    本稿では,ヘーヴァジュラ系成就法に説かれるこの六支ヨーガに焦点を当て,その特徴の一端を明らかにすることを目的としている.根本聖典であるHevajra­tantraではGuhyasamājatantraと違って黒から始まる六色の観想が六支として説かれる.同様にVajrapradīpāHevajraprakāśaDveṣavajrasādhanaHevajrasādhana (Anaṅgavajra著),Bhramaharaでも六色の観法が説かれる.その中で六支の観法は三三昧の内二番目の「最勝なるマンダラの王という名の三昧」が終了した後に説かれており,内容としては三つ目の三昧「最勝なる行為の王という名の三昧」の枠組みの中に入っている.しかし,Vajrapradīpāの註釈対象となっているSaroruhavajra著Hevajrasādhanopāyikāでは六色の観法はもちろん六支の観法についても明言していない.ただ六色の観想を指示していると理解可能な箇処は存在する.また「色の破棄」という内容がVajrapradīpāDveṣavajrasādhanaでは説かれるがHevajraprakāśaBhramaharaHevajrasādhanaでは説かれない.Saroruhavajraの説く成就法以外の上記のテキストではAnaṅgavajraの説く観法と一致する部分が多く,おそらく彼の説く観法が時代を経て受け継がれていったと推測されるが,Saroruhavajraは自身の師であるAnaṅgavajraの説く六支の観法を自らの成就法には採用しなかったと考えられる.今後は,Hevajratantraに対する諸註釈書を比較検討し,その特徴や系統を明らかにする必要がある.それによってヘーヴァジュラ系の文献に説かれる六支ヨーガの全容を明らかにすることが出来るとともにGuhyasamājatantra所説の六支との違いなどもより明確になると思われる.

  • 望月 海慧
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1195-1202
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    テンギュルの「秘密部」に収録されているDīpaṃkaraśrījñānaの儀軌文献のうち,これまでに論じてこなかった五つの文献,Sarvakarmāvaraṇaviśodhananāmamaṇḍalavidhi, Homavidhi, *Pañcacaityanirvapaṇavidhi, *Vimaloṣṇīṣadhāraṇīvidhi, Citāvidhiについて考察する.このうち,Vimaloṣṇīṣadhāraṇīは,小塔と小像に収められる陀羅尼としても知られていることから,*Vimaloṣṇīṣadhāraṇīvidhiは*PañcacaityanirvapaṇavidhiCitāvidhiに関連する儀軌である.また,小塔と小像はマンダラに配置されるものであり,後者の二つはSarvakarmāvaraṇaviśodhananāmamaṇḍalavidhiに関連する文献である.これらの文献は,小塔・小像やマンダラの制作方法を解説するものではなく,それらの制作過程において行われる儀軌を紹介したものである.Homavidhiは,他の儀軌文献とは異なり,護摩儀礼の手順を紹介したものである.これらの儀軌は,彼がチベットに伝えたものであるが,それは同時代のインドにおいて実施されていたものでもある.

    また,Citāvidhiの奥書の記述から,北京版の目録でMantrārthāvatāra (P. no. 4856)からCitāvidhiまでの13文献が「Dīpaṃkaraśrījñānaの13のマントラの伝承」として伝えられていたことが確認できた.また,その奥書には,テンギュルにおける“Atiśa”の呼称も確認できた.

  • 伊藤 奈保子
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1203-1209
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    チャンディ・プラオサン(Candi Plaosan)は,インドネシア,中部ジャワのソロゲドッグ平野の仏教とヒンドゥー教の遺跡群の北東に位置する.北プラオサン(Lor)と,南プラオサン(Kidur)の2つからなり,現在,北プラオサンには2棟(南堂6軀残存,北堂6軀残存)と北接する北テラスに21軀(如来像9軀,菩薩像11軀,クベラ1軀),プラオサン周辺から収集した尊像群を収めた収蔵庫31軀(如来,菩薩,女神,ガネーシャ等),収蔵庫の周辺に12軀(如来,菩薩(内,観音1躯),女神),他地域の博物館に所蔵されている像9軀(文殊,弥勒,如来,僧形,クベラ,阿弥陀など),南堂・北堂の各正面に,対の守門像が計4軀の計89軀が確認できる.本論では,特に北テラスの菩薩についてその報告と考察を行うこととした.

    北テラスの尊像の比定のためには,北プラオサンの各堂に残存する12軀の考察が重要となる.1つの堂に3室あり,各室には台座が3つ設けられ,中央の像は亡失するが,両脇の菩薩像は残存する.12軀の菩薩像はすべて石造で,踏み下げ坐の姿勢をとり,持物とその配置順も南堂・北堂でほぼ共通している.筆者は南室・中央室・北室から順に,文殊,地蔵,金剛手か,観音,普賢,弥勒と考察し,八大菩薩のうちの二尊(除蓋障,虚空蔵)を除いたものであるとした.この結果をもとに北テラスの菩薩像を考察すると,文殊,地蔵,金剛手か,観音(2軀),弥勒が確認でき,チャンディ・プラオサンには,南堂・北堂の尊像と同様の形式の尊像群が少なくとも1つは存在していた可能性が高いことが導き出された.八大菩薩に関連する像は,中部ジャワのチャンディ・ムンドゥット(Candi Mendut)にもみられ,こうした形式がインドからインドネシアへ9世紀頃までには流伝しており,その造形は西インドのエローラ石窟及び,東インドのウダヤギリなどからの影響と考えられる.

  • 石田 勝世
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1210-1215
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    本研究の目的は,コンピュータによるテキスト校訂を行うためのアルゴリズムを開発することである.この目的に向けて,本論文では,テキスト校訂のうち「テキストの系統分類」と「校合のための底本の選択」の作業を処理するアルゴリズムを提案して,蔵訳『賢愚経』第2章に適用した結果について報告する.すでに生物系統学を利用した系統推定(系統樹の作成)について報告しているが,本論文ではテキスト校訂への拡張を試みた.

    生物系統学を利用した系統推定では各テキストの位置づけが系統樹の上で可視化される.そこで,「アーキタイプは系統樹のルートに近い」という前提に基づいて系統推定手法をテキスト校訂に応用する.アーキタイプに近いテキスト(底本)を見つけるためには,テキストが系統樹のルートに近づくように異読の読みを選択すればよい.試行錯誤による探索でも可能だが,時間と労力を要する.試行錯誤に代わる何らかのヒューリスティックスが必要である.本論文では多数決の原理を導入して底本を求めた.

    ここで求めた底本は他のテキストと校合し読み(異読あるいは新しい読み)を選択して,最終的な校訂テキストを作成するが,この作業についてのアルゴリズムの詳細は未だ検討中である.

  • 肖 越
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1216-1221
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    〈無量寿経〉において,同じく「初期無量寿経」に属するとされている『大阿弥陀経』と『無量清浄平等覚経』(以下『平等覚経』)は,24願を持っているが,それぞれの内容と排列順位が著しく異なりながら,両訳には緊密な関連性のあることを否定することはできない.筆者は「初期無量寿経」に関する一連の考察において,〈無量寿経〉の成立は,『大阿弥陀経』の24願から『平等覚経』の24願へ,そして「後期無量寿経」の48願系へ発展してきたこと,また〈悲華経〉の誓願文は,〈無量寿経〉48願系を受けたものであるという学界の二つの定説が成り立たないことを明らかにし,改めて「初期無量寿経」を読みなおすべきという立場に立っている.この二つの24願の問題が明らかにされなければ,〈無量寿経〉,乃び初期大乗仏典の成立史などの問題は明らかになることはない.本論の目的は,『大阿弥陀経』の24願の成立の問題を文献学的に検討することである.

    結論は,次のようである.『大阿弥陀経』における24願は,インドで発生した原始浄土思想の原初形態ではない.漢訳者が阿弥陀仏信仰を当時の中国社会に合うように,工夫に工夫を重ねて『大阿弥陀経』を大幅に修訂したものである.その編集方針は,阿弥陀仏の救済論を強めるだけではなく,往生行者にとっても六波羅蜜の修行システムが重要であると強調することであった.文型形態からみて,『大阿弥陀経』の誓願文は現存の梵本の誓願文の文型形態によく類似している.加えて,これまでの『大阿弥陀経』の成立に関する体系的な研究を踏まえ,『大阿弥陀経』の原初形態は,48願系統であった可能性が高いと判断している.『平等覚経』の翻訳者が,『大阿弥陀経』の誓願文を参考にしながら誓願文の一部を翻訳し,『大阿弥陀経』誓願文の数(24)を維持した.だからこそ,『平等覚経』の誓願文が48願系統の梵本,漢訳の『無量寿経』(魏訳)及び『無量寿如来会』(唐訳)の誓願文の前半によく一致するのである.

  • 孫 真(政完)
    2019 年 67 巻 3 号 p. 1222-1227
    発行日: 2019/03/25
    公開日: 2019/09/30
    ジャーナル フリー

    本稿では,‘海岸漂着’や‘水辺出現’即ち‘水の中で仏像が出てきた要素’に限定して,このような形の説話が韓国の仏教伝来の理念として,同形の説話の伝承の成立と変容が必要であった意味に対して調べてみた.韓国では海岸に仏像が漂着していたという話は,韓半島の仏教の起源を強く示している.また,水の中から仏像が出てきた説話の中で仏教の文物の奇瑞と,様々な役割を強調し,仏教の急速な普及を示唆している.言い換えれば,この奇瑞は支配階層に仏教はその地位を強化し来世でも既得権を維持することができるという点から,一方で一般民には現世の苦しみに耐え,来世の福を得ることができる精神的な慰めを得ることができるということと,神異性の面からは既存の信仰の上に位置することを認めることにしているのである.

    このような仏像をはじめ,塔,経典などの仏教文物の沿岸の漂流は,歴史的出来事や事実に基づく,仏教の伝播の物語とみなされている.主に『三国遺事』,または事蹟記,事蹟碑に記載された文献説話であるため,信頼性が高い.例えば,海南郡の美黃寺の創寺緣起では,村長と100人の香徒たちが石舟を迎え入れることに参加したという金石文の記録がある.これは,実際に統一新羅時代の時代に村長と100人の香徒たちが仏事を主導したという歴史的事実を反映したものと思われる.

    一方,韓半島の様々な海岸漂着型や水辺出現型説話には,仏教文化がインドや西域から韓半島の海岸に渡ってくる海上航路が開かれていたことを知ることができる.

    これらの話はほとんど仏教文物の海 岸漂着型や水辺出現型の創寺緣起が,文物が届いたところで行われた仏事の活動と関連があると考えられる.

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